五十三話 第三階層深層域
新しい革の防具――防具ジャケットを入手した翌日、東京ダンジョンにやってきた。
朝早くに待機列に並んでいるんだけれど、この防具ジャケットを着てきたことを後悔しつつあった。
「暑い……」
そう、今の季節は夏の入り際。
朝早くから容赦なく照り付ける太陽と、地球温暖化の影響で、待機列は灼熱会場と化しつつある。
それに、朝早くなのに待機列がもの凄く長いため、ダンジョンに入るまで時間がかかっているのも、暑さを助長させている。
この列の長さは、俺だけじゃなく他の探索者も、夏の暑さの真っ盛りである昼に並びたくないから、朝に詰め寄せていることが理由だ。
俺はジャケットの前ファスナーを開けて服内を換気しつつ、どうにか暑さに耐える。
そうやって待つことしばし、ようやく東京ダンジョンに入ることができた。
そして入った瞬間に、爽快感を覚える。
「うわっ。涼しい……」
ダンジョン内は、二十度にやや足りないぐらいの気温で、常に一定に保たれている。
つまりダンジョン内は、冷房がガンガンに効いた室内ぐらいに、涼しいわけだ。
思わず涼しさから溜息が漏れ出るが、それは俺だけじゃなく他の探索者たちも同じだ。
しかし涼しさを堪能しているべき場所ではないので、すぐに探索の準備に入らないとな。
「次元収納」
俺は次元収納のスキルで白い渦を出現させると、背負っていたリュックを渦の中に押し込み、そして渦から戦槌を取り出す。
「さて行くか」
俺はジャケットのファスナーを閉じ、額の鉢金バンダナを締め直し、ダンジョンの通路を進み始めた。
ダンジョンの中を最短経路で進み、第三階層の中層域へ。
戦い慣れたこの場所で、まずは新たな防具の具合を確かめていく。
しかし確かめるといっても、ワザと攻撃を食らうわけにはいかない。そのため、主目的は動きのチェックだ。
「よしっ。結構激しく動いたのに、全然違和感がない」
違和感どころか、以前に着ていた防具ツナギよりも着心地が良いほどだ。
流石はプロの仕事と感心したところで、さてどうするかと考える。
こうして防具が出来たからには、この中層域に留まる理由は、もうない。
岩珍工房へ送る革も、道中倒したモンスターから取れた分を送ったり、岩珍工房から要望があってから集めるので構わないだろうしな。
「よし、深層域へ行こう」
俺は一度休憩部屋に戻って休息を取ってから、さらに道を引き返して、役所が公開している最短ルートを通って第三階層の深層域へと足を踏み入れた。
そうして初めて出くわした深層域のモンスターは、剣を持ったゴブリン一匹だった。
「たしか、ゴブリンソードマンだっけ?」
つけられた名前の通り、片手剣を両手で扱って戦うゴブリンだ。
ゴブリンが剣を使ったぐらいでと、侮ってはいけない。
その剣が良く斬れるものであるのに加え、身長が低いゴブリンソードマンの攻撃は人間の胴体から下をよく狙ってくるという。
この下半身中心の攻撃が、なかなかに防ぎにくいらしい。
単純に考えても、ゴブリン側は普通に攻撃するのに、探索者側は常に下段の構えで対応しないと下半身への攻撃は防げないのだから、戦いにくいに違いない。
そして二足歩行の生き物は、脚部を負傷すると機動力が各段に落ち、戦いが一気に不利になる。
仮に大腿動脈まで傷が達しでもしたら、大出血が起きて、適切な処置をしなければ失血死してしまう。
つまるところ、ゴブリンソードマンは侮れない危険なモンスターなわけだ。
「それでもだ!」
俺は戦槌を振り上げながら、全力疾走でゴブリンソードマンへ近づいていく。そしてこちらの攻撃が当たる間合いに入った瞬間に、戦槌を振り下ろした。
ゴブリンソードマンは剣で防ごうとしたが、威力が乗った攻撃を防ぎきることが出来ず、戦槌のヘッドが阻む剣を押し込んでゴブリンの頭にめり込んだ。
この一撃が致命傷となり、ゴブリンソードマンは薄黒い煙と化し、羽根飾りを落とした。
「やっぱり、質量攻撃は正義だな」
ゴブリンソードマンがいくら危険な相手でも、所詮はゴブリンの肉体でしかない。こうした力押しには弱いのだ。
俺はゴブリンの羽根飾りを次元収納に入れ、さらに通路を進む。
次に出くわしたモンスターは、シングルベッド大の黒蟻――ビッグアントだ。
その鋏状の大口は強力で、挟まれれば骨折は確実で、運が悪いと四肢の切断まで至るという。
虫特有の外骨格も硬いため、その丸い形状も合わさって、日本刀の刃を弾くことも多い。
とはいえ、ビッグアントの外骨格が高い防御力を発揮するのは、刃物の場合だ。
「うおりゃああああ!」
俺が戦槌を思いっきり振り下ろすと、ビッグアントの頭が大きくへこんだ。それでビッグアントの動きが止まり、もう一撃加えると、今度は薄黒い煙と化した。後にはビッグアントの外骨格の艶と質感のある、片手盾ぐらいの大きさの硬殻が現れていた。
拾った硬殻は、持ってみると発泡スチロールのように軽いが、手で叩いてみるとコンコンと硬い音がした。
軽さと硬さが両立するしているので、筋力が低い人のための防具に使えそうだ。
それこそ硬殻を小割にしたら、小札を編んで作るタイプの日本鎧は作れるだろうし。
俺が簡単に考え付くんだから、俺が知らないだけで、案外ビッグアントの硬殻を使った日本鎧が売られているかもしれないな。硬殻は鉄みたいに錆びないだろうから、防具の素材としては使い易いだろうしな。
俺はビッグアントの硬殻を次元収納に入れ、通路の先へ。
ゴブリンソードマンを連続で二回戦ったのを挟んで、新たなモンスターと会敵。
腐った体と、その両手に一本ずつ持った大型の肉切り包丁――ゾンビブッチャーだ。
このゾンビブッチャーも、なかなかに強敵という前評判である。
あの腐った体は痛みを感じないようで、肉を切らせて骨を断つ相打ち戦法を使ってくる。そのため、探索者が攻撃で一撃死させなければ、確実に肉切り包丁での攻撃を受けてしまうことになるという。そして相打ち攻撃を運悪く防具の薄い場所に受けてしまえば、大怪我だ。
そんな危険な攻撃をしてくるが、といっても所詮はゾンビだ。
確実に頭を割れば、それで即殺できる相手でしかない。
それに俺には、フォースヒールという、アンデッド系のモンスターに特攻の治癒方術スキルもあるしな。
「というわけで、フォースヒール」
ちゃんと効くか確かめる意味も込めて、ゾンビブッチャーにフォースヒールを当ててみた。
するとゾンビブッチャーはバタリと倒れ、薄黒い煙と化し、薄いフィルムに包まれた五キログラムほどの肉を落とした。
俺はその肉の塊を手にして、調べていた前情報に思わず顔を顰めてしまう。
「ドライエイジングされた美味しい肉って話だけど、色々と検査しても何の肉かが分からない謎肉って話なんだよな、コレ」
この程よく乾いた見た目のサシのある塊肉は、食通に人気の高い美味しさらしい。
だが俺は、この肉を食いたいとは思えなかった。なにせゾンビブッチャーから出てきた肉だ。人肉だったとしても不思議じゃない。
俺は気色悪い肉を次元収納に入れ、更に通路を先に進んだ。