第八章〜実行
宜しく御願い申し上げます。
秀次郎は、ヤスオのショルダー・バッグの中に収まっていた。
秀次郎は、バッグの中で烈しく揺さぶられた。しかし、バッグは荒い布地な為に、秀次郎の棘つきの脚にぴったりフィットし、内部で秀次郎が動き回る妨げにはならなかった。
秀次郎がバッグの中で動き回るガサゴソという音は、以前ならたまらなく不快な部類に入る音だったろう。が、今は逆に快感ですらあった。
友達らしい友達もいないヤスオにとっては、今の秀次郎は力強い守り神、唯一の味方であったから。
生命力の強いイメージのあれ今の秀次郎の身體も、今となっては守って貰うのに都合がよい。
秀次郎は、特殊能力、『退化』によって、もとのゴキブリに変化していたのである。
「しかし、途中で見つかってしまったら、厄介だな。とくに女の子には君の身體は、見せられはしない。とんでもない騒ぎになるから。見つかったらきゃあきゃあ言われちゃうよ」
ヤスオは、バッグの中の秀次郎に話しかけた。
「そうだろえな。まぁ、オレにも悲鳴上げられた経験は数え切れない程あるからわかるよ」
「うん。ならいい。ご・・・ごめんね。なんけ嫌なこと思い出させちゃったね」
「いや、いい。それよりまだ着かないのか?」
「もう着くよ」
ヤスオが言った。
ヤスオの眼の前にはもう、中学校の正門があった。
「さあ、いくよ。僕はどうしたらいい?」
そう問うヤスオの声は、心做しか震えているようだった。
━━これから奴らに対する反転攻勢が始まるのだ。
そえ思うと手のひらに汗が浮いてくるのだった。
「君は普通にいていい。普段通りに行動しろ。すべてはオレに任せて。オレは人間に嫌がらせをするプロなんだから」
ヤスオはバッグに向けて頷いてみせた。
御読みになって頂きまして、誠に有り難う御座いました。