ブリザードドライ塩昆布
おまわりという生き物はいつだって、人をぶち込む理由を探している。
通常、ちんけな信号無視や児童ポルノの所持なら一万クレジットつかませればおしまいだが、もし、そのおまわりが誰かをしょっぴいて、ぶち込みたい気分なら百万クレジットを提示してもダメだ。バイバイ、ベイビーってわけ。
おれの前科も、ごく一般的なヴール=ロドフ市民並みについている。
たいていは交通違反か公務執行妨害(酔っ払っておまわりにゲロを吐くと、これが該当)だが、市の浮遊ブリッジの入札価格を漏らしたとか、まったく覚えのない容疑でしょっぴかれたこともある。
おれが今回しょっぴかれた理由は徴兵忌避だった。
型落ちPSーInbモデルを徴兵するほど戦争が切迫しているようには思えなかったから、逮捕状に書かれた名前をきいたら、まったくの別人だった。
「おれじゃねえよ」
「でも、お前、徴兵されてないな」
「冗談よしてよ、おまわりさん。おれがつくられたの四十年前だよ? 武装だってスタンガンに毛が生えた程度のエネルギー銃しかないし」
「別のおれはしょっぴくのが誰であれ、構わないんだよ。今日のラッキーアイテムはしょっぴかれたボットってあったし」
後で知ったことだが、逮捕状に記載された名前のやつは八年前に徴兵されて、六年前にカーライル戦線で戦死していた。その不運なバカタレの名前はブラックストーン公園の石碑に刻まれているが、徴兵委員会の保管庫にはそいつが札付きの徴兵逃れであるとして、アンダーラインが引かれていた。
結局、おれは誤解が解けるまでムショに放り込まれたわけだ。
マンザナンザ刑務所は男と女を同じ場所に閉じ込めたらどうなるのかを実験するためにつくられた刑務所だった。そして、その結果、誰もが予想できた出来事が起き、ただの男子刑務所になった。
おれが放り込まれた牢屋には知り合いがぶち込まれていた。
企業傭兵のリノとナイフ使いのキリだ。
リノは女のはずだが、ボクなんて馬鹿げた一人称を使うせいでマンザナンザにぶち込まれた。
おれはたずねた。
「何やったんだ?」
「何もしてない」
「やつらは何をおっかぶせた?」
「食い逃げだってさ。でも、そこは食券購入方式だから、先払いなんだよ。食い逃げなんてできるわけがない」
「しょうがねえ。そのおまわりが女の子の日だったってことにしとけ」
「その警官は男だったけど」
「男なのに生理痛が来る。そのくらいの不条理がないと、サツは無実の人間をしょっぴく勇気もでない。で、キリは誰を刺した? このあいだの殺しで仮釈放されてただろ?」
「無実の罪で入れられました」
「一応きいておく。なんで?」
「僕はブラウンブロック・リッパーなんだそうです」
「あれ、お前の仕業だったのかよ?」
「違いますよ。あんな低水準な殺害、僕がするわけはありません。犯人は必ず凶器を現場に残すんです。僕は絶対にそんなことしません。そんな、あのコたちを捨て駒にするみたいな。スローイング・ナイフだって可能な限り回収するのに。変な話です。やった殺しはバレてなくて、していない殺しで捕まるなんて」
「やっぱり殺ってんじゃねえか!」
―――C・飯・T―――
看守というのは本当にきったねえ連中だ。
やつらは囚人の更生なんてものはこれっぽっちも考えてない。
臆病なコソ泥がぶち込まれて、出所するころには連続暴行殺人鬼になっている。
看守どもはゴムホースとか懲罰房とかで囚人に憎悪を注ぎ込み、なよなよした震える小男がマッチョな連中にレイプされるのを見て見ぬふりをする。
大勢の人間が知っているように、刑務所は凶悪犯製造工場なのだ。
人並みの注意力と想像力があるやつなら、刑務所のまわりを散歩ルートから外す。
凶悪化した囚人が釈放されて、一番最初に目についたやつを石でぶち殺す事件がよくあるからだ。
あと、もうひとつ。
刑務所というのは資本主義のモデルケースだ。
何でもカネで買えるのだ。
自由だって買える。
十億クレジットも払えば、所長がドアを開けて、お見送りしてくれるだろう。
他にもいろいろ便宜がある。
看守どもは十万クレジット払えば、アップルソースのかかった舌平目のムニエルを用意してやるというが、そんなカネはない。
カルテルの大物とか証券会社のCEOとかの買い物だ。
とはいうものの、ムショのメシ、つまり、赤色と黄色と青色のべちゃっとしたもの以外を食べたいから、おれは一番安くて、一番長持ちするブリザードドライの塩昆布を買った。それでも五千クレジットもとられた。
こいつを半分ずつに切って、口のなかで旨味成分がカラッケツになるまで噛んでなめる。
まあ、悪くない暮らしだよ。クソッタレめ。
―――C・飯・T―――
おれたち三人は避暑地にでもやってきた気分で、開放中の運動場をぶらついた。
そこいらじゅうでサイコロ賭博が場を開いていて、怪しげなブツの取引も横行している。
儲けの何割か看守どもに渡すから、大勝した瞬間、見張り塔から飛んできたレーザーに脳みそを蒸発される心配はしなくていい。
一方で、黒人のマッチョ勢力と白人のマッチョ勢力がトレーニングゾーンを占領していて、バイオサイバネティクスに頼らない、鉄の塊を持ち上げるような五千年以上前から存在する方法で体を改造していた。
こいつらにとって、他の囚人はよくできたダッチワイフでしかない。
黒人マッチョのボスがリノを、白人マッチョのボスがキリを、明日、レイプするからシャワー室に来いと言ってきた。
おれは何も言われなかった。きたねえケツに感謝だ。
次の日、黒人マッチョのボスの目玉が排水溝の上で転がり、白人マッチョは切り取られた自分のペニスを喉の奥に押し込まれた。
マッチョどもの仁義は知らないが、誰もボスの仇を取ろうとはしなかった。
看守も見て見ぬふりをした。
―――C・飯・T―――
有罪であれ、無罪であれ、刑務所にぶち込まれるやつらはみなどこかおかしい。
することがないので塩昆布を念入りに噛んでいると、グラという名のボット囚人がやってきた。特徴らしいものはない、円筒形のハードディスクみたいな頭をしていた。
グラはおれたちの牢屋に三秒といなかった。
看守が牢屋の扉を閉めるよりはやく、看守のタマを蹴り上げたからだ。
「矯正プログラムなんて屁でもねえよ。懲罰房だろうが、メモリ改造だろうが、何でも来い。誰もおれを負かすことはできねえ」
鉄パイプで銃をつくる天才もいた。こいつは自分のツバと牢屋の隅に生えている苔、それに食事で出される黄色のべちょべちょから火薬をつくることができた。
くだらない人違いで殺されるまで、三百丁の鉄パイプ拳銃を、凶悪で狂った野郎たちに売り渡した。
濡れ衣でぶち込まれたやつは壁に、出所したら殺すやつのリストを作っていた。
また政府絡みの誰か殺して(政府ってのはいつだって誰かを殺したがっていやがる)仮釈放の目途が立ったキリはそいつと仲良くなって、人を刺す大義名分(?)をゲットしようとした。
そいつは復讐するは我にありタイプだったから、自分でやりたかった。
それでも、保険はかけるべきと思ったのだろうか、もし自分が志半ばで殺られたら、そのときは代わりにぶっ殺してほしいと言われ、約束した。
キリのやつ、今度はもう絶対にムショから出してもらえないだろう。
ぶち込まれてから一週間で、おれが釈放の運びになった。
キリより先で、リノと一緒だ。
肩にガトリング砲を装備した門番が言った。
「お前ら、最初に見かけたやつを刺したり殴ったりするなよ」
「ボクは企業傭兵だよ」
「おれは〈素材屋〉」
「脱税で捕まってたソフトウェア開発会社のCEOが最初に出くわしたやつの頭の皮をトタンの破片で剥がしたのを見たことがある……おい、〈素材屋〉。さっきから何噛んでるんだ?」
「塩昆布。冷凍庫じゃなくて、異常気象のブリザードで凍らせて真空乾燥させた天然もの」
「うまいのか?」
「うまい。一週間しっかりもったよ。ただ、白米が恋しくなるのが珠にきず」
「わかった、わかった。ここから右に行けば、大衆食堂がある」
「マジで? サンキュ」
「ボクはピザが食べたい」
「左に行けば、ちょっと高めのピザ屋がある。企業傭兵の給料なら余裕だろ」
「ふっふっふ。実は服役期間中も給料が発生してるし、服役手当もつくんだよね」
「マジかよ。なあ、お前のとこの会社、募集してる?」
「アドレスをくれたら、募集要項を送るよ」
おれとリノは、別々の道を選ぶことになった。
「キリが出てきたら、反省会やろうぜ」
「ボクら、何も悪いことしてないのに?」
「してないからこそ、反省するんだよ。濡れ衣着せられない生き方を模索するんだ」
「うん。じゃあ、グリーン・サタンで」
「おう。じゃあな」
「おさらばさらば」




