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復古主義的正統派の握り寿司

 ナイフ使いと付き合うのは疲れる。


 ここで言ってるのは、ナイフ使いの殺し屋やナイフ使いの軍人、ナイフ使いの兵器破壊者(アーマーキラー)じゃない。


 ただのナイフ使いだ。


 ―――C・飯・T―――


「ククク。見てください、セト。あの店のナイフ。あれで脳みそをえぐり出したら、最高に気持ちいいはずですよ?」

「なあ、キリ。お前、たったいまシャバに戻ってきたばかりじゃんか」

「三か月も誰も切り刻めなかったのに」


 これは嘘だ。

 この野郎、ムショのなかで、きいただけでも十二人は刺してる。


 黒いコートに伸ばした白髪、ちょっと猫背。

 大きな目に大きな隈。体は鶏ガラ。


 そして、服のなかはナイフだらけだが、いま釈放されたばかりだから、ホルスターのなかは空っぽ。


 警察は珍しくいい仕事した。こいつの釈放時にナイフを返さなかった。


「はやくナイフを手に入れないと。ククク」


 警官(ポリ)を三人(バラ)して終身刑を三回食らったのがたったの三か月で仮釈放されたのは、こいつ、昔、政府絡みの暗殺機関にケツを預けてた時期があって、そいつらがキリに刑務所内にいるある人物を消すよう頼んだかららしい。


 そいつはかなり強力なコネがあったせいで、ムショのなかのギャングや看守でもぶち殺せない存在だった。


 普通のやつじゃダメなので、普通じゃないやつ(こいつ)に頼んだ。


 そいつらは減刑を約束したが、キリのことだから、無償でもやったはずだ。

 こいつはただ刺して切りたいだけなんだよ。


 そいつらが殺せと言ったのはひとりなのに、蓋を開けたら、なぜか十二人がスライスチーズにされていた。


「刑務所というのは素晴らしい創意工夫を促してくれますよ」

「なんで?」

「ナイフがない状況で刑務所に入る。ナイフがない。これが僕にとって、どれだけ苦しいか分かりますか?」

「分かんねえよ」

「ひどくつらくて、苦しくて、誰かを切り刻みたくて手が震えてくるんです。そんなとき、きらりとひとつの希望の光が見えます。それが何だか分かりますか? 看守の目を盗んで売買される小さなカミソリの刃です」

「カミソリを希望の光って呼ぶのはこの街でお前だけだよ」

「煙草三カートンで手に入りました」

「お前、おれが差し入れた煙草、そんなもんに使ったのかよ?」

「でも、これだけじゃ不十分です。柄が必要です。すると、ほら、あの人類を文明の新たな段階へと導く、偉大な光が僕に差し込んできたんです」

「また光か……」

「それは歯ブラシの柄です。ブラシをそぎ落として、プラスチックをあぶって柔らかくして、カミソリを埋め込んだら、ほら、これでナイフの出来上がりです。極めて刃渡りが短いのでギリギリまで肉に近づかないといけません」

「お前、刺す相手のこと、肉っていうのやめろよな」

「でも、その技巧的困難を克服するのが最高に興奮するんです。ゾクゾクするんです。手始めに看守をひとり切ってみたんですが」

「お前、今回は看守殺してないって言ってただろっ」

「あー、あれは嘘でした。でも、その罪も僕は禁固刑で償ったのです。とにかくです。不足は文明の母です。僕は政府に書いたんですよ。全ての子どもたちにはナイフで人を刺す喜びを教えるべきだと。きちんとカリキュラムに落とし込んで、死体置き場の死体たちを有効利用するんです」

「なあ、おれ、お前の身元引き受けてるんだからな。この制限切れるまで、人を刺すなよ。爪も切るな」


 ―――C・飯・T―――


 その保護観察ボットがキリのために用意した仕事は、何の冗談か握り寿司職人だった。


「あいつ、本当に手を血で汚してんの。比喩とかじゃなくて。もう、それこそ真っカッカ」

「ですが、AIは彼が最も効果的に更生する職業が握り寿司職人と弾き出しています」

「AIの反乱が始まったな。神話じゃAIどもが殺すのは人間だけだからおれたちボットは心配なしだ。なあ、あんた、あいつの罪状は読んだんだよな」

「ええ。それに刑務所での服役態度の良好について、所長からの報告もあがっています」

「タネあかしすると、あいつは政府のための怪しげな殺しして、短くなったんだよ」

「それについては何の記録もありません」

「記録が残るわけねえだろ」

「とにかく、彼は握り寿司職人として、社会復帰します」


 これだ。

 保護観察ボットってのは、みんなこの女みたいに融通が利かない。


 善良な市民の胃袋なり消化カートリッジなりに大量殺人鬼の手に染み込んだ血がべったりくっついた寿司が入ることについて、まったく考えがない。


 そもそもナイフで人を刺した仮釈放者に包丁を使う仕事をあてがうことのおかしさに気づかないってのはどういうことだ?


 なんで、おれがこんなこと心配しなきゃいけないのか、さっぱりワケ分からん。


 廊下で待たせておいたキリは誰も殺さず、両足をぴったりくっつけてベンチに座って待っていた。


「お前は握り寿司職人として社会復帰するんだってよ」

「正しくは復古主義的正統派握り寿司職人ですよ」

「復古主義的正統派握り寿司職人は普通の握り寿司職人と何が違うんだ?」

「復古主義的正統派握り寿司職人は回転寿司(オートライズ)の従業員を殺してもいいと言われました」

「なわけないだろ。今度、誰か刺したら、二度とシャバで人を刺せなくなるぞ」

「まあ、しばらくは我慢しましょう。この街のいいところは雑なやり方で喧嘩を吹っかけてくる人に事欠かないことです。あ、そうだ」

「なんだ?」

「セト。あなたにお礼をしますよ。ほら」


 そう言って、キリがポケットから取り出したのは信用公庫シティズンのメモ用紙に〈切り刻み券〉と書かれた紙片だった。


「いらない」

「どうして?」

「お礼なんか考えなくてもいいぞ。おれとお前の仲じゃねえか、水臭え」

「じゃあ、寿司をごちそうしますよ。僕が仕事する場所が決まったら、連絡しますよ」

「いらない。気にすんな」

「じゃあ、切り刻み券を。そうだ、あと払い方式にしましょう。まず、僕が誰かを切り刻んで、その後で、切り刻み券をセトに渡して、それをすぐ僕に渡す。じゃあ、あの保護観察官を切り刻みましょう」

「分かった。寿司、楽しみにしてるよ」


 三日後、ニュースに切り裂き魔の事件が報道されないかとハラハラしていたら、キリから連絡があった。

 メールによれば、〈パゴダ〉の前で商売しているとのことだ。


〈パゴダ〉は一フロアにつきテーブル席が四つあるだけの三十階建てのエスニック・レストランで、その建築のアンバランスさが味付けにももろに出ている。


 味付けの差はある種のハーブが原因だが、これは料理に使われるのではなく、コックどもがキメる。

 グッドトリップすると、ハイテンションで味付けがメチャメチャになり、バッドトリップすると味は大人しくなる。


 そんな〈パゴダ〉を屋台が、借金取りが債務者を囲むみたいに集まっていて、〈パゴダ〉でハズレメニューを引いた客を狙っている。


〈パゴダ〉の縁が反り返った瓦屋根は遠くからもよく見え、屋台の安ランプのせいで足元が黄色く濁って見える。


 キリのバカはただ、〈パゴダ〉としか知らせなかった。

 つまり、それはまわりに五百くらい集まっている屋台をしらみつぶしにしろということだ。


 でも、まあ、どこの街にも屋台王と呼ばれるやつがいる。

 ここの屋台王は三人いて、お互いの足を引っ張り合っている。


 おれが会ったのは、丈を詰めた黄色いレインコートを羽織って、両目を軍用レンズに換装していた。

 この細いレンズは左目の端から右へと伸びて、眉間を乗り越え、右目の端で終わるのだが、少しヒビが入っていて、フレームも歪んでいた。


 四十三歳のブスを十三歳の処女と言って、客につがわすようなことをして、ぶん殴られたんだろう。


 ちなみに両手はショットガンになっていた。


「話せば長くなる屋台王同士の対立がある」

「これでどうやってポップコーン食うの?」


 すると、銃口から細いフックがニョロニョロ伸びてきて、ポップコーンを引っかけた。


 屋台王が言うにはキリは『仮釈放の花園』と呼ばれる一角で店を出していた。


 そこにいるのはみな凶悪犯で、そもそも仮釈放されたのが間違いみたいな連中だった。

 もちろん、キリも含めてだ。


 連続少年レイプ魔は親子連れの小学生を見て勃起しながら舌なめずりしてるし、麻薬王はホットドッグの辛子にブツを仕込んで売っている。マフィアの会計士はリンゴ飴の売上を過少報告して税金をごまかしていた。


 切り落とし焼肉や激辛コーヒークレープなんかが売られているなかにキリがいた。

 カミカゼ鉢巻とよくわからん狩衣みたいなもんを着て、木造のアンティーク屋台で寿司を握っていやがった。


「らっしゃい、セト」

「おう、大将。適当に握ってくんな」

「そこに適当に並べてあるから、好きなものを食べてください」

「なあ。おれだって、寿司くらいちょいちょい食べる。寿司って、頼まれてから握るもんじゃないのか?」

「復古主義的正統派では、あらかじめたくさん握っておいて、並べるんですよ」

「おい、シャリが赤いぞ。お前、人を刺してから手も洗わないで握っただろ?」

「違いますよ。クックック。復古主義的正統派では赤酢を使うんです」

「本当か?」

「本当ですよ」


 寿司は斜めになった板の上に乗っていた。寿司だけに寿司詰め。


「復古主義的正統派では安いネタをたくさん下に、高いネタを少しだけ上に置いていきます」

「社会構造ってやつだな。でも、エイひれとかカジキマグロが下で、白魚の軍艦巻きが上ってのが洒落てる」

「自然界には僕らが知らない大いなる秘密にあふれているのですよ。ちょうど、横に裂いた腹部から内臓があふれ出るみたいに」


 とりあえず無難に中くらいの高さに並んでいる養殖サーモンの握りを手に取った。


「シャリもネタも普通の寿司より三倍でかいな。もう、握り飯って感じだ」

「復古主義的正統派の握り寿司は大きいんですよ。キップがいいって言うんですかねェ」

「醤油とってくれよ」

「復古主義的正統派の握り寿司では醤油はショーユではなく、ムラサキと呼びます」

「なんで?」

「さあ?」

「これ、本当に酢の色なんだよな? 血じゃないよな?」

「大丈夫ですよ。食べたら、ほっぺが落っこちますよ。実際、ほっぺを落っことすなら――」


 醤油ムラサキをつけて、半分ぱっくり食ってみた。


「しょっぱ!」

「復古主義的正統派の握り寿司は酢飯をつくるとき、砂糖を入れません」

「ネタが生臭いから、醤油つけないわけにはいかないけど、シャリがしょっぱい」

「復古主義的正統派の時代はハンバーガーなんてなかったから、塩分ならいくらとっても大丈夫なんですよ」


 復古主義的正統派ってのはクソだな。


「はい、お茶」


 熱い茶にナノマシンで細工した茶柱が数十本立っている。


 喉を耐熱モードに切り替えて、偽りの幸運の証ごと飲んで、復古主義的正統派のサーモン握りを消化カートリッジに流し込む。


「お茶がないと食えないな」


 ……。


 おかしいな。

 何か違和感がある。


 この寿司屋には何かが足りない。


「暖簾だと思いますよ」

「ああ、そっか」

「おかわりは?」

「一個食ったら腹いっぱいだよ。これ、ひとついくらで売るんだ?」


 そのとき、チョチョチョチョチョーウ!という耳障りな声がして、おれの認識スクリーンに撮影機械の駆動音を知らせる信号がついた。


 ストリートギャングに憧れた()()みたいなファッションをした()()がクソみたいにギラギラした照明を屋台にあてて騒ぎ出した。


「チョチョチョーウ! 『超イケ!ビューチューブTV』、今日はぁ~、凶悪仮釈放犯の集まる〈仮釈放の花園〉にやってきました、チョチョチョーウ! スパチャ、ありがとーう! あぐねす・じょーさん! チョチョチョーウ!」


 なんだ、ただの動画配信者バカか。


「チョチョチョーウ! この寿司なんか、デカくない? それになんか赤錆みたいな色してる~、チョチョチョーウ! 板前にきいてみよう、チョーウ! ヘイ、タイショー! なんで、この寿司赤いの? チョチョチョーウ!」

「赤酢を使っているから赤いんですよ」


 キリは満面の笑みでこたえた。

 このバカが少しでも空気を読めれば、この不気味さで撤退するが、どうだろうな……。


「チョチョチョチョチョーウ! 返答がつまらなーい! チョーウ! あのね、タイショ。これ、同時接続、百万人のチョウ人気配信なの、チョーウ? そこんところ、分かってね、チョーウ! じゃあ、もう一回!」

「赤酢を使っているから赤いんですよ」

「チョーウ! ゼロ点、落第、社会不適合者、チョーウ! それ、さっききいた! もう一回、チョーウ!」

「赤酢を使っているから赤いんですよ」

「それ、もーきいた! チョーウ! もっと面白いこと言ってよ、チョーウ!」


 バカがキリにデコピンした。


「赤酢を使っているから赤いんですよ」

「わー、このタイショ、ボット? アカズヲツカッテイルカラアカインデスヨ・ボットだ、チョーウ!」


 言い忘れてたが、キリは人間だ。


「じゃあ、チョーウ! このまずそうな寿司、いくらで売ってるの、チョチョチョーウ? 一クレジットでもぼったくり、チョーウ! あと、なんで、そんなバカみたいなカッコしてるのか、教えてどうぞ、チョーウ!」


 ああ、この屋台に何か欠けている感の正体が分かった。

 包丁がない。


「赤酢を使っているから赤いんですよ」


 そう言うなり、狩衣の袖が閃き、同時接続している百万人の視聴者はバカの頭に深々と、刺身包丁が刺さるのを見た。


 ―――C・飯・T―――

 

 殺人罪。懲役二十八年だってさ。

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