九十四話 中層域の奥へ&基礎魔法レベルアップ
第六階層の中層域に現れるモンスターは、先に戦った浮遊ゴーレムの他は、角猪とオークだ。
角猪は、その字面の通りに、眉間の当たりから頭上へ向かって角が左右一対生えた大きな猪のモンスター。倒すと猪の角を通常で、毛革をレアでドロップする。
オークは、以前戦ったレッサーオークをそのまま大きくした、海外出身の力士のような大柄でデップリとした体型の人型モンスター。倒すとオークの革を通常で、枝肉をレアでドロップする。
このオークの肉。二足歩行かつ肉付きの良い食用肉ということもあり、相撲界が鶏肉に勝る身体を作るのに良い肉として求めていて、後援者たちが挙って買い集めている肉である。
大柄力士に似た体格の枝肉だけあって、総重量は百キログラムを優に越えている。普通の探索者だと、これを一部を切り取って持ち帰ることしかできないため、オーク肉の需要は高止まりしているという。
しかし俺は、レベルアップした次元収納スキル持ちだ。
いま倒したばかりのオークが、幸運なことに枝肉を落としてくれたので、その全てを次元収納の中に収めることができる。
「これは買い取り金額が楽しみだ」
スーパーの国産豚肉を参考に百グラム二百円換算で考えても、一つの枝肉が最低でも百キログラムあるから、二十万円は確定で収入になる。
そして枝肉まるごととなると滅多に市場に出回らないことを考えたら、もっと買い取り価格は上になるだろう。
こんな高級肉を自分でも確保しておきたいという気持ちは、もちろんある。
だが、俺の料理の腕で扱うよりもプロに任せた方がいいし、百キログラムも肉があっても持てあますだけだしな。
「それで、二匹一組でモンスターが現れる区域に到着したようだ」
角猪とオークの、豚面コンビ。
角猪が先頭で走り、オークが追従する形で、俺に接近してくる。
俺は冷静にメイスを高々と振り上げると、角猪が間合いに入った瞬間に、思いっきりメイスを振り下ろした。
「おらああああああ!」
打ち込んだメイスのヘッドが角猪の頭蓋を割って中へと入り込み、これが致命傷となった。
角猪が瞬間的に薄黒い煙と化して消えた直後、オークが巨体を揺らしながら走ってくる。
俺はメイスを肩に担ぐようにして構えると、オークの大手を振っての攻撃を掻い潜る。そしてオークの横を通り過ぎた直後、メイスを力強く横にスイングして、オークの片膝を横から殴って破壊した。
膝を破壊されたオークが、地面に倒れ込む。うつ伏せに倒れてくれたので、その後頭部を目掛けてメイスを振り下ろす。
後頭部陥没でこと切れたオークが薄黒い煙と化した。
今回のドロップ品は、角猪の角とオークの革。どちらも通常ドロップ品だ。
「オーク革は岩珍工房行きだな」
色々と革を送りつけて、売却代金を『ツケ』にしているし、新しい革の全身ジャケット防具を作っても良い頃かもしれない。
けど、まだ今の革ジャケットも着られるから、装備更新は後にしてもいい。
悩ましいことだなと思いつつ、中層域の通路を進んでいく。
第五階層でトレント周回をしたことで、戦闘経験を高く積むことに成功したため、第六階層のモンスターを手早く倒せるようになっている。
というか、多数のモンスターを相手どる際に、基礎魔法の魔力球を連射してから戦うようにした。すると、角猪は魔力球で突進を止められて脅威度半減だし、オークの脚に魔力球を打ち込んだらコケて無力になっちゃうし、浮遊ゴーレムは連発で罅割れ崩壊させることができてしまった。
魔力球からメイスのコンボで、ほぼモンスターを完封できてしまうため、苦労らしい苦労がないんだよな。
「連射し続けたから、魔力球の威力と速度を自由に操る方法が身に付いちゃったしな」
基礎魔法スキルで魔力球を作る際に、どんな感じに意識や力を込めると良いかが、肌感覚で分かるようになった。
だから、先に遅く魔力球を放ち、後から速度を上げた魔力球を放つことで、一つの対象に同時に二発の魔力球を当てるなんて芸当もできるようになった。特に意味のない、無駄技だけどな。
ともあれ、魔力球を大きくして速度を遅くして放つと、それだけでモンスターの進攻障害になる。
モンスターたちはその魔力球を避けてから近づいて来ようとするので、避ける前後はモンスター間の連係が疎かになっている。その隙を狙えば、より簡単にモンスターたちを倒すことができてしまう。
「戦闘の工夫はしておくべきものだけど、そのせいで戦闘が楽になり過ぎた……」
また魔力球を使用した戦法で、モンスターたちを倒しきった。
三匹一組の場所に入ったのに、まるで手応えがない状況だ。
簡単に攻略できることは良い事だけど、あまりに簡単だと集中力が続いていかない。
はあっと溜息をついたところに、久々に脳内にアナウンスが流れた。
『基礎魔法の新魔法を身に着けた』
そのアナウンスの直後、俺の脳内に新たな基礎魔法の使い方が流れ込んできた。
「新しい魔法は、魔力弾か。魔力球よりも、射程と貫通力に優れた、より攻撃的な魔法のようだな」
俺は指を少し遠くにある壁に向ける。
「魔力弾」
基礎魔法スキルを発動し、なんの調整もしない素の魔力弾を放ってみた。
魔力弾は銃弾のような大きさで、矢のような速さで飛び、壁に命中した。命中した直後、バシッと大きな音が鳴り、なかなかの威力であることが音で分かった。
「発動してみた手応えからすると、弾の大きさと形は固定で、射程と速度と威力が上げられそうだな」
俺は魔力弾を意識して調整し、最大射程、最大速度、最大威力で、通路の先へと放ってみた。
すると、俺の手が魔力弾を発射した反動で跳ねあがり、魔力弾は目にも留まらないスピードで空中を進み、見えないほど遠くへと飛び去って行った。
「うへぇ。魔法とはいえ、スキルのレベル二とは思えない威力が出たな」
俺は治癒方術のヒールで、発射の反動で痺れたままの手を癒した。
切り札の一つとしては頼りになる威力だが、発射の反動がキツ過ぎる。
俺はなんどか魔力弾を発射しながら調整を繰り返し、反動で手が痺れない程度に射程と速度と威力が最大となる地点を探った。
そしてどうにか、魔力弾の調整がついたところで、一息入れた。
「大きさを変えて戦いの幅を持たせられる魔力球とは違って、魔力弾は弾の大きさ固定の攻撃専用だから、この調整のまま使用し続ければ良いよな」
これで明確な遠距離攻撃の手段ができた。
あとは実戦で試すだけだと、俺はモンスターを探して通路を歩く。
すると、オーク三匹と出くわした。
あの大きな体は的に丁度いいし、それが三つもある。
魔力弾の使い心地を試すのには丁度いい相手だな。
「魔力弾」
俺が人差し指を向けて、オークの一匹の眉間に狙いをつけ、魔力弾を発射。
大昔のFPSシューティングゲームよろしく、魔力弾は狙った位置へと重力の影響を受けず直線状にオークの眉間に直撃した。
魔力弾を受けたオークは、眉間から後頭部にかけてが弾け飛んだ直後、薄黒い煙と化して消えた。
残る二匹が、仲間が倒されたことで、大急ぎで走り寄ろうと駆け出し始める。
「近づかれたら面倒だから、魔力球」
魔力球を最大の大きさで何個か放ち、オークの侵攻の妨げにする。
オークたちは、一度だけ魔力球を身体に受けて無理矢理突破しようと試みた。しかし、魔力球によって大きく後ろに弾かれたことで、避けて進むべきと学習したようだった。
俺はオークの一匹が魔力球を迂回して移動するのを見ながら、その移動方向を読む。
移動で上下する頭を狙うのは難しいので、オークの腹から胸にかけて当たれば良いという気持ちで、魔力弾を放った。
魔力弾は高速で空中を飛び、オークの胸元に入り、背中へと突き抜けた。
かなりの重傷だと思うが、弾が当たったはずのオークは未だに生きている。
「某FPSシューティングゲームだと、フルメタルジャケット弾は防具を貫通する効果があるけど、逆に貫通力が強すぎて野生動物相手だと致命傷を与えにくいって設定があったっけ」
そのゲームだと、弾の先端が潰れたホロ―ポイントや弾頭が柔らかく潰れるソフトポイント弾が、野生動物などの生身の相手には特攻だったな。
しかし生憎と、魔力弾の形は変えられない。
「となると、一発で倒せないのなら、連射で倒せばいいわけだ」
俺は人差し指を突きつけていた状態から、人差し指をから小指を揃えた四つ指の状態で、オークを狙う。
「魔力弾、連射」
人差し指から小指にかけて、一発ずつ順々に魔力弾を放ってみようと試してみたら、出来てしまった。
連続で四発放たれた魔力弾は、その全てが胸に傷が開いたオークの胴体に命中した。
流石に合計五発の魔力弾を受けたら、大柄のオークも耐えきれないようで、薄黒い煙と化して消えた。
この一匹を始末するのに少し手古摺ったことで、最後の一匹にかなり近くまで接近を許してしまっていた。
「といっても、オーク一匹だけなら、脅威じゃないしな」
俺は右手に持ったままのメイスを振るって、オークの向う脛を打ち据えた。
オークは突然の脛の痛みに身体が硬直したことで、走る勢いの制御に失敗し、前向きに倒れてしまう。
倒れた直後にオークが立ち上がろうとするが、俺はその頭を踏んづけることで起き上がれないようにした。そして踏みつけに使っている自分の足の横を狙って、オークの後頭部へと魔力弾を放った。
頭部への魔力弾はやっぱり一発で絶命させられるみたいで、オークは俺の足の下で薄黒い煙となって消えた。
「致命傷を与えられる遠距離攻撃で、戦いが更に楽になったな。スキルの巻物で基礎魔法を選んでよかった」
身体強化スキルという安定を選ばず、見たことも聞いたこともない基礎魔法を欲望に任せて選んだ過去の俺を褒めたいぐらいだ。
そんな自画自賛をしつつ、倒したオークのドロップ品を回収。残念なことに、ドロップ品は全部革で、オーク肉はドロップしていなかった。