八話 初日を終える
最も浅い層の、一本道の脇道を返ってきた。
一度倒した魔物は、時間を置くと再出現することは知っていた。
けど、ほぼ全部の魔物と戦い直すことになるとは思ってもいなかった。
「もしかしたら、弱い魔物は再出現しやすいのかもしれないな」
そんな愚痴をこぼしつつ、俺は鉄パイプを次元収納に入れた。
その際、たまたま出くわした他の探索者数人に見られていて、可愛そうな人を見る目を向けられた。
その目は、事前情報も知らずにスキルを選んだ馬鹿を見る目つきだ。
疲れている状態でイキリ探索者を装うのは、気分が乗らないが、オリジナルチャートを遵守するためには仕方がない。
俺は、いかにも大冒険を果たして返ってきたと表現したげな態度を作り、仰け反るほどに胸を張って、大股で出入口へと続く道を歩いていく。顔には満足そうな微笑みを作る事も忘れない。
これで、先ほど出くわした探索者たちは、不遇扱いの次元収納スキルと合わさって、俺が何も知らずに最弱の魔物と戦って帰ってきた間抜けなイキリ野郎に見えることだろう。
念のため、ダンジョンの外に出てから、最後の一押しの行動もしておこう。
出入口の黒い渦を通過して、旧皇居外苑に戻ってきた。
最も浅い層の行き帰りで大分時間を使ったようで、もうすっかり夜になっている。
そんな旧外苑の夜景を目にした瞬間に、俺は高らかにスキル名を大声で放った。
「次元収納! 次元収納、次元収納!」
何度も声に出しつつ、表情に段々と困惑が増すような演技をしておく。
「次元収納! おい、スキルが出ないじゃないか!」
俺が苛立った声を上げると、ダンジョンに入るための待機列にいる探索者たちから失笑が漏れた。
「アイツ。スキルがダンジョンの外じゃ使えないってこと、知らないんだろうな」
「当たり前だろ。情報収集していたのなら、次元収納なんて死にスキル、選ぶはずがない」
「しーっ。本人は至って真面目にやってんだろうから、笑うなって」
くすくすと笑う探索者たちの反応は、俺が想定していた通りだ。
だからこそ、イキリ探索者がやりそうな反応を、俺は返す。
「なに笑ってんだ! 俺は探索者のトップになる人物だぞ! 笑って良いと思ってんのか!?」
「ぷふっ。探索者のトップ、だってよ」
「すげえすげえ、トップさまを、なまでみれたぜ」
「あんなヤツがトップになれるなら、ダンジョン攻略も簡単なのになあ」
他の探索者からの冷ややかな反応に、俺は憤慨した様子を装うと、足早にこの場を後にすることにした。
しめしめ。これで俺のことは、次元収納を選ぶような馬鹿でイキリな探索者として、噂が広がることだろう。
その噂が広がれば、誰も俺のことを仲間にしようと誘う奴は居なくなるはず。
そして馬鹿でイキリな俺が変な行動をとっていても、変なヤツというレッテルのお陰で、誰も気にしないに違いない。
順調にオリジナルチャートを進められていることに、態度は憤慨を装いつつも、俺の内心は喜びに満ちている。
ダンジョンを出た俺は、直ぐ近くにある探索者のために建てられた役所建物に入る。
探索者を支援するための建物なので、夜中に戻ってくる探索者を相手するため、窓口は真夜中まで開いていて建物自体は二十四時間開放されているらしい。
そして俺が今回用があるのは、この役所の端末で確認できる、モンスターのドロップ品の買い取り表とオークション出品物だ。
端末を操作して直ぐに現れたのは、現在買い取り強化中というポップで表示された、ドロップ品たち。
スライムの溶解液や、ゴーレムの鉱石など、工業的に使える物の買い取りが高くなっているらしい。
そのポップを消して調べるのは、オークションに掛けられているもの。
高額順に並べ替えを行うと、高額トップに現れたのは防具の魔具だ。そしてトップテンも、同じく防具の魔具。二十位まで下がって、ようやく武器の魔具が顔をだしてくる。
日本では総手作業で作られた日本刀が手に入れられるので、武器の魔具の需要は、防具に比べて低くなる傾向があるらしいので、これは順当な結果といえる。
このオークションの値付けは日本独自で、諸外国では武器の方が高く取引されている。
そのため、武器をオークションに掛ける場合は、外国への出品にした方がいいなんていう情報もあったりする。
そんなオークション情報は兎も角として、俺は目当てのものが出品されていないかを探す。
だが、俺が目標としている不老長寿の秘薬どころか、若返りや寿命を伸ばす薬すら、出品されていない。
「裏サイトにはあるかもしれないが、その手の場所に入るには、有名な探索者にならなきゃ招待が受けられないって話だしな」
続いて調べるのは、魔石の値段。
魔石は宝石と同じで、大きさによって値段が異なっている。
最前線で魔物を倒して現れたという魔石は、握り拳ほどの大きさがあり、値段は日本円で兆の位がついていた。値段交渉中の札がついていることから、どこかの金持ちが手に入れるんだろうな。
その他の大きめの魔石も、億の値段がついているものばかりだ。
一般人でも手が届きそうな百万円前後の価格帯になると、幅が五センチメートル未満の大きさになる。
あの一本道の脇道の最奥の隠し部屋にあった魔石は、もう少し小さいものだった。似たようなものを探すと、五十万円程度の価格らしい。
ではレッサーゴブリンから出た、米粒の半分ほどの魔石の値段はと確認すると、そんな魔石の出品は存在していなかった。
魔石の最低価格は、隠し部屋にあった魔石より一回り小さな、三十万円のもの。
これより小さな魔石は、売れてしまったのか、それとも入荷自体がないのか。
事実がどうか少し興味があるけど、鉄パイプを存在進化するまで、入手した魔石は使ってしまうと決めているため、要らない情報だよな。
俺は三十万円の魔石を買って、鉄パイプを魔石で強化するか悩む。
だが、これから先しばらくは、貯金と失業手当で生活しないといけない。
だから三十万円という、高額な支払はできないな。
俺は画面表示を最初まで戻してから、端末から離れる。
そして役所の外へと出ようとして、探索者たちの中に俺を示して噂する人を見つけた。
どうやら、俺が馬鹿でイキリな探索者であることを吹聴してくれているらしい。
ありがたいことだと感じながら、俺は家路につくことにしたのだった。