五十六話 第四階層のモンスターたち
俺はスマホでマップを見ながら、第四階層を進んでいく。
多くの探索者が、第四階層でモンスターを倒して稼いでいるということもあってか、ほぼマップは埋まっていた。浅層域中層域は少し未探索の通路があるが、深層域となると全ての通路が解明されていた。
第四層で稼ごうとする探索者は深層域を活動の中心に据えているから、解明度合いが他の場所より高いんだろうな。
そんな事を考えつつ、俺は浅層域の通路を進む。
とりあえず今日の目的は、この区域にでるモンスターと一対一で戦い慣れること。
再び出くわしたマミーを、今度はメイスを使って戦闘を行う。
戦槌では都合五回叩いて倒したが、メイスなら二度で倒しきれた。
「でも、このメイスですら二度攻撃しないと倒せないのか」
明らかにモンスターの防御力が高まっている。
これがマミーだけの特徴なのか、俺が睨んでいる通り第四階層のモンスター全てに当てはまるのか。
どちらが正解かを教えてくれるかのように、新たなモンスターと会敵した。
それは百貨店などにおいてあるような、等身大の白い着せ替え人形――マネキンだった。関節が球体関節だったり、中世欧州風の男性用衣服を着ていることからも、マネキンにしか見えない。
だからモンスター名も、マネキンとつけられている。
「服を着たモンスターか」
俺が言葉を呟くと、その声に引き寄せられたように、マネキンが近づいてくる。
俺は先手必勝とばかりに、メイスでマネキンを殴りつけた。
頭を狙っての攻撃は、マネキンが掲げた腕によって阻まれる。
長袖で覆われた腕を殴った感触は、先ほどマミーを殴ったときと同じ抵抗が伝わってきた。
やはりマネキンの服も、ダンジョンの不思議な物理法則によって、立派な防具として扱われるようだ。
俺は舌打ちしながら、メイスを引き戻して距離を取る。
その直後、マネキンが鋭い回し蹴りを放ってきた。
俺は距離を離していたから当たらなかったが、マネキンのズボンと木靴を履いた足での蹴りだ。ダンジョンの物理法則に従うのなら、あの蹴りは鈍器並みの威力を持つ武器となる。
よくよく見てみれば、手には指抜きの軍手を嵌めている。ということは、マネキンの拳も武器になる。
「差し詰め、格闘マネキンってわけか」
なかなかに手強そうだが、相手が徒手空拳で戦うと分かれば、メイスのリーチを活かして戦えばいい。
俺はメイスの柄の端を持つと、マネキンを近づけさせないように振るいつつ、攻撃を当てていく。
三度メイスを直撃させたところで、マネキンが胴体から割れ、薄黒い煙と化して消えた。マネキンが消えた場所には、中世風の古着が落ちていた。戦ったマネキンが男性用の衣服だったのに、落ちた古着はディアンドルに似た形の女性用の服だった。
「マネキンのドロップ品は、倒したマネキンの服装によらない、色々な古着をランダムってことだろうな」
古着を広げて確認すると、色味が抜けて古っぽく見えるが、染色し直せば生まれ変わる魅力を保持している。
コスプレ衣装や古着リメイクなどの方向で、需要があるに違いない。
俺は古着を次元収納に突っ込むと、更に通路を先に進む。
次に出くわしたのは、また新しいモンスター。
パッと見の印象はワニ。しかし体型はワニっぽくても、その顔がワニほどには大きくないのを見れば、大型のトカゲだと分かる。
そんな見た目から、単純に『大蜥蜴』と名付けられた、モンスターだ。
「でも普通と違ってモンスターなのは、身体に魚のような一枚ずつ剥がれる鱗がついていることからも明らかなんだよな」
現実のオオトカゲの鱗は肌と一体化していて、脱皮以外で剥がれることはない。
それに比べてモンスターの大蜥蜴の鱗は、魚の鱗のように浮いていて、ダンジョンの天井にある光源を照り返している。
今までのモンスターが防御力が上がっていたことを考えるには、あの鱗が防具の役割を果たしているんだろうな。
試しにとメイスで一撃を入れてみると、例の不思議な感触の後に更に硬質な手応えがして、打撃を受けた大蜥蜴の肌から鱗がパラパラと落ちた。
「その鱗は、攻撃を強力に吸収する、使い捨ての防具ってわけか!」
戦車の装甲に似たようなものがあったと記憶しているが、その記憶を思い出しきる前に大蜥蜴への対処が必要になった。
なにせ大蜥蜴は、ワニのように四つん這いだ。口を開けて噛みつくだけで、人間の足元への攻撃になる。
俺は足を引いて大蜥蜴に噛まれないように逃げつつ、メイスで大蜥蜴に打撃を与えていく。鱗の防御力が高いとはいえ、一度で使い捨てにする防具だ。同じ場所を重点的に狙い続ければ、いずれは大蜥蜴の素の肌にメイスを叩き込むことが出来る。
なかなかに苦戦したが、最終的には鱗を剥がしきった頭にメイスを叩き込むことで、勝つことができた。
倒した大蜥蜴からは、指先ほどの大きさの鱗が十枚つづりで落ちた。
砂漠迷彩柄なので装飾品として人気がありそうにはないけど、この鱗に穴を空けて鎧にくっ付ければ、文字通りのスケイルアーマーが作れそうだ。
「それにしても、いままで一人で戦い続けて経験を積んできたから戦えはしているけれど、やっぱり手数がネックになるな」
第四階層のモンスターは、防御力が高い。そのため、何度も武器を当てる必要がある。
俺は一人だけだから何度も殴る必要があるが、これが複数人のパーティーなら一人が一回武器を振るだけで済む計算になる。
その攻撃回数の差の分だけ、俺の方が疲労を蓄積することに繋がる。
「まあ、疲れたらリフレッシュかければ良いだけだけどな」
俺はモンスターとの戦闘の疲れを癒すべく、周囲に人影がないことを確認してから、治癒方術のリフレッシュをかけた。
そうして心身に感じていいた疲労感を取り払うと、モンスターを探すため通路歩きを再開した。