五十一話 武器の進化
防具は特級で作ってくれるらしいが、完成は一か月後になるという。
そして完成した防具は宅配便で自宅に届けてくれるということなので、俺は東京に帰ることにした。岩珍工房を去る際には、今後の装備更新でも岩珍工房にお世話になる予定なので、ダンジョンで手に入るドロップ品の革を優先的に渡すことを約束した。
借りていたレンタカーを返し、電車で奈良駅から京都、新幹線で京都から東京駅へ。
リュックの中にはツナギと、ボロボロにはなっているが防具ツナギも入っている。東京ダンジョンに行くこともできるが――到着したのが夕方だし、いまから行くという気分でもないな。
俺は自宅に帰り、スーパーで弁当と飲み物を買って帰宅。ささっと夕食を済ませると、製作を頼んだ防具が届く一ヶ月後まで防具を持たせるために、防具ツナギに当て布で修理するために電動ミシンを引っ張りだした。
奈良から買ってきた翌日から、当て布修理した防具ツナギを着て、東京ダンジョンへ。
第三階層の中層域のモンスターが三匹一度に現れる場所で、活動する。
岩珍工房に革を卸すために無茶したお陰で、この場所でも過不足なく戦えるようになったから、稼ぎ場所としてはちょうど良い。特にスケルトンランサー三匹編成は、フォースヒール連発で楽に倒せて、運が良ければ高額で売れる骨槍がドロップする、美味しい敵だし。
メイスと戦槌を柔軟に持ち替えながら、次から次へとモンスターを倒していく。
今日は運が悪いらしく、レアドロップが出る確率が高い三匹編成をかなりの数倒しても、通常ドロップばっかりだ。
防具製作代金は割り引いて貰えたから金に困っているわけでもないし、岩珍工房に送るレッサーオークの革は手に入るから、通常ドロップばっかりでもいいんだけど、やっぱり少しぐらいレアドロップも欲しい。
そんなことを思いつつ戦闘を続けていると、レア中のレアがきた。ワイルドドックから魔石が落ちたのだ。
「そういえば、岩珍工房に革を卸すために戦ってきた中で、魔石って落ちたっけ?」
次元収納の中を確認してみたが、やっぱり魔石は入ってない。
ということは、ここ一か月の間に出た魔石は、これが一つ目ということになる。
「あのときは、レアドロップのワイルドドックの毛革が欲しいと強く思っていたけど……」
だからと言って魔石が出て欲しくないわけではない。
ままならない気持ちを抱え、俺はメイスで魔石を砕く。砕かれた魔石から立ち上った光が、メイスに吸収されて、それで終わりだ。
「武器の進化はまだ先かな?」
一階層の最も浅い層にあった隠し部屋。あそこから取った魔石を、いくつ砕いて鉄パイプからメイスに進化させたかを考えると、まだまだ先でも不思議ではない。
メイスを進化させるためにも、モンスターを倒し続けよう。
そう考えて、さらに戦闘を続けていって、レッサーオーク二匹とワイルドドック一匹の組み合わせを倒しきったときだった。
なぜか急にメイスが光を放ち始めたのだ。
「これは、進化するってことか?!」
魔石を使わなくても進化するのかと驚きながら見ていると、メイスの変化が止まった。
改めて観察すると、以前のとはヘッドの形状が変化していた。
前は柄の先に『凸』がくっ付いた形状だった。
しかし今は、円形の台座の上に、レンガぐらいの厚みと俺の顔程はある大きな十字架が乗った形状になっていた。
試しに振るってみると、なかなかの重量があり、以前のメイスよりも打撃が強力そうな手応えがある。
「より凶悪になったな――てか、魔物を倒しただけでも、武器が進化するのか」
なら高く売れる魔石を消費する必要はなかったんじゃないか。
そう俺は考えて気落ちしかけ、いやそうじゃないと思い直す。
「いや。魔石を使った強化の方が、進化に達するまでの効率がいいんじゃないか?」
とてもゲーム脳な考え方だと思うが、武器に進化ゲージがあったとして、モンスターを倒すと一だけ、魔石を使うと百以上も増加するのではないだろうか。
いまメイスが魔物を倒した際に進化したのだって、先ほど使った魔石で進化ゲージがギリギリ足りない状況だっただけだと考えれば、辻褄は合う。
「実際、武器の進化条件って、本当はあまりよく分かってないしな」
武器の進化については、ある探索者パーティーが持ち物が一杯の状況で魔石がドロップして、他の探索者に拾われないようにと武器で砕いたときに起きたという事例が報告されて明るみになった。そして後追い検証で魔石を武器で砕いてみたら武器が進化したので、武器を進化させるには魔石が必要だという認識だ。
しかし噂では、魔石を幾ら砕いても進化しなかった武器もある、なんて話もあったりする。
「本体から弾まで自作した銃を使うガンマンの噂は聞いたことあるけど、その手作り銃が進化して魔具の銃になったとは聞かないな」
俺の鉄パイプが魔具のメイスに進化したように、誰かが銃で魔石を砕いて魔具の銃に進化させたという話があってもいいはず。なのに、その手の話は聞かない。それこそ銃大国のアメリカなら、武器の進化で魔具の銃が作れたと大々的に喧伝しそうなものなのにだ。
武器の進化にも謎があるな。
まあ、ダンジョンが現れてから二年しか時が流れていないんだ。
人類がダンジョンについて知っていることなんて、微々たるものなのかもしれない。
「攻略中に判明した新事実を反映して新たなキャラクタービルドが作られる、ってのは攻略ゲームの定番だけど」
現実の人間である俺を含む探索者は、経験値のリセットや初期スキルの取り直しなんてできない。
だからダンジョンの仕組みについて新発見があったとしても、直ぐに対応することなんでできやしない。
そう考えると、巷で常識として流れている既存チャートを、疑問もなしに受け入れることなんてできない。
だから俺は、将来の新発見で常識が覆ったとき、自分の判断は間違っていなかったと納得するために、オリジナルチャートを開発したって側面もあるし。
「最前線の攻略が、すでに行き詰っているって噂があることを考えると、あの既存チャートの寿命はずいぶんと短いかもしれないし」
ともあれ、メイスは進化した。
その使い心地を確かめるためにモンスターと戦闘してみたのだけど、思いっきり打ち掛かったとはいえ打撃に強いレッサーオークの腕を一撃で折ることができてしまった。
より凶悪な攻撃力となったメイスに頼もしさを感じつつ、俺はモンスターとの戦闘に明け暮れたのだった。