四十八話 防具製作を依頼
第三階層中層域を時間をかけて巡り、マップを埋めていった。
そうして数日がかりの探索を行った結果、発見できた宝箱は一つだけだった。
「うーん。渋い」
宝箱の中身も、ポーションが三つに、銀貨が十枚と、苦労した割には微妙なもの。
正直、怪我をしながら探索し回ったてきたから、骨折り損のくたびれ儲けの感じが否めない。
でもまあ、これで心起きなく、第三階層の深層域へと足を踏み入れる決心をつけることができる。
「でも、その前にだ」
俺は一度休憩部屋に引き返してから、改めて今の自分の格好を見る。
自作した防具ツナギは、ワイルドドックの噛み痕で穴が開き、レッサーオークの打撃によって装甲板が割れている。スケルトンランサーと曲がり角で出くわしがてらに一撃食らって、脇腹の部分が大きく裂けてもいる。
防具ツナギの内側に、普通のツナギを着ているので、ボロボロな部分から素肌が見えたりはしない。
しかし見た目が悪いことは否めない。
「一応、レッサーオークの革とワイルドドックの毛革を、防具ツナギを数着作れるぐらいに残してあるけど……」
素人作りの防具では、これから先の戦いには不安がある。
「自作チャートでは、モンスタードロップ品での防具作りをプロに依頼するのは、もう少し先の予定だったけど」
ダンジョンで運用する武器防具は、手作業で製作してあればあるほど効果が高くなる。
つまりプロに防具の製作をお願いするということは、かなりの大金を払う必要がある。
特に日本の場合だと、モンスタードロップ品の革で防具を作れるプロの職人は、もの凄く限られた人数しかいない。
なにせ、伝統技術として日本鎧を製作する職人が残っていたため、ダンジョンが現れた当初から手作りの日本鎧が手頃な価格で手に入ってしまう土壌があった。
その土壌が残っていた弊害で、モンスタードロップ品の革で防具を作る職人が、ダンジョンが出来てから二年の間に満足に育たなかった。
そのため日本では、モンスタードロップ品で防具を作るより、金属を使った総手製の鎧の方が安く手に入るという、海外の状況とは真逆の現象が起こっている。
だから俺は、ダンジョンに入った当初に金がなかったこともあって、防具ツナギを自作したわけだ。
「でも今は、素材も金もあるし」
単独でダンジョンに入ってきたこともあり、銀行口座にある預金は数百万円になっている。
これだけの予算と、モンスタードロップ品の素材を持ち込みなら、どんな防具での作れるはずだ。
そう頭では分かっているが、数百万円を防具にポンと支払うのは、貧乏性から抵抗がある。
「でも、必要だしなぁ……」
大出費を決断する精神的負担から、腸がギリギリと捻じれるような感触がする。
錯覚と分かっているが、身体が大金を失うことを恐れているようにしか感じられない。
しかし、これは不老長寿の秘薬を手にするのに必要な出費だと、断腸の思いで決断した。
宝箱を確認してから返ってきたので、東京ダンジョンを出るとまだ昼過ぎだった。
役所で換金を行い、ドロップ品が少なかったので、十万円ほどの収入を得た。
その十万円も銀行口座に預け、預金額を確かめる。
これだけあれば、防具の作成を依頼することが出来ると確信し、スマホを取り出した。
検索するのは、日本の中でモンスタードロップ品で防具を作る、革職人工房――岩珍皮革加工工房。
あまり日本では有名な工房ではないが、海外の探索者から注文が殺到している有名な場所らしい。
なんでも『日本製らしい丁寧な作りで安心感がある』という評価で、革の防具が爆売れしているようだ。
俺がこの岩珍工房を目を付けたのは、その海外からの評価もそうだが、余分に素材持ち込みすると優先して防具を作ってくれるという売り文句があったからだ。
日本では、革加工による防具作りは盛んじゃない。
だからダンジョンでドロップした革は、モンスタードロップ品という新たな革で服を作るトレンドから被服屋に下ろされることが多く、革加工の工房に下ろされる量は少ない状況だ。
岩珍工房も革の入手に苦しんでいるため、苦肉の策で素材をくれた人の防具を優先的に作ってくれる方策を取っているらしい。
つまり、次元収納に大量の革を入れている俺は、岩珍工房にとっては上客になり得るということ。
俺は検索して得た岩珍工房に電話をかけた。
数コールの後に、明るい女性の声で応答がきた。
『This is GANCHIN work shop。 What can I for you?』
突然の英語に面食らったが、電話先が岩珍工房であることは分かった。
とりあえず、日本語で呼びかけてみよう。
「あのー。革の防具の製作をお願いしたいんですけど」
『あれ、日本の人? ごめんなさい。外国の人からの電話ばっかりだから』
明るい声での謝罪の後で、ペラペラと紙をめくる音が受話器越しに聞こえてきた。
『防具製作だと、一年先の予約になっちゃいますねー。それで良いですか?』
「えっと。素材持ち込みだと、優先的に作って貰えるって話を聞いたんですが?」
ここで俺は、最初に英語で話しかけられた衝撃で、イキリ探索者の演技を忘れてしまっていることに気付く。
うっかりしていたが、今から演技をするのもな。
そう悩んでいる内に、話が進んでいってしまう。
『はい。素材持ち込みだと、そういうサービスを行ってます。ちなみに、どんな素材を持ち込む気でいますか?』
電話先は奈良の工房だし、俺の東京ダンジョンでの活動に影響することはないよな。
なら、演技しなくてもいいか。
「レッサーオークの革とワイルドドックの毛革を。自分の防具の分と、少し余剰分もあります」
『レッサーオークの革とワイルドドックの毛革ですね、ちょっと待ってください――おとうちゃーん! 素材持ち込み! レッサーオークの革とワイルドドックの毛革だって!』
保留ボタンを押さなかったようで、大声での問いかけが聞こえている。
その後も、何度か大声でのやり取りがあった後で、電話先の人物が変わったようだった。
『本当に日本人なんだな?――電話を代わりました。工房主の岩見珍斎と申します。レッサーオークの革とワイルドドックの毛革。どれほどの量をお持ちくださるのか、お教え願ってもよろしいでしょうか?』
最初の一言は、たぶん先ほどまで電話口にいた女性に対する問いかけだろうな。
その最初と後の言葉遣いの差に面白味を感じつつ、俺は問いに返答する。
「自分の防具に必要十分な量はあります。それ以上の余剰も少しはあるかなってぐらいです」
『そうですか……』
珍斎と名乗った主は、それだと量が足りないと言いたげな黙り込み方をする。
ここで防具を優先的に作って貰えないとなると、ちょっと困る。
「レッサーオークの革なら、必要であれば集めて来れますが?」
『お客様は、探索者なので?』
「東京ダンジョンの第三階層にしかいけない、弱小ですけどね」
『そうでございますか。でしたら、不躾なお願いではありますが、レッサーオークの革とワイルドドックの毛革を可能な限り持ってきては頂けないでしょうか』
「どの程度ですか?」
『在庫も確保しておきたいので、可能な限り多くとしか申し上げられません』
「……ならワイルドドックの毛革が、絶対に必要な数だけ教えてください。ワイルドドックの毛革はレアドロップなので、その必用数が確保できた段階までで得たレッサーオークの革も持ち込みます」
『そういうことでしたら――えー、ドロップ換算で二十個ほど必要なのですが』
その必用数を聞いて、俺は思わず黙ってしまう。
三匹一組の区域で戦っても、一日で二、三枚落ちるぐらいの割合だからだ。
単純計算で、まる一週間通い詰めてどうにか必用数が確保できるかどうか。
しかし俺の次元収納の中には、自分用に取っておいたワイルドドックの毛革が十枚ある。レッサーオークの革も同数。
これらを先に納品して、残りの十枚分を確保してから納品し、その後で自分の分を後込むのがベストかもしれない。
「……分かりました。とりあえず、今日そちらへ宅急便でワイルドドックの毛革とレッサーオークの革を十枚ずつ送ります。そして残る必要数も、集まり次第送ります。その代わり、俺が素材を持ち込んだら、防具を最優先で作ってもらいます。これでどうです?」
『そんなことをしてくださるのなら、願ったり叶ったりです。お送りして頂いたモンスタードロップの革の代金は、防具を作る際に引かせていただきます。代金を越えるようであれば、差額分をお支払いいたします。それで、お客様のお名前を控えさせていただいても宜しいでしょうか?』
「小田原旭。漢字は、小さな田んぼの原っぱに、旭日旗の旭です」
『小田原旭さまですね。お名前、控えさせていただきました。では、革の方、よろしくお願いいたします』
「はい。今から伝票を書いて送ります」
電話を切り、軽く溜息。
モンスタードロップ品を集める必要があるということは、このボロボロの防具のままで活動し続ける必要があるってことだからな。
必要なことだと割り切って、俺は一度東京ダンジョンに引き返すと、次元収納からレッサーオークの革とワイルドドックの毛革の在庫を出し、続けて出した登山リュックの中に在庫を入れる。入りきらなかった分は腕に抱えて、東京ダンジョンの外に戻る。
その状態でホームセンターへ行き、最大の段ボールとガムテープを購入する。レッサーオークの革、ワイルドドックの毛革の順に、組み立てた段ボールの中へ収め、ガムテープで頑丈に密閉した。
革が合計二十枚入った重たい段ボールを抱え、ホームセンター内にある、宅急便のサービスカウンターへ。
そこで伝票を受け取り、届け先に岩珍工房の名前と住所と電話番号を、送り主に俺の名前と現住所と電話番号を、品名のところには『革×2×10』と書き、段ボールに貼り付けた。
宅急便の料金を支払終えたところで、ちょうど宅急便の制服を来た人が、サービスカウンターにやってきた。
今日は早めに東京ダンジョンから出てきたこともあり、どうやら宅急便の最終の集荷時間に間に合ったようだ。
俺が伝票を張り付けた段ボールは、宅急便の職員によって運搬トラックに乗せられて運ばれていった。
これで問題が起こらなければ、明日か明後日には、あの段ボールが岩珍工房に到着するはずだ。
とりあえず俺は、岩珍工房に再び電話をかけ、革を宅急便で送ることと伝票番号を伝えることにした。