八十話 第五階層への準備
第四階層を深層域まで調べ終えたが、目的である不老長寿の秘薬はなかった。
ということは第五階層へと進まなければいけないわけだ。
だが問題が一つ。
進むべき第五階層は、いわゆる『中ボス部屋』なのだ。
役所が公開している情報によると、この中ボスはトレント――名前の通りに樹木のモンスターだ。
五十メートル四方ほどの大部屋の中央に、このトレントがドンと鎮座していて、半径十メートルに入った敵を蔓や枝や根を動かして攻撃してくるという。
なかなかの強敵なようで、身体強化スキル持ちの探索者を六人集めたパーティーでも突破できないこともあるらしい。
どうやって戦って失敗したのかという情報も、当の探索者から聞き取った内容を、役所は公開していた。
加えて、こうして突破できなかった探索者たちの情報がある事実が示すのは、五階層から逃げる手段があるということだ。
調べてみると、ちゃんと出入口が存在していて、そこからダンジョンの外へと脱出できる仕組みになっていた。
つまり一度で攻略できなくても、何度でも挑戦可能と言うことでもある。
しかし、このトレントという強敵がいる情報が浸透したことが、第四階層に稼ぎにきた探索者たちが集中する理由の一つになているようだ。
無理してトレントを倒して先に進むよりも、第四階層を活動場所に選んだ方が、安全かつ確実な長期の稼ぎが得られると考えてのことだろうな。
その気持ちはわからなくはないが、俺の目的は不老長寿の秘薬を手に入れることなのでトレントに挑むしか道はない。
さて、この中ボスのトレントに対して、俺が取れる方策は限られている。
一つは、ダンジョン内では飾りにしかなっていないヘルメットのバイザーを、ダンジョン内でも防御力を発揮するモンスタードロップ品のリトルキラーマンティスのお面に付け替えること。
もう一つは、メイスを使わずに魔槌を使うこと。
調べてみたところ、トレントを撃破できなかったのは、単純に武器の攻撃力が足りなかったからだと判明した。
トレントの幹の太さは、幅が直径で五メートルはあるという。
そんな太さの幹を日本刀でカンカン叩いたところで、切り落とすには時間がかかる。斧を持ち込んでも同様。現代の伐採の利器であるチェーンソーは、工業的に機械で作られている製品なので、ダンジョンのモンスターにダメージが通らない。
ではどうやって突破したのかと情報を漁ってみると、斬撃系のスキルを手にしている者がそのスキルの力で倒したという情報が公開されていた。
「第四階層にいる人たちは、その斬撃系スキルを得るのを期待しているって面もあるかもな」
ともあれ、その斬撃系スキルがないと、トレントの突破は難しいという定石になっていた。
しかし俺には、斬撃系スキルに勝るであろう、魔槌の特殊効果の爆発という奥の手がある。
この爆発を用いれば、トレントの幹を爆破で折ることが可能なはずだ。
「挑戦は何度だってできるんだ。何度だって試せばいい」
俺は決心し、第五層にいる中ボスのトレントへ挑むべく準備をするのだった。
俺はトレントに挑む前に、次元収納の中に保管していたドロップ品の革とホブゴブリンの革鎧を取り出し、それらを全て岩珍工房に送ることにした。
別に、死ぬ覚悟をしての形見分けではない。
単純にドロップ品の色々な革と革鎧の容量分で、送る段ボールの中身が一杯になるからだ。
そうして送るものを段ボール箱に入れ、ホームセンターの配送預り所に渡した後、ホームセンターの製作室をレンタルする。
制作室で工具を借りて、ヘルメット用の後付けバイザーを分解して部品を回収し、その部品でリトルキラーマンティスのお面をヘルメットに取り付ける作業をしていく。最終的にお面が外れないことを確認して、ヘルメットは完成だ。
出来上がったヘルメットを抱えながら、ホームセンターの中に戻って買い物をする。
リトルキラーマンティスのお面は、かなり本物に近いデザインなので、俺の近くを通った人たちがギョッとした目でヘルメットを見てくる。
たぶん、俺がリトルキラーマンティスの頭を抱えて移動していると、見間違えたんだろうな。
ホームセンターの中を移動して、俺は大容量除草剤とお徳用塩を買う。
モンスターのトレントに効くか分からないけれど、相手は植物系のモンスターだ。除草剤も塩も、植物には天敵だから、なにかしらの効果はあっていい。
もし除草剤と塩だけで倒せるのなら、それに越したことはないし、俺は次元収納スキル持ちだから運搬に労力はかからないしな。
そうした準備を整えて、俺は東京ダンジョンの中に入った。
そして出入口で、手に持っていた除草剤と塩を次元収納に入れ、そして次元収納の中にポーションが九個入っていることも確認する。
「準備は万端。後は実行するだけだな」
俺は五階層へ行くべく、東京ダンジョンの通路を進んでいった。