九話 探索二日目
契約した安アパートで目覚めた俺は、両腕がかなりの筋肉痛になっていることに気付いた。
「ううぅ、痛たたたた」
腕を持ち上げるのも、手を握るのにも痛みを感じる。
腕だけじゃなく、背中や太腿や脹脛も筋肉痛だ。
「確りストレッチしてから寝たんだけどなあ」
痛む箇所を揉んだり、ストレッチしたりして、どうにか痛みを和らげようとする。
その甲斐あってか、普通に動かす分には痛みを無視できる程度にまで緩和した。
「さてと。今日も東京ダンジョンにいくとするか」
行動目標を口にすることで、筋肉痛でくじけそうなやる気を奮い立たせる。
安アパートを出て、最寄り駅へ向かう道すがらにあるスーパーで、朝食と昼食分の食料と飲み物を購入。
食べ物が入った買い物袋を手に、電車に乗って、東京駅へ。
通勤ラッシュが終わった時間帯とはいえ、朝からダンジョンに入るほど熱心な人は少ないようで、ダンジョンの出入口に待機する列は短かった。
俺が朝食にと買ったおにぎりを食べながら待っていると、待機列に並ぶ他の探索者たちから訝しげな視線が来る。
まあ、いまの俺は、おにぎりを食べつつ、もう片手の手には買い物袋を下げた、ツナギ姿。
つまりツナギという軽装なのに、手には武器を持っていないんだ。
周りの探索者が怪しんでも当然な見た目だ。
まあ俺のオリジナルチャートの中には、他の探索者から侮られておくという項目があるので、疑いの目で見られる状況は願ったり叶ったりだけどな。
朝食の分の食料を食べ、ペットボトルの水を飲んで水分補給していると、ダンジョンの中に入れる順番になった。
黒い渦を通り、ダンジョンの中へ。
「次元収納」
さっそく次元収納のスキルを使い、仕舞っていた鉄パイプを取り出し、代わりに買い物袋を白い渦の中に突っ込む。
俺が次元収納のスキルを使ったからか、それとも貴重な容量を無駄にするような真似をしたからか、周囲の探索者から驚きの目で見られてしまう。
俺は鉄パイプを肩に載せると、周りからの視線なんて気にしないという態度で、道を歩いていく。
そして今日もまた、最弱のモンスターしかでない、一本道の脇道へと入っていった。
筋肉痛のため動きに精彩を欠きつつも、昨日一日で戦い慣れたこともあって、危なげなくモンスターを倒していけている。
それでも要人のため、適宜休憩を入れて体力を回復させながら、一本道の奥へ奥へと進んでく。
そして最奥にたどり着き、隠し部屋のギミックを作動させる。
「魔石が復活、しているな! よしっ!」
鉄パイプで魔石を回収すると、隠し部屋の罠が発動して投げナイフが飛んできて鉄パイプに当たった。
「どうやら魔石も投げナイフも、一日経てば復活するみたいだな」
この魔石一つで五十万円の価値がある。
俺が秘薬で不老長寿になれたら、この魔石を回収して売って生活するのもありかもしれない。
「まあ、そう上手くは行かないだろうけどな」
俺がこの脇道から魔石を回収して戻ったことを知られたのなら、他の探索者たちだって脇道に入って魔石を探し始めるだろう。
そうなったら、この最奥にある隠し部屋も見つけられてしまうだろうから、俺の優位性はなくなってしまう。
「何事も上手くはいかないってことだ。ここで手に入る魔石は、武器や防具の強化に使ってしまうほうが、後々のためだろうな」
最初期にこの道を調べて人がいたという噂があっても、道の最の様子が伝わっていないあたり、その調べた人も俺と同じ選択をしたんじゃないだろうか。
最低でも一日に一度復活すると判明している魔石。
これがあれば、日数はかかるものの、武器や防具を着実に強化することが出来るんだ。後々の事を考えて、情報を閉ざした可能性は高い。
「ともあれ、鉄パイプの魔石による強化と、投げナイフの回収だ」
鉄パイプで魔石を砕き、砕かれた魔石から出てきた光が鉄パイプに吸収される。
この魔石の値段は五十万円だ。
それだけの値段かけて、鉄パイプが強化されているのかいないのか、目ではわからない。
「これじゃあ、魔石でいまある武器を強化するより、魔石を売って日本刀を手にしたほうが良いと考えても仕方がないよな」
機械打ちの日本刀なら、五十万円で買えてしまえる。総手作業の日本刀でも、二百万円――隠し部屋で入手する魔石なら四個分だ。
手軽に戦力を増強するのなら、日本刀の方が無難な選択だろうな。
「けど、俺のオリジナルチャートだと、日本刀を手にしちゃダメなんだよな。この鉄パイプみたいな、棒状の攻撃武器じゃないと」
初期スキルで次元収納を選び、武器は棒状の打撃武器にする。
既存のチャートでは誰も選択しないこの組み合わせこそ、探索者の新たな地平が開けるのだと、俺は確信している。
「ゲーム的に考えるのなら、身体強化と刀で戦士職、気配察知と刀が斥候職、次元収納と刀で運搬職だろうからな」
刃物を装備することで、それらの職業に当てはまる役割が振られるのなら、刃物じゃない武器を装備したら新たな役が手に入るはずだ。
「魔法職、回復職、生産職。そのどれかに本当になれたら、一気にオリジナルチャートが進む」
なにせ現時点で、この三職に相応しい技能を発揮している人物は、この世界の何処にもいない。
不確定な噂ベースでも、アメリカで古い総手製の銃を使い続けていた探索者が、弾がなくても空気の弾丸を発射できるようになった、なんて話があるだけだ。
「アメリカの噂の人物は、差し詰めガンナーって役職になんだろうな」
ゲーム的な思考をしつつ、俺はダンジョンの外へ出るべく、一本道を引き返すことにしたのだった。