四十三話 第三層中層域へ
第三階層の浅層域でモンスターと戦う日々を続けて、二週間。
二匹で現れるモンスターと戦い慣れてきて、危なげなく倒せるようになってきた。
戦闘経験の蓄積もあるが、三勤一休体制でダンジョンに通ったことで身体に筋肉がついてきたことも、モンスターとの戦いが有利になった理由だ。
良く運動したぶん食べるように心掛けてきたため、肩回りと背中の筋肉が発達し、その結果振るうメイスと戦槌に高威力を持たせることが出来るようになったからな。
こうして浅層域のモンスターに楽に勝てるようになったので、マップ上では未探索になっている区画へと足を踏み入れる決断をした。
未探索の通路を一つ一つ潰していき、宝箱や隠し部屋がないかも探っていく。
迷路状にはなっていないため、何日か時間をかけるだけで、浅層域の全ての道が解明できた。
しかし残念なことに、ほぼ全ての通路が、先が行き止まりだったり、遠回りに中層域へと続く道しかなかった。
『ほぼ』と区切った上で、宝箱や隠し部屋でないのは、例の薬水が湧く休憩部屋を見つけたから。
この休憩部屋は、ちょうど浅層域と中層域の間にあるらしい。
どうしてそう分かったかというと、この休憩部屋に辿り着くまでは浅層域のモンスターが、部屋から先に延びる道には中層域のモンスターが現れるからだ。
「中層域のモンスターと戦い慣れるまで、ここを拠点に活動しようかな」
この休憩部屋には、モンスターは入ってこないという話だ。
なら、中層域のモンスターと戦ってみて、苦戦するようなら休憩部屋に逃げ込めば、より安全に経験を積めるはずだ。
俺は休憩部屋の薬水で喉を潤してから、中層域へと踏み込むことにした。
中層域のモンスターについて、事前に調べてある。
レッサーオーク、スケルトンランサー、ワイルドドッグだ。
レッサーオークは、身長百五十センチメートルほどの、人型で豚面のモンスター。太った体型と布の腰蓑を巻いていることもあって、小柄の相撲取りな風体。身体に分厚い脂肪があるため、生半な攻撃では致命傷を与えにくいのだという話だ。
スケルトンランサーは、槍を持ったスケルトン。移動速度は遅いが、突き出してくる槍は早いという。
ワイルドドッグは、字面通りに野犬だ。それもピットブルや土佐犬のような、身体が大きくて厳つい感じなのだそうだ。
どのモンスターも手強いらしく、レッサーオークの一撃は身体強化スキル持ちも吹っ飛ばし、スケルトンランサーの槍は日本鎧に穴を開け、ワイルドドッグは気配察知スキル持ちを優先して狙ってくるという。
「最初に戦う相手は、スケルトンランサーが良いんだけど」
スケルトンランサーは槍を持っていて危険だが、移動速度が遅いので危なくなったら走って逃げ切れる。
加えて俺には、アンデッド系のモンスターに特攻な、フォースヒールがあるしね。
だからスケルトンランサーが来い来いと念じながら歩いていると、本当にスケルトンランサーが通路の先にいた。
しかし不幸なことに、その数が二匹だった。
「そうか。休憩部屋の先にある通路だから、モンスターが二匹同時でも不思議じゃないのか」
俺が自分の思い違いを恥じている間に、スケルトンランサー二匹が近づいてくる。
流石に今の俺が、スケルトンランサー二匹を同時に相手して勝てるとは思い上がっていない。
俺はスケルトンランサーの姿を視界にいれながら、休憩部屋の方向へと下がっていく。
そして一息で部屋の中に逃げ込める位置まで到達したところで、いよいよスケルトンランサーと戦うことにした。
「まずは、治癒方術、フォースヒール!」
スケルトンランサーの片方に、フォースヒールをかける。
直後、フォースヒールを受けたスケルトンランサーが、関節の結合が解けたように、各部がバラバラになって地面に落ちた。
フォースヒールは、ちゃんとスケルトンランサーにも特攻のようだ。
これで一対一の状況に持ち込めたので、戦闘経験を積むため、スケルトンランサーとメイスで戦うことにする。
ジリジリと俺が近づいていくと、スケルトンランサーは急に槍を伸ばしてきた。
俺がさっと下がって避けると、スケルトンランサーは槍を引き戻しつつ、その戻した距離の分だけ近づいてくる。
俺はメイスを正眼に構え、再びゆっくりと近づく。
先ほど攻撃を受けた距離に接近すると、再びスケルトンランサーが突きを放ってきた。
俺は下がって避けつつ、この距離の内に入ると即座にスケルトンランサーが攻撃してくるのだと学んだ。
再びその距離まで接近する。今回は、スケルトンランサーの攻撃を誘発させるための接近だ。
そして俺が目論んだ通り、スケルトンランサーは槍を突き出してきた。
俺は来ると分かっているタイミングで、メイスで突き込んできた槍を横に払った。
叩かれた槍が大きく横に逸れたのを見て、攻撃するチャンスだと踏み込もうとする。
しかし一歩踏み込んだ直後、逸れたはずの槍がもの凄い速さで戻ってきて、その穂先の軌道が俺の顔に向かってくる。
「うわっ!?」
俺はメイスを掲げ、メイスの柄で槍の穂先を受け止めた。
ガツッと大きな音がして、俺の手に強い衝撃が走る。
スケルトンランサーは骨の見た目で軽そうなのに、槍の攻撃がとても重い。
俺は急いで下がり、スケルトンランサーの攻撃が始まる距離より離れた。
予想以上の強敵具合に、俺の脳裏にフォースヒールを使うという選択肢が浮かぶ。
しかしフォースヒールを頼りにするだけじゃ、今後の成長はない。
いざとなったらフォースヒールを当てる選択は残しつつ、出来る限りはメイスで戦うことを決めた。
「……ふぅ。やるぞ」
戦い方を考え、決意を口に出して腹を決める。
メイスを振り上げつつ、再びスケルトンランサーが攻撃してくる距離まで接近する。その距離を踏み越えるのではなく、爪先が触れるぐらいのギリギリ具合で。
スケルトンランサーは、俺の爪先が攻撃圏内に入ったところで、槍を突き出してきた。
その突きに合わせて、俺は素早く後ろに一歩引きながら、メイスを上から下へと振り下ろす。目標は、突き伸びてきた槍の穂先だ。
振り下ろされたメイスが槍の穂先を強く叩くと、伝わった衝撃がスケルトンランサーの手を痺れさせたのか、槍が地面に落ちた。
「武器がなくなれば!」
槍のないスケルトンランサーは、単なるスケルトンと同じ。
俺は勢いよく接近し、スケルトンランサーの頭部をメイスで粉砕した。
この一撃で決着がつき、スケルトンランサーは薄黒い煙と化し、指の骨を繋げて作ったような見た目のネックレスを落とした。
戦い終わったことに一息入れつつ、フォースヒールを使って倒した方を見ると、そちらにも同じ種類の骨で作られた腕輪が落ちていた。
「スケルトンランサーの通常ドロップは、ボーンアクセサリーなのかか。趣味が悪い見た目だけど、好事家は欲しがりそうだ」
俺は二つのボーンアクセサリーを次元収納に入れ、再び呼吸をする。
新鮮な空気を取り入れることで、頭脳の働きを十全にするために。
「休憩部屋を拠点に、二匹現れるモンスターと戦うか。それとも一匹ずつの場所で訓練を積むか」
どちらにも一長一短がある。
休憩部屋を拠点にする場合だと、二匹のモンスターを同時に戦う必要があるが、安全に逃げ込める場所が出来る。
もし現れたモンスターの片方がスケルトンランサーなら、フォースヒールで倒せば、もう片方との一対一の状況に持ち込める。
その状況にできたら、危険度は一匹のところで戦うのと変わらないか、休憩部屋に逃げ込む選択肢があるためより安全ともいえる。
一匹ずつの場所だと、比較的安全に戦闘経験が積める。その安全の分だけ、経験の蓄積は低くなる。
俺は自分の戦闘技量とスキルを勘案しつつ、どちらを選ぶべきかを考える。
「よし、決めた。休憩部屋を拠点にしよう」
この決断をした最大の理由は、俺が治癒方術スキルを持っていること。
そして治癒方術スキルを今後のダンジョン探索に活かすには、モンスターから攻撃を受けることを許容して治癒方術で怪我を治しながら戦う、そんな怪我に怯まない胆力が必要だと考えたから。
「最前線の探索者たちが足踏みしているのも、怪我を恐れているからって噂だし。怪我しても治せる手段があるんだと、怪我は怖くないんだって、自分自身に悟らせるためにも必要だ」
俺は痛い思いをする決心を固めて、休憩部屋の近くで中層域のモンスターを二匹ずつ相手にすることに決めた。




