四十四話 中層域のモンスター
俺は第三層の中層域にある休憩部屋から出ると、治癒方術のリジェネレイトを身体にかけてから、この付近でモンスターを探す。
そして出くわしたのは、ワイルドドッグとレッサーオークの組み合わせ。
「チッ。ワイルドドッグ二匹じゃないだけマシか」
俺は背を向けて、休憩部屋のある方向へと駆け出す。
するとワイルドドッグが先行して追いかけてきた。流石に犬のモンスターだけあって、俺の足より大分速い。
このままでは遅かれ早かれ追いつかれてしまう。
しかし俺が逃げた目的は、ワイルドドッグから逃げ切ることではなく、ワイルドドッグとレッサーオークを引き離すこと。
「というわけで、いらっしゃいだ!」
俺は急停止すると、左腕をワイルドドッグの方へと出して、右手一本でメイスを振り上げて構える。
ワイルドドッグは走り寄って来ながら、俺の体の何処に噛みつきに行こうかを迷う目の動きをする。しかしすぐに、その目が俺が突きだしている左腕に向きが固定される。
ワイルドドッグは走る勢いのまま飛びついてきて、俺の左腕に噛みついてきた。
俺はサッと左腕を引いて避けつつ、右手にあるメイスをワイルドドッグの身体に叩きつけた。
肋骨が折れた感触がメイスから伝わってきたが、しかし片手打ちで威力が弱く、致命傷ではない。
俺は素早く構え直すと、ワイルドドッグをメイスで乱打する。一撃で致命傷を与えるんじゃなく、反撃を封じるために手数で押す。
十回ほど叩き続けると、ワイルドドッグの首に良い感じに当たり、首の骨を折ることに成功した。
ワイルドドッグが薄黒い煙と化したことに安心しそうになるが、レッサーオークが残っている。
俺がレッサーオークへと視線を向け直すと、予想以上に近づかれてしまっていた。
「しまっ――」
慌てて身構えるが、レッサーオークが走り寄ってきた勢いを乗せた平手を叩きつける方が早かった。
俺は腹部に平手を受け、まるで丸太がぶつかったんじゃないかと思うほどの衝撃に、後ろに吹っ飛んでしまう。
地面を転がって直ぐに起き上がったものの、突発的な咳が口から出てきてしまう。
「げほっ、げほげほっ」
腹に衝撃を受けたことで、腹の中身がぐるぐると回っているような感触がして、呼吸しずらい。
しかしその息苦しさは、時間を置くごとに楽になってくる。
事前にかけてあった、治癒方術のリジェネレイトの効果が出ているからだ。
俺はメイスを構え直し、治りつつあっても咳き込みそうになるのを抑えるよう、意識して呼吸する。
「すー、はー、すー、はー」
俺が呼吸をしているのと同じように、レッサーオークも荒く呼吸をしていた。
レッサーオークの太った体には、大量の汗が浮かんでいる。ワイルドドッグの後追いで走ってきたことで、かなりの体力を消耗しているようだ。
そうしてお互いが呼吸を整えたところで、再戦が始まる。
俺はメイスを構えながら、レッサーオークを観察する。武器はなく、身長は俺より低い。しかし体重は俺の倍はありそうなほど、でっぶりとした体型をしている。あの脂肪の厚さからすると、メイスで胴体を叩いても効かなさそうだ。
では、どこなら効きそうか。
豚の頭部は脂肪の厚みがない。頭骨の厚みは不明だが、力一杯に殴れば致命傷は与えられるだろう。
腰蓑で隠れている股間。汗をかいた身体から獣臭い体臭を放っているから、性別は男だろう。なら股間への一撃は大変に効くはずだ。
そして膝関節。この見るからに重そうな身体を支えているにしては、筋肉の付き方の甘い膝周り。メイスを叩きつけたら、簡単に破壊できそうだ。
そんな観察の後に、俺は戦い方を決める。
「まずは!」
俺は、攻撃は頭部狙いだと示すように、メイスを高々と振り上げる。
するとレッサーオークは、やはり頭部は弱点なのか、丸々とした両腕で頭を抱えるようにガードする。
このまま殴りつけても、腕の脂肪と筋肉で攻撃は防がれてしまうため、メイスを振るう直前で狙い先を変更。
俺は振るい始めたメイスが、そのヘッドの位置が俺の右上、右後方、右下へと移動するように操る。
そんなゴルフスイングのような軌道でもって、メイスをレッサーオークの左膝頭へと叩きつけた。
膝の皿が割れる感触がした直後、レッサーオークは壊れた膝では体重を支えられなくなって、地面に膝をついた。
これでチェックメイト――というわけではなかった。
レッサーオークは自分が動けないと分かったからか、両腕を防御から攻撃へと役割を移した。つまりは、駄々っ子のように両腕を振り回し始めた。
「うわっ!? この、悪あがきを――あたッ!?」
レッサーオークの振り回す腕が、俺の右太腿に当たった。痺れるような痛みが走って、蹲りそうになる。
しかしこの場に足を止める方が危険だと判断して、無事な左脚を使って距離を離す。
未だリジェネレイトの効果は続いているようで、右足の痛みと痺れが急速に治まっていく。
「ああもう。結局、メイスで乱打をしないとダメか」
俺はメイスを構えると、レッサーオークが振り回す邪魔な腕を破壊するため、メイスで攻撃していく。
レッサーオークの腕の防御力は高いようで、何度メイスを振るったかわからないほど攻撃して、ようやく動かなくさせることが出来た。
俺はぜーぜーと息を吐きつつ、防御を失ったレッサーオークの頭部へ攻撃しようと、メイスを振り上げる。
しかし攻撃しようとする直前、レッサーオークの瞳が未だ死んでいないことに気付き、改めて注意し直した。
この直前の注意が効いて、レッサーオークが起死回生に右足一本で飛びかかってきたのに、身躱しで対処することができた。
俺より低身長とはいえ、あの体重だ。組み敷かれたりしたら、脱出は難しかっただろう。
「本当に、第三層からはガチの戦いだな」
危機一髪だったと安堵しつつメイスを構え、レッサーオークの状態を再確認する。
無理して右足一本で飛びかかったからか、レッサーオークはうつ伏せになったまま起き上がることすらできないようだ。
攻撃手段を完全に喪失したことを確認して、俺は安心してレッサーオークの後頭部にメイスのヘッドを叩き込んだ。
レッサーオークからは革が、ワイルドドッグからは牙が、ドロップ品だった。




