九十三話 第六階層中層域
雑誌インタビューという不測の事態はあったが、第六階層の浅層域は踏破したので、中層域へ挑むことにしよう。
東京ダンジョンの出入口から、第六階層へと入り、石で舗装されている通路を歩いていく。
浅層域に出る変異グール、オオアルマジロ、射向日を倒しつつ進み、中層域の区画へと足を踏み入れた。
そして中層域で初となるモンスターは、なんとも変な見た目のゴーレムだった。
そのゴーレムは、少しずんぐりとした体型の人型だが、脚の付け根から下がなかった。
脚がないのにどうやって動いているのかというと、地面から三十センチぐらい上を浮いて移動していた。
「脚なんて飾りです、ってことか?」
俺が某アニメの名台詞を引用して呟くと、浮遊ゴーレムがスルスルと空中を移動して近づいてくる。その速さは、自転車を軽く漕いでいるときと同じぐらいだ。
「石で作ったゴーレムの体重による足の遅さを、浮遊で克服しようとした種類ってことか?」
移動が速くて、身体が石で硬くて防御力もある。
普通に考えたら強敵なのだろう。特に、日本刀のような斬撃系や、ツルハシのような刺突系の武器の場合だと、こうも移動が素早いと硬い体表に刃を正しく立てるのが難しいはずだ。
しかし俺の得物は、メイスと魔槌。雑に殴ってもダメージを与えられるタイプの武器。
浮遊ゴーレムが近づいてきたところで、思いっきりメイスを振るえばいい。
俺が渾身の力で殴り掛かったところ、浮遊ゴーレムは腕で一撃を防いだ。しかしその腕に、打撃痕から蜘蛛の巣状にヒビが走る。
「一撃でヒビが入ったってことは、浮遊するため重量を軽減するために、中抜きしているんだろ?」
俺が連続してメイスを振るうと、一回攻撃を受ける度に、浮遊ゴーレムの身体が罅割れていく。
攻撃が胴体部に当たり、大きな破断が現れたところで、浮遊ゴーレムは薄黒い煙と化した。
消えた浮遊ゴーレムの代わりに現れたのは、地面から十センチほどの位置に浮かぶ、薄青色の石だった。
「これが浮遊石か。ダンジョンの中でだと浮き続けて、ダンジョンの外だと一定時間の後に浮かなくなっちゃうっていう」
この石が浮遊する仕組みを解明すれば、電磁石不用のリニアモーターカーが出来るのではと、研究で注目されている石だ。
ダンジョンの外でも、ずっと浮いているんなら、そのまま車体の下に設置すれば良いだけだったのにって、何かの記事で読んだことがある。
そんな浮遊石を次元収納の中に入れようとして、ふと疑問を抱いた。
「ダンジョンの中では使えて、外だと使えないっていうの、スキルに似ているな?」
もしかして浮遊石は、スキルで浮いているんじゃないだろうか。
そう考えたものの、違うような気がしてきた。
「ダンジョンの外でも、一定時間は浮けるんだよな。けどスキルは、外に出た瞬間から使えなくなる。そこに違いがあるな」
その違いを考慮に入れると、浮遊石は浮くための仕掛けとして、ダンジョン内にあって外にはないスキルに関連する何かの力を貯めておく能力があるんじゃないだろうか。
この何かしらの力を貯めてあるから、ダンジョンの外でも浮いていられるんじゃないだろうか。
そして、ダンジョンの外でスキルを発現させるために必要なものに、俺は心当たりがある。
「この浮遊石。出来損ないの魔石なんじゃないか?」
正確に言うなら、魔石ないしは効果が弱くても同じ特性のある石を加工して、浮遊する石に作り変えたんじゃなかろうか。
もし俺の考えが当たっているのなら、武器で割れば、強化の光が出てくるはず。
俺はメイスを構えて、浮いている石を殴ってみた。
しかし石は浮いているため、メイスで殴ったところ、打撃の威力が浮力に殺されてしまい、上手く割ることができなかった。
「ああもう、面倒くさいな」
俺は浮遊石を足で踏んで地面に押し付けてから、メイスのヘッドの先で石を叩く。二度三度と繰り返して叩いて、ようやく浮遊石が割れた。
すると俺が考えた通り、割れた石から光が出てきた。しかしその光の量は、あきらかに同じ大きさの魔石を割ったときより劣っていた。それこそ、小指の爪の先ほどの魔石を割ったときと同じぐらいの光量しかなかった。
そんな少ない光でも、メイスに吸収されはしたので、強化する材料に使えはするみたいだった。
「俺と同じことを試した人がいたとして、浮遊石を押さえつけて割る労力と得られる光の量、そして浮遊石を売った際に得られるお金とを比べたら、割って武器を強化するよりも売却を優先するだろうな」
浮遊石は研究対象でありつつ、ダンジョンの外だと浮遊状態は時間に制限がある。だから浮遊する仕組みが解明されるまで、研究機関は研究対象として新たな浮遊石を買い直す必要がある。つまり、研究が終わるまで、浮遊石の需要はずっとあり続ける。
そして浮遊の仕組みが解明されたのなら、リニアモーターカーはもとより、ロケットの燃料節約や夢の軌道エレベーターの素材として使える未来がある。
他の国や企業も特許を狙っているだろうから、浮遊石は高い需要があり、その需要の分だけ高く売れることは間違いない。
そんな高値で売れる素材を、強化されているのかされていないのか分からない効果を得るために割るなんて、稼ぎにダンジョンにきている探索者ならしない。
最前線にいるであろう攻略目的の探索者だって、浮遊石程度の強化は非効率だって見向きもしないはずだ。
「だが俺は、少しでも武器は強化しておきたい」
なにせ身体強化スキルがない俺は、戦闘は武器任せな部分が強い。そのため武器の強さこそが、戦闘力に直結する。
浮遊石が微弱な強化しかできなくても、塵も積もれば山となるという考えで、多数の浮遊石を割ればそれなりに強化できるはずだ。
「魔石と違って、運任せじゃなくていいのも利点だ」
浮遊石は浮遊ゴーレムの通常ドロップ品だ。浮遊ゴーレムを狩れば狩るほど、在庫が集まる。それはすなわち、効率を度外視すれば、永久に武器を強化出来てしまうということでもある。
中層域の探索で宝箱から魔石が見つかれば、その強化具合も加速できるのだから、浮遊石集めをやらない理由がない。
「よしっ、モチベーションが上がってきたぞ。目指せ、メイスの次の進化!」
俺はメイスを構えて、次のモンスターと出会うべく、通路を進んでいった。




