七十四話 探索を終えて
第四層の出入口で、俺は次元収納の中からリアカーを引っ張り出し、その中に死体を五つ置いた。ドロップ品を死体の上や下に入れる気はないので、死体だけだ。
すると出入口に屯していた探索者たちが、ぎょっとした顔で死体を覗き込んできた。
「こいつら、死んだのか」
「このヘルメット野郎が持ってきたってことは、中層域だろ。ヘマうちやがったのかよ」
口々に悼むとも愚痴るとも取れる口調で語る探索者たちに、俺はヘルメット越しに目を向ける。
すると、俺がダンジョンから出ることを邪魔する気はないと示すように、リアカーから退いた。
俺はリアカーを牽き、出入口からダンジョンの外へ。
季節が夏真っ盛りだということもあり、夕方にも関わらず、ジリジリと太陽が俺のヘルメットと革の全身ジャケットを焼く。
その熱気が身体を温めきる前に冷房の入った役所の中に行くべく、俺はリアカーを力強く牽いていく。
ダンジョンへ入るための列に並んでいる探索者たちが、なんの気なしに俺のリアカーの中身を見て、一様にギョッとする。
それもそうだろう。日本鎧を探索者たちが、精気の無い様子で折り重なっているんだ。
この死体の姿が教えるダンジョンの危険さを知れば、誰だって驚くだろう。
事実、死体を見てダンジョンに行く気がなくなった様子で、探索者の何人かが列を外れて何処かに去っていく。
去っていった人の格好を見ると、剣道着をきていたり、洋服に日本刀だけの装備だったりと、探索者の中でもライト層なんだとわかる。
俺はそんな光景を見ながら、リアカーと共に役所の中へ。そして死体を職員に引き渡す。
以前死体を持ってきたときは、ここで揉める展開が起こったが、今回はそんなことは起こらなかった。
引き渡しはすんなりと済み、俺は死体運搬のお礼金を受け取って終了だ。
あとはもう一度ダンジョンに戻って、リアカーを次元収納に仕舞って、今日は探索は終了だ。ドロップ品の換金は、次元収納の容量にはまだ余裕があるから、次にダンジョンに入ったときにまとめて換金すればいいしな。
自宅に帰ってきて、まずやることは、窓を開けて換気をすること。
真夏の暑い時間帯を締め切っていたので、中はサウナかというほどの熱気が籠っているからな。
熱い室温と温い外気とを窓を通して交換しつつ、俺は革の全身ジャケットを脱ぐ。
玄関口で、ジャケットの内に除菌消臭剤を吹き付けてから、染みている汗と共にタオルで拭っていく。その後で首元や袖にある汚れをブラシで払い落とし、裾を中心に全体に付着している埃などもブラシで払い落とす。
そうした後始末を終えてから、窓を閉めて、エアコンの冷房を点ける。
ゴウンと起動音が鳴り、最初は生ぬるい風が起こり、徐々にその風が冷え始める。
俺が借りているアパートは安値とはいえ、トイレとシャワールームがついている物件だ。
俺は汗が滴りそうな肌着とパンツを脱いで、それらを洗濯籠へ投げ入れ、シャワーを浴びる。
冷たい水を浴びたい気分だが、急に体を冷やすのは体調に悪影響なので、ほど温いお湯で全身を洗い清めていく。
シャワーでさっぱりとしたところで、冷蔵庫から冷凍食品を取り出して、既定の時間分だけレンジにかける。
洗濯済みのパンツとシャツを身に着けつつ、冷蔵庫の中のペットボトルのお茶を飲む。
レンジで冷凍食品を温め終える頃には、部屋の中は冷房で涼しくなっていて、身体も程よく冷えて汗が引いている。
レンジから取り出した冷凍食品は、大盛りミートソーススパゲティ。色々な野菜を煮込んで作っていると触れ込みのある、美味しい冷凍食品だ。
しかし、俺はろくに確かめずに冷凍食品を選んだことを後悔していた。
フィルムを剥がしたミートソーススパゲティの容器。その中にあったのは真っ赤に彩られ、ゴロゴロとした挽肉が入った、白い麵。
思わず、切り殺された死体の断面を思い出してしまいそうな、見た目だ。
俺は溜息を吐くと、立ったまま一気にスパゲティを食べて、空容器をゴミ袋へ投げ入れる。
気分が悪くなる前に腹を満たすことに成功したので、布団の上に寝転ぶ。
布団は窓際に敷きっぱなしにしていたため、窓から入ってきていた日の光で温められていて、暖かくてふかふかになっている。
しかし夏場で暖かくてふわふわだと、せっかく引いた汗が戻って来そうになるな。
俺は我慢しながら寝転び続けることを選択し、スマホを充電しつつアニメ視聴に入る。
ダンジョンで死体を見て嫌な気分になったので、ゴア表現が評判になっているアニメを選んだ。
アニメでもグロシーンを見る気なのかと正気を疑う人もいるかもしれないが、アニメ作品のゴア表現は意味を持つ妙味の一つ。
現実世界のような、無意味に出てくる死体とは、毛色が違うものだ。
それに、折角次元収納に猛牛の肉があるのだから、早く肉に対する忌避感を払拭するためにも、この手の荒療治をするのは無駄じゃない。
「うへー。ゴア描写が細かいこと細かいこと」
これはネット上で話題になるはずだと、視聴して納得する。
それにしても、アニメの主人公は精神的にタフだな。滅茶苦茶なゴア表現が展開された後でも、普通に友達と談笑したり食事したりしているなんてな。
そんな主人公の肝の太さが羨ましいと感じつつ、アニメ視聴を続けていった。