五十話 岩珍工房
京都駅近くのビジネスホテルに一泊し、朝にツナギ姿からTシャツジーンズ姿に着替え、奈良に向かって移動を再開。
電車を使って奈良駅で降り、駅近くのレンタカー屋で荷物を多く載せられるワゴン車を借りた。
そのワゴン車で奈良ダンジョンへ行き、ダンジョンの中で次元収納スキルを使い、リアカーを出してダンジョンの外に戻る。
ワゴン車の中にリアカーに積んでいた段ボールを移し、再び奈良ダンジョンに入り、リアカーを次元収納の中へ。
そんな作業をひと段落つけたところで、奈良ダンジョンに入っている探索者に特色があることに気付く。
大半は東京ダンジョンと同じく鎧兜姿なのだけど、法衣に頭巾で薙刀を持っている人がいた。
よくよく確認すると法衣はオーバーサイズで、その内側に鎧を着こんでいる。頭巾も防具のようで、頭周りの布が内の鉄兜に固定されているようだ。
そんな歴史で習った僧兵っぽい見た目の人を見て、俺はある情報を想起した。
「あー。なんかダンジョンが現れた初期に、ニュースで見たことがあった」
とある仏教宗派が『ダンジョンは現代に現れた地獄であり、それを調伏せしめることこそが仏心に従うことになる』と表明。その宗派の門徒をダンジョンに送り出した。
その宗派の門徒が、きっとあの僧兵系探索者なんだろう。
奈良ダンジョンは寺の中に現れたダンジョンで、宗派は違えど同じ仏門の徒だからと、大々的に僧兵を受け入れていてもおかしくない。
仏教の門徒が武力を持つことに難色を示す人もいるらしいけど――東京ダンジョンを活動場所にしている俺には、関係のない人達だな。
俺は僧兵に興味を失い、奈良ダンジョンの外へ出て、レンタカーのワゴン車に乗り込む。
久しぶりの運転であり初めて乗る車なので、慎重を心がけて運転しながら、岩珍工房へと向かった。
小一時間ほどのドライブの後、無事故で岩珍工房に到着した。
開業時間は過ぎているので、俺はワゴン車から下り、岩珍工房の受付へと向かった。
「すみません! 連絡してあった、小田原旭ですが!」
少し声を大きくしながら呼びかけると、パタパタと足音がして、十代半ばの少女が受付に現れた。
黒髪ボブヘアでスレンダー体型なその少女は、パッと顔を明るくすると、俺に親しげに話しかけてきた。
「welcome! 小田原さん! お待ちしておりましたよ!」
手放しに歓迎する態度に、俺は思わず引き気味になってしまう。
「えーっと、こんにちは。あのー、レッサーオークの革の余剰と、俺の防具の分を持ってきたんですが」
「はい、そうでした! じゃあ、人手を呼びますね。おとうちゃーん! 小田原さんきたよー! 従業員、何人か貸してー!」
少女が声を張り上げると、工房の奥から「おーう」と返事があり、数秒して三人の男性がやってきた。
少女は従業員らしき三人に、俺から革を受け取るようにと告げて、工房の中に戻っていってしまう。
俺は三人の男に一礼してから、駐車場に止めたワゴン車に積んだ、レッサーオークの革が入った方の段ボール箱を渡す。
五箱あるそれらを、従業員三人は、二箱、二箱、一箱に分けて持ち、工房に戻っていった。
俺は自分用の革が入った段ボール箱を持ち、工房へと戻る。
すると受付に、先ほどの少女と少し年嵩のある男性が待っていた。
「小田原さん。これが、うちのお父ちゃんで、工房の主の――」
「岩見珍斎です。電話口での勝手なお願いを聞き入れて下さり、大変ありがたく思っております。今回も、大量のレッサーオークの革を搬入下さり、感謝の念に絶えません」
男性は、革の手袋とエプロン姿で、剃り上げた頭を下げてくる。
俺は礼を受け取ると、早速防具づくりの話を詰めようと持ち掛けた。
「それで、これが俺用の防具を作ってもらうための、レッサーオークの革とワイルドドックの毛革です」
段ボール箱を手渡すと、岩見珍斎は開けて中を見て、顔をほころばせる。
「これだけあれば、どの防具でも十二分に作れます。多少余るかもしれませんが、その場合は?」
「余った分は買い取ってください。いざとなれば、自分で集められますので」
「では、そのように。それで、どんな防具が良いのでしょう?」
その質問に、リュックに押し込んでいたボロボロの防具ツナギを出して見せた。
「これは自作した防具なんですけど、こんな風に、鎧というよりかは服みたいな感じにしたいんです」
「ほうほう。なるほど」
岩見珍斎は防具ツナギを見ると、受付の戸棚を漁って、一冊のカタログを取り出した。
そのカタログの中には、今まで彼が作ってきた作品の写真が載っていた。
そしてカタログの写真のうち、一つを指す。
「こういう感じの、全身を覆うライダースーツな感じで、構いませんか?」
真っ黒で身体の線が出るタイプのライダースーツの写真に、俺は少し考えてしまう。
「モンスターの攻撃を受けることも考えると、腕や脚や胴体に背中とかに厚みが欲しいんですが」
「なるほど。確かに、そちらの防具も、胴体に装甲板をつけていますね」
岩見珍斎は腕組みして考え込むと、やおらコピー紙と鉛筆を受付の戸棚から取り出し、ささっとイメージ図と注釈を書き込んだ。
それは全身を覆うボディースーツに、硬革処理した革を要所に貼り付けたもの。素人仕事では不可能な、関節部への追加装甲も書き込まれている。
ボディースーツはレッサーオークの革で製作し、硬革処理する部分にはワイルドドックの毛革を用いるようだ。
「ワイルドドックの毛革は、毛を抜いてから堅くするんですか?」
「いえ、毛ごと溶液で固めてしまうんです。すると、革だけよりも防御力が高くなります」
なるほどと頷きつつ、デザイン画を注視する。
「それにしても。なんというか、ニチアサ特撮っぽい見た目ですね」
黒革の全身ボディースーツに、前腕、肘、肩、胴体部、背中、膝、脛に茶色の堅革を貼り付けたデザインは、特撮の戦闘服といった感じが強い。これで特徴的なベルトとヘッドマスクがあったら、完璧にソレになるだろうな。
俺のそんな評価に、岩見珍斎は少し不満そうな顔になる。
「このデザインは、お嫌でしょうか? 海外のお客様には、大変に人気なんですが?」
「俺はサブカル作品好きなので、このデザインは大歓迎ですよ。ただ、俺は正義の味方じゃないので、着ることに気後れするんですよ」
「なるほど、なるほど。ヒーローの姿を真似ることは恐れ多いというわけですね。特撮作品好きとして、気持ちがわかります」
お互いに特撮好きだと分かると、俺と岩見珍斎は好きな作品とシーンについて語って盛り上がる。
十分ほど話したところで、受付の少女が咳払いしてから睨んできた。その目は、俺に対しては防具作りの注文をしろと、岩見珍斎に対しては仕事をしろと、詰っているように見えた。
「こほん。それで、このデザインで仕上げていいかな?」
「気後れはするけど、お願いします」
「じゃあ、寸法を測るぞ。ピッタリでいいか?」
「探索者になってから筋肉がついてきたので、余裕がある感じにして欲しいですね」
岩見珍斎は巻尺で俺の身体を測り、デザイン画の横に数値を書き込んでいく。そして一通りの計測を終えると、満足げな顔をした後で、気後れしたような表情に変わる。
「不躾なお願いなのですが、防具スーツだけじゃなく、ブーツも作ってはくれませんか?」
変な提案に、俺は首を傾げる。
すると岩見珍斎は、恥を語るような口調で事情を話し始めた。
「革が足りてないのは、この工房だけじゃなんですよ。長年懇意にしている革靴の工房がありましてね。そちらが、私どもが大量にモンスタードロップ品の革を入手したと知って、革の在庫を回して欲しいと言われまして」
「革を融通する理由付けに、靴の注文をして欲しいわけですか?」
「もちろん、その靴工房の物がかなりの良品ですから、おススメしているという理由もあります」
その靴工房にいい顔をするために頼んでいるのかと疑ったが、それは違うようだと岩見珍斎の申し訳なさそうな態度で察する。
たぶん岩見珍斎は、靴工房からの提案を受け入れるにせよ断るにせよ、革を納品してくれた恩人である俺に筋を通したいんだろう。
なにせ、いい顔をしたいだけなら、俺に黙って革を渡してしまえばいいんだし。
それにも関わらず話を持ってきているのは、義理を通すことに加えて、俺に靴の製作を打診しても良いと思えるほどに靴工房の作品が良いのも理由なんだろう。
つまり、俺は良い靴を得られて良し、靴工房には革が渡って良しの、win-winな関係にしようというわけだ。
「構いませんよ。その靴工房とやらに、出向けばいいんですか?」
「そこまでのお手間は取らせません。足の測り方は、教えて貰ってますので」
靴と靴下を脱いだ俺の足を、岩見珍斎は色々と巻尺で測っていく。それで得られた計測値を紙に書きつけると、岩見珍斎は従業員を一人呼びつけ、その紙と俺が納品したレッサーオークの革が入った段ボール箱を一つ持たせ、工房の外の何処かに向かわせた。
すぐに駐車場の砂利を蹴立てる車の音がしてきたので、件の靴工房へ配達に行かせたんだろう。
「これで注文が済んだようですし、代金の方はどのぐらいで?」
俺が問いかけると、岩見珍斎は電卓を打ってから見せてきた。
「これが防具スーツと靴を合算した代金です」
予想していたとはいえ、札帯三つを越える、新車が買える値段に目を丸くする。
そんな俺の反応を見てから、岩見珍斎は電卓を引き戻して再びボタンを打つ。
「ここから納品してくださった革の末端価格分を引き、不躾なお願いを何度も叶えてくださったお礼分を値引きを致しまして、最終的にこのお値段となります」
提示された金額は、元の三分の一以下。札帯一つ分を若干下回る値段になっていた。
「これは、値引きし過ぎでは?」
「いえいえ、正しい値付けです。ちゃんと技術料は入ってますので」
本当にと疑いながら、俺は岩見珍斎の娘の少女に目を向ける。
少女は電卓に現れている金額を覗き込み、呆れた顔になった。
その仕方がないといった顔つきと、怒り出さなかった事実を鑑みると、ギリギリ許容範囲の値引きなんだろうと推察できた。
工房の主とその娘が納得した値段ならと、俺はその値段で注文することにした。
最初提示された金額は、銀行口座に払えるだけの預金はあったものの、会社員時代に作ったクレジットカードの限度額を越えていた。だから値引きしてくれたお陰で、銀行に駆け込んで窓口で大金を引き出すような真似をせずに済んで助かった、なんて思いながら。