四十一話 足踏み
第二階層のグールを倒し続けて、錆びた戦槌を入手した。形は『T』の両頭ハンマー部に『Y』の補強がある、野球道具のトンボに似た形をしている。
ダンジョンを出て、ホームセンターにて、錆び取り剤、研磨グラインダー、錆止め転換スプレー、コーティング用カラースプレーを駆使し、見た目は新品同然に仕上げた。
再びダンジョンの中に戻り、第三階層浅層域のモンスターにもちゃんと通じることを確認してから、予備の武器として次元収納へ。
こうして第二階層に留まる理由を失ったため、第三階層を探索活動の中心に据えることとなった。
それ空俺は、第三階層の浅層域のモンスターが一匹ずつしか出てこない場所と二匹ずつ出る場所とを行き来しながら、延々とモンスターを倒し続ける毎日を送っている。
これは第三層のモンスターと戦い慣れるためと、モンスターがどんな連係をしてくるのかを探るためにやっていること。
正直、一匹ずつなら大した相手じゃない。
コボルドアーチャーは接近してしまえば普通のコボルドと同じだし、グリーンラヴァは糸吐きさえ防げてしまえば雑魚だし、突進ボアも直線的に突っ込んでくるだけなので避けること自体は簡単だ。
投げナイフを投げると、コボルドアーチャーは怯んで弓で矢を撃ってこなくなるので、その間に接近できる。
グリーンラヴァの糸吐きは、ドロップ品のコボルドアーチャーの矢を投げつけて絡みつかせれば無力化できる。
突進ボアは、突進をギリギリで避けつつメイスで足を撃てば、大転倒して隙を晒す。
そうした、事前情報にはなかった攻略法を見つけて、安全に倒すことが出来るようになっている。
しかし、そんなモンスターが二匹集まると、途端に危険さが増す。
それこそ、あの剣道着三人がモンスターに殺されてしまったように。
コボルドアーチャーは、他のモンスターといると仲間がいて心強くなるのか、投げナイフを投げつけても怯まなくなる。
グリーンラヴァは、他のモンスターといると、自然と前に出て糸を吐き散らして探索者のヘイトを集めるような動きをする。
突進ボアは、一匹だと突進一辺倒なのに、他のモンスターといると協調性を発揮して突進のタイミングを伺うようになる。
頻度は少ないが、突進ボアの背中にコボルドアーチャーないしはグリーンラヴァが乗って戦う個体もいる。
突進ボアの背にグリーンラヴァの場合は、前に見知ったから割愛するとしてだ。
突進ボアの背にコボルドアーチャーの場合は、突進ボアが探索者と距離を取るように動き、コボルドアーチャーが延々と引き撃ちしてくる。
明らかに第二階層と比べて、第三階層からはモンスターの連係が強化されている。
探索者たちを第二階層までのモンスターの討伐で調子に乗らせて油断させ、第三階層のモンスターの連係で倒すことを主眼としているかのようにだ。
「第三階層からはガチっていうのは、本当のことだな」
俺は戦闘終了後に息を整えがてら、小声で呟く。
正直、第三階層のモンスターの厄介さを考えるのなら、第二階層のモンスターを倒し回った方が、多少の実入りが減じても金を稼ぐには楽だと思う。
そこまで考えが及んだところで、どうして多くの探索者が第二階層の迷路状通路で金貨を探し回っているのかを理解した。
「命の危険少なく、大金を手に入れられる可能性があるからか」
金貨は一枚十万円。それが五枚。同じ宝箱にはポーションが三本あった。
もし宝箱の中身が、ポーションの分が金貨に置き換わったら、最低でも金貨八枚が手に入る計算で、換金したら合計で八十万。
他の宝箱と同じで十日に一度復活するとして、月に三度回収可能と考えると、月収は二百四十万円。年収だと二千八百八十万円――およそ三千万円。
会社員だと役職者並みの年収を、第二階層というローリスクな場所で手にできてしまえるわけだ。
ダンジョンに金を稼ぎに来ている探索者なら、命の危険がある第三階層に行くことを止めて宝箱探しをする判断をしても変ではない数字だ。
「さて、休憩終わり」
俺はメイスを次元収納に引っ込めて、予備武器の戦槌に持ち替えると、一匹ずつしかモンスターが出てこな居場所へと移動する。
予備の武器とはいえ、使い慣れてない武器では、まともに戦えないので、習熟訓練をする必要があるわけだ。
戦槌はメイスよりも重い。だからダンジョン探索でメイスを振って鍛えてきた肉体でも、戦槌を振るうたびに筋肉に負荷がかかる感触がある。
戦槌を使い続けたら、さらに身体が引き締まってしまうな。
そんな冗談を心の中で浮かべながら、俺は戦槌を使い慣れるためにモンスターを倒し続けていった。