三ツ星肉体改造レストランのまかない飯
「なんだ、これは! シェフを読んでこい!」
ああ、くそったれめ、とルフは立ち上がった。
「代わりに、それ、炒めといてくれないか?」
「いいよ」
おれは少女漫画雑誌を水道管洗剤の箱の上に置くと、フライパンの熱断絶率99パーセントのファイバー取っ手を握り、スゲエでかいコロニアル・ソーセージを焦げ付かないように転がした。
しかし、デカい。
こいつをぶらさげた新人で動画投稿サイトに登場したら、AV業界がひっくり返るってレベルのデカさだ。
そんな世界遺産もののソーセージを炒めているそのあいだも、ホールからは客の怒鳴り声とルフの言い訳、それもギリギリ叱られない絶妙な脱力感を混ぜた言い訳がきこえてくる。
ルフも慣れたものだ。
「おれをシャトーブリアン・ステーキに接続するつもりか? おれは偉大な文学者になりたいんだ!」
「シャトーブリアンは偉大な文学者ですよ」
「いいから、作り直して持ってこい!」
ルフはほとほとうんざりしたとか、これが三ツ星でやることかよとか、ぶつぶつぼやいて帰ってきた。
「フライパンで、あいつらの水槽を片っ端から叩き割って、あいつらがぴちぴち跳ねるのを酸欠でやめるまで見ていたい。そんで、死ぬ直前で踏みつぶしてやりたい」
「でも、金持ちだ。あいつら、みんな、なんかのCEOなんだろ?」
おれはある程度熱が通ったソーセージをトングで皿に避難させると、工場製のピーマンとパプリカを切り始める。
そのあいだもルフは文句たらたらだ。
「ChoErabuttaObutsu。あいつらはみんな新しい肉体を欲しがってる。カネに飽かせて買い取った、スポーツ選手とかレースクイーンとかの体」
「なら、お前、ドンピシャじゃん。肉を提供するのがお前の仕事なわけだし」
「そうだな。ただ、おれが提供する肉は三十六に分類された絶妙な焼き加減の牛肉だ。ちくしょー、セト。こりゃ、何かの悪夢か? フォーリン・ミニスター・ホテルの三ツ星レストランでくそ性格がねじ曲がったコック長ボットにさんざんなじられて、電気ショック食らいながら我慢したのは、あんな、魚モドキどもにクレーム入れられるためじゃない」
おれは切ったピーマンとパプリカをフライパンに落として、また炒め始める。
ここぞという焼き加減になったときに入れられるよう、ソーセージの皿と〈カートマンズ〉で小袋ひとつ三十クレジットのミックススパイスを手の届く場所に置いておく。
この店は高級すぎて、ミックススパイスを置いていない。
サフランはサフラン。バジルはバジル。オレガノはオレガノ。
瓶に分かれておいてある。
工場製だが、その工場はちょっとした州サイズの巨大恒温ドームに地中海性気候を再現する形で操業している培養水槽なんてものはひとつもない最高級工場だ。
本物の村があるし、ハンチングをかぶった本物の農夫が本物のオリーブ畑で本物のオリーブを収穫をしている。
本物の大土地所有制度があって、本物の地主貴族がいて、本物の小作人がいる。小作人たちが奴隷労働に従事しているあいだに本物の憲兵が本物の共産主義者を逮捕して、裏に鶏小屋がある詰め所でアカをボコボコにする。
偽物なのは、地主の土地を小作人に分けよ!というスローガンだけ。
さて、ルフは倫理もヘチマもない修業時代についてひと通り文句を言うと、おれの隣のコンロで金持ちになじられるためにステーキを焼き始めた。
「見ろよ、セト。このフィレの厚み。この色。こりゃ培養肉じゃない。本物の牛だ。金持ちの口に入るって、たったそれだけのためだけに生まれ落ちて、バラされた、かわいそうな畜生だよ。生まれるや否や、母ちゃんとバイバイ。母ちゃんのおっぱいの味も知らぬまま、ホースでダイレクトに飼料を流しこまれて、ある日突然、ずっと親友だと思っていた人間に裏切られて圧縮ピストンで頭蓋を砕かれて死んだ。そういう肉だ。怨念の籠った肉だ」
「培養肉のありがたみが高まるご高説ありがとよ。おれが実録暴露系配信者になって、バズって、本物のステーキが食える身分になったときに思い出してやる」
「アホども。こんなステーキはいらねえってよ。なあ、セト。おれはここで、あの金持ちのご機嫌取りの、マーケティングってものをこれっぽっちも分かっちゃいない水虫野郎のオーナーのせいで、死体損壊の片棒を担いでる。もし、明日、牛がクーデターを起こして、世界を牛耳ったら、おれたちは間違いなく肉体分解刑だ。ただ――」
ルフはニンニクをひとつ、まな板に転がすと、包丁の腹で叩き潰し、砕けたニンニクを拾い上げて、おれのフライパンにポイポイ投入した。
「まあ、それはいいんだ。おれも自分のプライドのためにしてるからな」
シェフだ! シェフを読んでこい!と声がした。
「くそったれめ」
ルフは、あんなやつら全員、資産に累進課税してやればいいんだとか、相続税で全部取り上げればいいんだとか何とか、金持ちが嫌がることをぶつくさ言いながらホールに向かった。
まあ、ルフもプロだ。何とかするだろう。
おれはフライパンにソーセージを戻し、ミックススパイスのパックを破って、粉々になった赤いの黒いの緑色のを、おれのかわゆいピーマンちゃん、パプリカちゃん、コロニアル・ソーセージちゃんにまんべんなくかけた。
そして、中火で素早く炒め混ぜる。ニンニクの切断面で微細な泡がパチパチするくらいの火加減と混ぜ加減が強すぎず弱すぎない絶妙な味付けの決め手だ。
ここで解いた卵を入れるかどうかで派閥があるらしいが、おれはいれない派。ピーマンはニラじゃない。
ただ、目玉焼きをのせるのはアリだと思う。
まあ、いまは面倒だからしないけど。
ピーマンがそこそこ素直になり始めた寸前で火を消し、おれのバッグからふたつの瀬戸物の丼を取り出して、ご飯をよそって、炒めたものを上にのせた。ソーセージがアナゴの天ぷらみたいに丼をはみ出している。ニンニクのかけらは平等にいきわたったはず、だが、まあ、分からん。
ルフが戻ってきた。
出ていったときよりも当社比三十パーセント増しにうんざりしている。
「ほら、ルフ。まかないできたぞ。でも、部外者がつくるのをまかないって言っていいのかな?」
「知るもんか。あいつら全員、追徴課税されればいい」
ムショでマッチョな囚人に「しゃぶれよ」と言われて、ベロンと差し出されたペニスを食いちぎってやるみたいにソーセージを食いちぎり、ソーセージの強力な後味が残っているあいだに米をピーマンとパプリカをかき込むように食べる。
「セト。これ、クソうめえな」
「だろ?」
「セト。おれは決めたぞ」
「何を?」
ルフは何も言わずに、ステーキ肉を柔らかくするのに使う、ギザギザ付きのハンマーを手に乱射魔みたいな顔をしてホールに走った。
―――C・飯・T―――
世のなかには物の道理ってものが本当に分からないやつらがいる。
世界はやつらのひり出したクソをありがたがるために存在すると本気で思っているクルクルパー。
畑がなくなったのに肥溜めだけが残ったのはまったくの不運としか言いようがないが、人生・運命・天命・平均耐久年数とは、そもそもフェアプレイを考慮して作られていないことが分かれば、しゃあない、ってことであきらめがつく。
ただ、この手のやつらは失業・解雇・課税・追放といった手段を慈悲とともに授けることができると本気で信じているのだからマジでタチが悪い。
このように物の道理が分からないやつらは悲惨な結果をまき散らすわけだが、それでもときどき例外はある。
―――C・飯・T―――
「ソーセージがなかったら、シーチキンや目玉焼きをのせる。何ものせないときは鰹節をかける」
水槽を片っ端から割って、二十六人のCEOとその配偶者を絨毯の上にピチピチさせ、窒息死の危険にさらした以上、ルフは停止刑からの全パーツばら売り間違いなしだったが、CEOどもが培養液に放り込まれ、落ち着いて物の道理を考え始めると、ただ殺すだけでは生ぬるいと意識スクリーンでわめき出した。
その結果、連中はルフを〈パゴダ〉を囲む屋台のひとつへと落とした。
それがルフにとって、最も残酷だと思って。
「人間もボットもAIも、自分を基準に考える」
「やっぱプロが炒めるとピーマンも違うな」
「あいつらは屋台で働くことが死ぬほどつらいんだよ。だから、おれにとっても辛いと思ったわけだ」
「目玉焼き、おれ、両面焼くのが苦手なんだよな」
「きいてんのか、セト?」
「何言ってんのか、きこえねえよ。ここは〈パゴダ〉のファストフード宇宙のど真ん中だぞ?」
ルフはソーシャル・パズル・ゲーム向けのチャット・アプリを起動して、おれの認識スクリーンに鰹節の粉が残った手でメッセージを書いた。
「あったかいものが腹に入る。それをあいつらはまず感謝するべきなんだ」
「シェフにか?」
「森羅万象に」




