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聖ルキニウス病院のタコス・スタンダード

 ゴミポリの間違いでアサルトライフルで撃たれて、腕に貫通銃創ができた。


 やつらはおれをパトカーに乗せて、聖ルキニウス病院に放り出した。


 もし、おれが三百年の歴史を持つ外交官一族のメンバーなら、あのゴミ巡査は情け容赦なく懲戒免職になるはずだが、〈素材屋マテリアロ〉やってるボットなら謝らなくてもいいと思ったらしい。


 聖ルキニウス病院はスラムにあるボット病院の特徴をきっちり押さえていた——案内板代わりのけばけばしいネオンサイン、殴り潰された鼻みたいに広がった建物、真っ赤な緊急救命パック、色褪せた教会イベントのスクリーン・ポスター、ふたつにひとつ切れかけた廊下のライト、生活保護のクーポンで治療費を支払う患者たち。


 おれは緊急修理室のそばにあるストレッチャーに放置された。

 そこは浄化モジュールがムカつくほど消毒薬のにおいがした。


 治療室のなかではチェス駒のルークそっくりの頭をした医者ボットたちと風力発電でひと儲けできそうな頭をした看護婦ボットたちが相互不信を極めていて、体が真っ二つになりかかった患者ボットを放置して、口論していた。


 リノリウムの床で黒いタイルを踏まないようにして遊んでいるガキがいて、その後ろでは致死性エネルギー銃を三十発食らって体がバラバラになりかけた賞金稼ぎボットとおたずねものボットが運び込まれている。

 お互い、くたばりかけているのに、体をまさぐって、銃を探していた。


 次にやってきたのはゴキブリを飲み込んで窒息した婆さんで、このままじゃ、ずっとおれの出番はないようだった。


 腕の貫通銃創は認識スクリーンに負傷の赤いコードをチカチカさせて非常にうざったいが、それ以外は別にどうってことはない。

 不安なら左腕を使えばいい。ボットは利き腕を自由に変えられる。


 ストレッチャーから降りて、足で床を踏んでみると、きちんと歩けそうだ。


 黒いタイルを踏むと死ぬ設定のガキに、あばよ、と挨拶して、病院のなかをまわってみた。


 そこいらじゅうから、(オイル漏れ)のにおいがした。

 病室にはスリープモードの患者ボットたちがいて、自分用のポケットVTRを持ち込めたものだけが目を覚まして、クリケットの試合を見ていた。


 世界の終わりがどんなものなのかは知らないが、それが始まるとしたら、それはこの病室から始まる。


 ほったらかしにされた患者たちが緊急用の修理キットを壁からむしって修理しているが、病院側はこれも診療報酬ってことで申請するんだろう。


 ただ、賄賂や水増し請求ではどうにもならないほど、聖ルキニウス病院は貧乏だった。


 この病院にはもっとハイレベルなレーザー修理機器が必要なのに、外科医たちはモンキーレンチ一本で複雑な故障と渡り合わないといけないのだ。


 この掃き溜め病院の、蒼褪めたライトに照らされた陰気な薬局にベビがいた。


「ハーイ、セト」

「ハーイ、ベビ。何してんの?」

「薬剤師」

「そんな資格持ってたのか? つーか、こないだ見たときはストリートギャングやってただろ?」

「飽きたからやめた」

「そんで、薬剤師か?」

「面白いよ。とりあえず、薬はワナトキシンとペダーXを用意しとけばオッケーだし」

「薬剤師が簡単に電子ドラッグを渡してくれるのが分かれば、大繁盛だな」

「あたしが思うにさ、このしみったれた病院はヤク決めて、パワーを得るべきなんだよ。パワーいる?」

「いまはそんな気分じゃないな」

「セトはどっか悪いの?」


 おれは右腕の貫通銃創を見せた。

 直径7.62ミリのトンネルのなかで赤いコードと青いコードがちぎれて、パチパチと火花を散らしていた。


「ポリに撃たれて、ここに捨てられた。後ろから警告もなしに撃たれたんだぜ?」

「その穴、塞いでもらったら?」

「緊急修理室はゴキブリ飲み込んだババアの世話で忙しそうでな。どっかにガムテープないか?」

「ここにはドラッグしかないよ。なんたって薬局だし」

「腹が減ってきた」

「そりゃ、エネルギー管が切れて、火花に変わってるんだから。セト、あんた、共産主義保存地区のポンコツ車よりも燃費が悪くなってるよ」

「ここ、食堂ある?」

「あるけど、開いてるの見たことがない」

「じゃあ、ここで働いてるボットたちは何を食ってるんだ?」

「ドラッグ」


―――C・飯・T―――


 付添人向けの休憩室みたいなのがある。

 じゅくじゅくした腫瘍みたいに薄汚い部屋に二百年前くらいにつくられた自動販売機があって、それがこの病院で唯一、食い物が手に入る場所だ。


 自動販売機の正面にはソンブレロをかぶったマラカスオヤジの絵が描いてあるプラスチックのボードがあって、五百クレジットを払えば、百八種類の作り立てタコスが楽しめるらしい。


 百八のボタンのうち、百七のボタンに売り切れのランプがついていて、おれが買えるのはタコス・スタンダードだけだった。グリーン激辛タコス食いたかったのによ。


 とりあえず、タコス・スタンダードのボタンを押した。


 タコスの皮(トルティーヤ)が落ちてきて、そこにサルサソースが流れ落ちた。


 ソースが止まると、三角定規の出来損ないみたいなものが両サイドから皮を巻き上げ、折りたたんで、タコスが完成した。


 食べてみると、クソ辛い。

 なんで、こんなに辛いんだ?

 グリーン激辛タコスにしなくてよかった。売り切れだったのは毎日をつつましく生きる〈素材屋マテリアロ〉ボットを助けんとする機械神の思し召しだったのかもしれない。


 ただ、やっぱりタコスはこのくらい辛くないとつまらない。

 ピザの悪習はタコス界にもやってきていて、パイナップルだのチェリーソースだのを入れ、挙句の果てにはホイップクリームを入れたりする。


 それはクレープであって、タコスではない。


 ただ、クレープ界にもチリコンカンを入れたりする異常がまかり通っているらしく、均衡を尊ぶ大自然の采配を感じずにはいられない。


 さて、なかなか口のなかに残るピリ辛は癖になりそうだ。

 二百年前に製造された自販機の商品なら、これはあたりだ。


 もう一枚食おう。


 五百クレジットを投入し、タコス・スタンダードのボタンを押す。


「げっ!?」


 タコスの皮(トルティーヤ)が落ちてこず、サルサだけがどばどば流れ出した。


 と、いうか、止まらなかった。

 サルサはついに自販機からあふれ出し、床の上にタコスの水たまりを作り始める。


 このままいけば、街はサルサまみれになり、究極的には海に流れ落ちる。

 海がサルサ味になるまで、流れ落ちそうだったので、放っておくことにした。


 緊急修理室に戻ると、『おれは神だ!』と叫んでるトサカ頭がベッドに縛られていて、医者たちが頭部の切開を始めようとしているところだった。


 そいつのポケットから絶縁テープが落ちて、おれのほうは転がってきたので、そいつで銃創をぐるぐる巻きにした。


 病院を出て、一服つけた。

 鶏牌香烟ロースターの紫煙が街灯の光のなかでほぐれていく。


 誰がタコス機にカネを入れやがった!とかきこえてきたので、バレる前に逃げることにした。

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