七話 予定外の幸運
奥へ奥へと進みながら戦い続け、約百体のモンスターを倒した。
鉄パイプを振るのが億劫になるほどの腕の疲労と引き換えに手に入れたレアドロップは、レッサーゴブリンの爪が一つ、ミドルマウスから出た鉄の毛が二つ。メルトスライムの溶解液は、あれから一つも出ていない。
そして今倒したレッサーゴブリンから、念願の魔石を手に入れることに成功した。
「やっと出た。出たけど、こんな小さいのか……」
次元収納で地面をさらって入手したことが判明した魔石。ルビーのような赤色の石の大きさは、米粒の半分ほどしかなかった。
「これだけ苦労して手に入れて、この大きさか。この魔石を使ったところで、大した意味がないような気がするけど」
俺は肩を落としつつ、魔石を地面に置く。そして魔石に鉄パイプを押し付けて、ぐっと体重をかける。
ぱきりと魔石が割れる音がして、キラリとした光が現れ、その光が鉄パイプに入り込んだ。
「魔石で武器の強化方法はこれでいいはずだけど」
鉄パイプを振ってみるが、以前と違いがあるとは思えなかった。
次に出会ったミドルマウスの戦いで使用してもみたが、やはり違いがあるようには感じられなかった。
「……まあ、あの小ささだ。強化も大した程度じゃなかったんだろうな」
肩を落としつつ先へ進むと、視界の先に壁が現れた。
曲がり角かと見やるが、右にも左にも空間がない。
どうやら行き止まりのようだ。
「大分長いこと歩いて、単なる行き止まりか。これは、誰もこの道に入らないのも頷けるな」
モンスターが弱くて戦いやすくても、次元収納を持ってないとモンスターがドロップするものを拾えないし、行き止まりに宝箱があるわけでもないのなら、普通の探索者にとって旨味が欠片もない。
こんな道を進むよりも、既存チャートに従って、もう少し強いモンスターが出てくる場所で戦った方が、実入りも戦闘経験も手に入りやすいことは間違いない。
「……けど待てよ。本当に行き止まりなのか?」
ゲームだと、こういった行き止まりは、なにもないように見せかけて、なにかしらの仕掛けが隠されているものだ。
休憩を含めて、周囲を調べてみるのはありだろう。
俺は鉄パイプで、行き止まりの周囲の壁を軽く叩いて回ることにした。
そうやって気付いたのは、行き止まり壁と左の壁の角の下側に、なにかしらの空間が開いていることが、音の反響で分かったこと。
恐らくは隠し部屋だ。
試しに鉄パイプで思いっきり叩いてみたけど、その角の部分が壊れることはなかった。
「壊れないってことは、どこかに開けるためのスイッチがあるんだろうな」
壁も地面も叩いて回ったんだ。何処かにスイッチがあったのなら、既に押していているはず。
「となると、残る候補は天井か」
顔を上向かせて、なにかないか探っていく。
慎重に探してみて、ようやく天井にある光る球の照明に隠れるように、周囲と色違いの石があることが見えた。
「スイッチがあると疑って探さないと、発見できないなこれは」
そして天井には背伸びしても手が届かないので、あのスイッチらしき石を押すには、ジャンプした後で棒や槍や刀などで押す必要がある。
「よっ、はっ。これで、どうだ」
ジャンプしながら鉄パイプを突き出すこと数回。ようやく色違いの石を押すことに成功する。
直後、ゴリゴリと石が擦れる音がして、先ほど発見していた隠し部屋が開いた。
屈んで中を確認すると、地面の直上に小型ロッカーほどの広さの小部屋が開いていて、その中に親指大の赤色の魔石が入っていた。
「おお! ラッキー!」
俺は鉄パイプで、掻き出すように魔石を取り出そうとして、唐突に響いた金属音に目を丸くする。
改めて隠し部屋の中を見てみると、魔石が置いてあった場所の地面が少し上がっていて、先ほどまでなかったはずの小さな投げナイフが中に落ちていた。
状況を分析するに、恐らく魔石を動かしたことで罠が発動し、壁の何処からかナイフが射出されたのだろう。
先ほど聞こえた金属音は、鉄パイプと投げナイフが衝突した音に違いない。
「怖!? 唐突にこんな罠がでてくるなんて」
ここまでの道程は、一本道で罠のなく、モンスターも弱くて、楽なものだった。
その楽さも、道の奥が行き止まりで何もないと思わせてガッカリさせたり、隠し部屋を見つけた者には投げナイフの罠でハメるためだと考えると、一気に悪辣なものに思えてくる。
俺はダンジョンの怖さを感じ取りつつも、魔石とナイフを鉄パイプを使って隠し部屋から取り出した。
「魔石で鉄パイプを強化することは確定として、この投げナイフはどうするか」
人差し指ほどの長さと幅の刃のナイフだ。戦闘向きではない。
しかしダンジョンの罠に使われていたもののため、これも魔具の一種といえる。
だから既製品に手を加えただけの鉄パイプで攻撃するより、このナイフで切ったほうがモンスターにダメージを与えられることは間違いない。
「けど鉄パイプを使うことは、オリジナルチャートの必須条件だ。ならナイフは使えないから、次元収納の中に仕舞っておこう。あの隠し部屋が、一日に一回復活するようなら、この投げナイフも何本も手に入れることができるだろうし」
ナイフを投げて使うにしても、ナイフを鋳潰して新たな武器を作る材料にしても、数はあればあるほどいい。
俺はそんな事を考えつつ、鉄パイプで魔石を割る。割れた魔石から輝く光が現れ、それが鉄パイプの中に入り込む。
最も弱いモンスターから取れた米粒より小さな魔石と違い、ちゃんとした大きさの魔石での強化だが、やはり見た目も振った感触も違いがないように思える。
「とりあえず、この場所にしばらく日参してみるか。希望的には一日に一度復活してくれると良いが、最悪でも一週間に一度の頻度なら通いたいな」
なにせ魔石は、モンスターを倒しても落とすことは稀なレアドロップだ。
定期的に復活すると分かったのなら、確実に入手するために通うのは全然ありだ。
「これは嬉しい誤算だ。オリジナルチャートを少し変更しよう」
予定では、今日一日だけ最も浅い層に入り、弱いモンスターを相手に戦い方のコツを掴み、弱いモンスターのドロップ品を確認し、道の奥を調べて終わり。翌日からは、他の探索者と同じように、普通のモンスターと戦うことをにしていた。
しかし隠し部屋の魔石の復活の可能性を考えると、これからしばらくは、この道を通う必要がある。
「できれば、武器が存在進化するまで、魔石で強化したいな」
一日一回復活すると分かったら、日参で。
何日かに一度なら、復活する日だけ通い、他の日は普通のモンスターと戦うようにすれば無駄がない。
オリジナルチャートを修正する必用が出たが、これは嬉しい変更だと、気分が良くなった。
俺は浮いた気分のまま、一本道を引き返すことにしたのだった。