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15/21

はいとくてんぷら 竹コース

 その日はひどく暑かった。


―――C・飯・T―――


 地球単位の汚物垂れ流しのせいで、気候が発狂し、季節は断末魔の叫びをあげてくたばった。


 体内の冷却機能をフルにしても、回路がオーバーヒート寸前になる暑さが冬(とおれたちが勝手に思っている時間)にいきなり襲撃をかけてくることがある。


 おれは熱波を避けるために街区の地下に降りた。

 蒸し暑いが、皮膚を炭火焼きにするような熱波はかわせる。


 そこは真ん中にデカい穴が開いた吹き抜け広場で、ポンコツの二両編成が時間を無視してやってくる乗り場があり、コラボ・スニーカーの販売店や培養肉(ピンク)ソーセージを揚げている鍋がある。


 案内センターのすぐ横には機銃武装トラック(テクニカル)が停まっていて、袖のないデニムを着たデブが機銃の狙いを左から右へ、右から左へと単調に動かしている。

 デブは両腕を軍用のアームに換装していたが、それが何度見ても、豚の肌色をしている。

 しかも左腕には等辺三角形の記号(タトゥー)が刻印されていたが、それは性犯罪者であることの提示義務判決を受けた連中がつける、きわどい代物だ。


 どんなふうにそそのかされたら、こんな真似をするんだろうと思って、デブにきいてみた。


「よう、にいちゃん」

「よお」

「その腕の記号(タトゥー)、かっこいいな。どこで彫ってもらったん?」

「店は持ってないし、名前も知らない。通りがかりだ。ただ、こいつは戦争が起きたときに大尉になれる予備役の記号(タトゥー)だって言ってた」


 入れ墨の通り魔なんてあるんだな。

 量子空間座標に墨が入ってるから、腕を取っ払って新しいものに付け替えても、あの記号(タトゥー)は残る。


 いずれ真相を知ることになるだろうが、おれに教える義務はないし、今でなきゃいけないってこともない。なにより相手は五〇口径の引き金に指をかけている。


 吹き抜けの手すりに寄りかかって、下をのぞき込むと、今いるフロアと同じものが延々と続いていた。ポンコツ列車、スニーカー、揚げ物、テクニカル。


 発狂寸前の合わせ鏡から目をそらし、地下アーケードへと足を運んだ。


 シャッター商店街は天井が低くて、暗くて、ほこりっぽくて、静かだが、まだ暑かった。

 ときどき通路の奥にぼんやりと明かりが見え、麻雀牌を切る音が鋭くきこえてきた。


 バチン!


 空調のジーという音がきこえないかセンサーを働かせたが、まったくきこえてこなかった。


 最初はどうってことはなかったが、そのうち見る景色見る景色、ちっとも代わり映えしないことへの強迫観念みたいなもんが頭をもたげてきた。

 それに暑かった。ひでえ暑さだった。


 あんまりひでえんで、服を全部脱いで、ケツを叩きながら、苦行僧デルヴィーシュみたいに踊りたくなる。


 そうならないためには冷たいビールと何か軽くつまめるもんが必要だった。


 バチン!


 牌を切る音がきこえる。


 バチン!


 まるで音に熱があるみたいにまとわりついた。


 バチン!


 球体関節や疑似神経網がぴりつき始めたとき、行き止まりに〈はいとくてんぷら〉と墨字で書かれた幟が目についた。


 カンテラをつけた、陰気な店には二体のヒューマノイドがいた。

 一体は映画のエイリアンみたいに奥行きのある頭をしたオヤジで、もう一体は女子高生の制服を着たヒューマノイドだった。


 これがとんでもない美少女だった。

 少なくとも、オーディンテック社なんかが工場でつくるものではない。

 馬車製造店コーチビルダーの特注品だ。


 オヤジボットはカウンターのなかにいて競馬新聞を読んでいて、美少女ボットは入れ込み席でドロップをなめながら、携帯ゲーム機にご執心。

 ゲームのなかで核爆発が起こるたびに、その白々とした絶滅光が肌理細やかな少女の人造皮膚を照らし出し、こっちをまごまごさせる。


 設定年齢二十六歳、製造から四十年以上たっている、おれみたいなオジンが触るのはもちろん見るのも許されない雰囲気が漂っている。

 おれの経験集計符と知識生成域は『ろくでもねえ目に遭う前にずらかれ』と言っているが、おれはまるで殺虫灯に引き寄せられる蛾みたいにふらふらと店に入った。


 オヤジはおれを見ると、競馬新聞を置いて、ゆっくり立ち上がった。

 ラジオからは声の裏返った実況と馬蹄が地面をズタズタに切り裂く音がきこえる。


「何にします?」

「ビールと、……何があるんだ?」

「はいとくてんぷらの松竹梅」

「竹はいくらだ?」

「三万クレジット」


 高級料亭かよ。

 でも、こんなときに限って、おれの財布には三万クレジットが入っていた。


「じゃあ、竹」


 オヤジは水滴がびっしりついたキンキンの瓶ビールをクーラーボックスから取り出し、鋼をかぶせた手で栓を外した。


 おれは手酌でビールを飲んだ。


 バチン!


「麻雀ですよ」

「ああ」

「好きなやつが多くて」

「あんたもやるのか?」

「最近はとんと。もっぱら馬です」


 オヤジは粉に卵を割り、かき混ぜた。


「あいつらが、何を賭けてるか、知ってますか?」

「さあ?」

「……」

「何を揚げてくれるんだ?」

「旬のもので」

「旬なんて概念、とっくにくたばっちまったよ」

「いやいや、まだ生き残ってますよ。なあ、ミナ?」


 美少女(ミナ)はにこりと笑ったが、ゲーム画面から目を離さなかったので、もしかしたらゲーム内で民族浄化クレンジングに成功したことを笑ったのかもしれない。


 バチン!


「やつらは家族を賭けるんです」

「なんだって?」

「麻雀の話です」

「じゃあ、人間たちか」

「みんなボットです。家族だと思ってるボットを賭けるんでさ」


 おれはビールを注いだ。


「ビール。おかわりしますか?」

「ああ」


 店主は空の瓶を取り、新しい瓶を置いた。


「いま、油をあっためてます」

「そうか」

「コロモもできました」

「そうみたいだな」

「じゃあ、タネを用意しますね」


 おれの後ろから、ザシュっ、とヤクザ映画できいたことのある音がした。


 振り向くと、ミナが自分の左手の指を全部落としていた。


 オヤジはその指にコロモをつけて、鍋のなかに入れた。


 ひどく暑い。

 ザクロ色のオイルが少女ボットの左手から流れ落ちていく。


 バチン!


「一万年くらい昔、ある城が兵糧攻めを食らいました」


 揚がったばかりの指がおれの前に供された。

 供された以上は食わないといけない。食わなかったら、とんでもないことになる気がした。


「うまいでしょ? うまいでしょ?」

「ああ」


 実際、かなりうまかった。


「よかったな、ミナ。お前の指、うまいってよ」


 おれの背のそばでクスクス笑いがこっそり湧いた。


 バチン!


「勢いよくふりこんでますな」

「話はどうなったんだ?」

「話って?」

「兵糧攻めの話だよ」

「ああ。それですか。まあ、兵糧攻めで食べるものがなくなった住民たちは――ああ、皿が空じゃないですか、お客さん。おい、ミナ。かき揚げだ」


 少女は左の袖を肩のあたりから破って捨て、指のついている右手でカッターナイフを握って、左腕を縦に裂いた。メンヘラのリストカットと垂直の線を描くように長く深々と裂いた。


 少女は自分の腕から伝達ケーブルの束をつかみ取って、引きちぎった。


 オヤジはごちゃごちゃした束を受け取ると、包丁で器用に絶縁被膜を剥いて、ケーブルをむき出しにした。

 それを丸めたものにコロモをつけて、鍋に入れた。


「食べ物のない住人たちは、もう犬も樹の皮も食いつくしたわけです」

「……それで?」

「犬も樹の皮も食ったら、後は食べるものは決まってますわな。――はい、揚がりました。お塩でどうぞ」


 ケーブルの天ぷらはサクサクしていて、塩以外では絶対に食べたくない、白魚のかき揚げをもっとうまくした、ほのかに舌で感じ続けていたい旨味があった。

 おれたちの腕のなかにはこんなにうまいタネがあるのか。


 バチン!


 ……クソ暑い。


「ふりこんでる、ふりこんでる」


 ビールを注ぎ、冷たさを味わう。


「あんたも飲めよ」

「へ? そいじゃ、ご相伴にあずかります」


 両手で捧げ持たれたグラスに、おれはビールと泡が8:2になる絶妙なラインで注いだ。


「いやー、うまいですな。仕事中に飲むビールってのはどうしてこんなにうまいんでしょう? 仕事が終わった後の一杯よりもこっちのほうがうまい。風呂上がりの一杯よりもこっちのほうがうまい」

「住民は何を食べたんだ?」

「子どもですよ」

「やっぱりか」

「次はどんぶりものです」


 少女はドロップを口のなかで転がしながら、ブラウスをたくし上げ、白い腹に短刀を深々と刺しこんだ。そのまま、真横に切り裂くと、なかからエネルギー導管を引っぱり出し、三十センチ以上くらいの長さで切った。


 それがオヤジの手に渡ると、アナゴみたいに裂き開けられて、揚げられていく。


「子どもを代え合って殺したんですよ」

「なに?」

「子どもを食べるとき、自分の子どもを食べるのはさすがにひるんだので、隣の家の子どもと取り換えて、殺して、食べたんです」


 バチン!


「何人、賭けてるんだろうなあ」


 熱い白米の丼からはみ出す、エネルギー管の天ぷら丼。

 オヤジは三つに出口の分けられた柄杓で天ぷらにつゆをかけた。


「本当においしいですから」


 うまい。この世で最後の一頭の動物を食べているみたいな気になれる。


 バチン!


「ミナは、わたしの娘じゃないんですよ」


 バチン!


 おれは天ぷらをかじり、飯をかき込んだ。


「ミナはわたしのタネなのに、娘じゃない。これって変な話じゃあありませんか」

「ひでえ暑さだ」

「ビールをもうひと壜いかがです?」

「くれ」


 手酌で飲む。


「ミナ」


 蝶番から水蒸気が出て、少女の顔がドアみたいに開いた。


 脳みそそっくりの有機コアがあるべき、場所にちっぽけな尾をつけた胚があった。


 オヤジはそれを菜箸でつまみ、コロモをつけて、たぎる油に落とした。


 胚は透き通ったごま油のなかに沈み(オヤジはこいつを揚げるためだけに油を新しくしていた)、泡に包まれ、そのうち浮かんだ。


 油を切った天ぷらがおれの前に置かれる。


「塩でどうぞ」


 箸でつまむ。

 抹茶の混ざった塩をつける。


 食ったらヤバいと分かっているのに、箸が止まらない。


 歯が触れた。


―――C・飯・T―――


 バチン!


―――C・飯・T―――


 目が覚めた。


 シュモクザメみたいな頭をした車掌がいた。


「ああ、やっと起きた」

「んあ?」

「終点です。降りてください」


 おれは二車両のポンコツ電車の優先席をベッドにしていた。


 車掌に追い出された先は吹き抜けのある広場だった。


 白々とした電球がついているだけで、揚げ物鍋もスニーカー屋もいない。


 誰もいない。


 アーケード街への入り口は封鎖されていた。


 バチン!


 見上げると、パンタグラフが火花を散らせていた。


 財布を開けると、三万クレジットがない。


 口のなかに接触残響のようなものがある。

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 バチン!


―――C・飯・T―――


 その日はひどく暑かった。

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