六十八話 戦槌進化
俺は移動した先で出くわした小鬼を、手古摺りながら倒しきった。
ドロップ品は、小鬼の角。
この片手に納まるほど小さい角は、滋養強壮の漢方薬として薬学方面に注目されているうえに、ダンジョン内で小鬼の角の粉を飲むと一時的に筋力が増すともいわれている、レアドロップ品だ。
俺の打撃力を向上させるために使っても良いが――やっぱり、使用せずに売りに出そう。どんな副作用があるか分かったもんじゃないしな。
ともあれ、小鬼を倒して一先ずの平穏が訪れた。
この時間を利用し、俺は探索者一団との取り引きで手に入れた三つ魔石で、戦槌の強化を行うことにした。
次元収納から戦槌を取り出し、そのヘッドで一つ目の魔石を砕いた。
砕かれた魔石から出てきた光が、戦槌にまとわりつき、吸収される。
しかし戦槌に変化は訪れなかった。
「じゃあ、二つ目だ」
俺は魔石を砕き、戦槌に光が吸収される。
光が消え、まだ足りないかと思った次の瞬間、急に戦槌の全体が光だした。
進化の光だ。
「さあ、どんな武器になるんだ?!」
ワクワクする気持ちで待っていると、戦槌の進化が終わった。
光が収まった戦槌を手に持って確認すると、『T』と『Y』を重ねた野球道具のトンボのような形は同じだが、ヘッドの形状が変化していた。
今までは『T』の左右に突き出た棒の部分が、両方とも金槌だった。
しかし変化したいまは、片側の金槌が大きくなり、もう片側は大きさは以前と同じでも形が分厚い筒になっている。
片側の金槌の方でだけで叩く武器になったのは分かるが、もう一方の筒の方には何の意味があるんだろうか。
「待て。どこかで見たような気が……」
かなり遠くの記憶。俺がまだ小学生だった頃に、なんらかのネットミームで見たような気がする。
確か小さな少女が戦槌を持っているのに、なぜか男性の声で、なにかを破壊していたような……。
「いや、いまはネットミームのことじゃなくて、この戦槌のことだ」
俺は改めて戦槌の柄を握ってみた。するとなぜか、どう使う武器かが分かった。
「ハンマーに戦う意識を込める。すると――」
目の前にモンスターがいるつもりで気合を入れると、ハンマー部分と円筒部分が共に赤熱化した。
「――これは、赤く燃えるハンマーってことか?」
ハンマー部は熱気を放っているが、不思議なことに柄の方には熱が伝わってこない。それこそヘッド近くの柄を握っても、ハンマーからの放射熱が熱いだけで、柄はまったくの平温だ。
「攻撃部分に魔法的な変化がある。ならこれは、魔剣ならぬ、魔槌だな」
ダンジョンの中で発見されることもある、不思議な効果がついた武器。探索者垂涎の、普通の武器よりもモンスターに多くのダメージを与えられる武器。
国内国外問わず、売りに出されれば一千万単位が最低で、強力な武器なら一億を越える値段でオークションで落札される、超高級品。
そんな武器が、武器を進化させたら出来てしまった。
「噂でも、そんな話は聞いたことがないんだけどな」
もしこの事例が知られていたら、もっと魔石の価値は高くていいはずだ。
なにせ魔石を何個か与えて武器を進化させたら、もしかしたら一億越えの武器になるかもしれない、魔石を使った武器ガチャだ。
探索者はもとより好事家さえも、魔石を集めて武器を進化させようとするはず。
現実がそうなっていたのなら、魔石は市場に流れる端から買い集められて、魔石が宝石として並ぶなんて現状があり得るはずがない。
ということは、武器が進化して魔剣や魔槌になるとは知られていないに違いない。
どうして知られていないのか。
そのことについて、俺は一つだけ理由に思い至っていた。
「この魔槌の前身である戦槌は、モンスタードロップ品の武器だ。もしかして魔剣や魔槌に変化する武器は、モンスタードロップ品の武器だけなんじゃないだろうか」
そう考えると、色々と辻褄が合う。
自作の鉄パイプは、二回進化したけど、どちらも効果のないメイスのまま。
噂に聞く魔石で進化を果たした日本刀も、攻撃力は高まったとは聞くが、効果が付いたとは言われていない。
これはどちらも、人間の手によって作られた武器であり、モンスタードロップ品ではない。
ではドロップ品の武器を使っている人は、現在いるのだろうか。
今は世界中どこでも、手作りした武器ならダンジョン内で通じることが周知されている。
その情報を元に、手作りの武器を事前に用意してから、誰もがダンジョンに入っていく。
そういう現状を考えると、用意して使っていた武器から、モンスタードロップ品の武器に乗り換えて使う人は稀だろう。
さらに、そのモンスタードロップ品の武器を、一個数十万で売却できる魔石を何個も消費して進化させようとする人となると、もはや酔狂の域に達するほどの稀さだ。
俺だって戦槌を使っていたのは、鉄パイプから進化したメイスの使用をカモフラージュするために使っていただけ。魔石で進化させようと思ったのだって、メイスが鉄パイプから数えて二段階進化したから、三段階目の進化の前に戦槌を一つ進化させても良いかなという気まぐれからだ。
あと、もしかしたら宝箱から出てくる武器も、進化させたら同じように効果付きの武器になるかもしれない。しかしこの場合も、魔石を使ってまで進化させようとする人はいるだろうか。愛着がある武器になっていなかったら、攻撃力が足りなくなれば売り払ってしまうんじゃないだろうか。
つまり結論としては、ダンジョン産の武器を進化させる人など滅多にいないため、情報が出回らなくても不思議じゃないということだ。
「ダンジョン外でのスキル使用法に、効果付きの武器への進化方法。漏らせない秘密が増えること増えること」
どれも既存チャートに従っていては気付けない事象ではあるが、俺が不老長寿の秘薬を入手するためには直接的な影響のない情報ばかり。
しかし迂闊に他の人に漏らしてしまえば、面倒くさい状況に巻き込まれることが目に見えている。
俺は嫌な秘密が増えたことに肩をすくめつつ、戦槌の進化に使わずに余った魔石を取り出すと、これをメイスで砕いた。砕けた魔石から出た光がメイスに吸い込まれ、そして進化はしなかったのだった。




