四十話 日頃の行い
俺が探索者三名の死体を役所に届けると、上に下にの大騒ぎになった。
役所の職員は死体を引き取りつつも死亡確認のために医者を呼びに使いを出し、居合わせた探索者たちは知り合いが死んだのかもと死体を覗き込みつつ俺に非難の目を向ける。
そんな騒動の中で俺は、やることは終えたからと言いたげな態度を装いながら、モンスタードロップ品を買い取り窓口に提出する。
窓口の職員が、俺への対応に困った様子をしながら、とりあえずといった感じで俺に整理券を渡してきた。
俺は整理券を受け取りつつ、イキリ探索者ならこう言うだろうなという台詞を口にすることにした。
「なあ。人間の死体って、役所に運んで来たらいくらになるんだ?」
俺の質問に、職員はポカンとした顔をする。
だからもう一度、台詞を口にすることにした。
「だから。人間の死体をわざわざ運んできたんだ。金一封ぐらいはあるんだろ?」
俺が死者を冒涜するような台詞を改めて言うと、窓口の職員の目が蔑むものに変わる。
「貴方は、本気で言っているんですか?」
「本気っていうか、当たり前の要求だろ。東京ダンジョンに入る探索者の多くは、金を稼ぎに来ているんだ。死体を運んでも幾らにもならないっていうのなら、運んだ甲斐がないってもんだろう?」
「だからって――」
「他の探索者なら、死体から遺品を拾って帰るぐらいが関の山。だが幸いだったことに、俺は次元収納持ちで、だからこそダンジョンの外まで死体を持って帰ることができた。なら、ダンジョンから死体を持ち帰ってきた俺の働きを、役所が評価してくれても良いと思うんだけどなー?」
言外に『評価してくれないのなら、次に死体を見つけても持ち帰ってこない』と聞こえるような言葉選びをした。
すると職員は、俺を外道を見る目つきで睨んでから、苦々しげな口調で言葉を吐き出す。
「上の者と協議いたします。評価の対価は、お金ということでよろしいんでしょうか?」
「それでいいぜ。ああ、大金を用意してくれなくてもいいからな。死体を運んだだけの、イージーな労働だからな」
この言葉には裏がありますよという口調を返すと、職員の視線の温度が更に冷えた。
しかし職員は、それ以上何も言わず、俺に売却代金を渡す窓口へ進むよう身振りしてきた。
俺は軽い調子で手を振って了解の意を示すと、金を受け取るための窓口の前にあるソファーに腰をかけた。
俺が平静を装いつつスマホを取り出して、その画面を見る。そして視線を画面から動かさないまま、視界の端で探索者たちの様子を伺う。
大多数の探索者たちは、死体が知り合いじゃないことに安堵している様子。
特に傷だらけの日本甲冑を着ているベテランっぽい人の場合だと、役所に死体が運ばれたという騒動に対して既に興味を失っている感じすらある。
しかし少数の探索者は、俺に非難する目を向けてきている。その手の探索者は、真新しい剣道着に身を包んでいることから、ライト層のようだ。
そんな観察をしながら待っていると、俺の整理券番号が呼ばれた。
窓口に行くと、珍しい事に、黒いスーツを着た偉そうな小太りの中年男性が座っていた。
その中年男性は、まずドロップ品の売却代を渡してきた。
「そしてこちらが、ご遺体を運搬してくださったお礼になります。ダンジョンから死者の遺品を持ち帰ってきた際にお支払いする規定料金に、少し色を付けたものとなります」
丁寧な言葉で差し出されたのは、十万円。
死体一つ三万円、色付けて一万追加といったところだろうな。
俺は十万円に目を向けつつ「ふーん」と鼻を鳴らしてから、受け取った。
イキリ探索者を装っているとはいえ、俺自身は死体を運んできたことを感謝されたいわけでも金が欲しいわけでもないので、謝礼なんてこんなもんだろうなという心算の『ふーん』だった。
しかし相手側はそう捉えなかったようで、非難めいた目を向けてきた。
「ご不満がおありでしょうか?」
「いやぁ、別にぃ? ただ、死体を運んでくれるような酔狂なヤツは、俺以外に出てこないだろうなと思っただけさ」
日本人の平均体重は、男性なら六十五キログラム、女性だと五十三キログラムだった気がする。
これに衣服と装備が加わることを考えると、死体一つで大荷物だ。
そんな荷物を抱えては、次元収納持ちじゃなければ、ダンジョン探索なんてできるわけがない。
となると、他の探索者は死体から遺品を回収はしても、死体自体をダンジョンから持ち帰るなんて真似はできない。
そんな感じの本心の言葉を、イキリ探索者風の口調で言ってみたところ、職員が苦い顔を浮かべた。
「遺体ががない場合、行方不明扱いとなりまして。多くのご遺族は、遺品を手にしようと、まだ生きているのではないかという望みが捨てられずにいます。その事例を考えるのであれば、貴方様の成された事は、手放しで喜ばしいことではあるのですが」
心情はどうあれ、お役所仕事じゃ規定通りにしか金を払えない。
その口惜しさが、口調に現れていた。
俺はその気持ちに気付かないフリをしつつ、面倒事を避けるための一手を打つこと二した。
「じゃあ金を多く払えない分、遺族との対応はそっちで勝手にやってくれ。俺に迷惑をかけないでくれ」
「……と、いいますと?」
「さっきお前が言っただろ。遺族は望みが捨てられずにいるって。つまりそれって、思い込みが激しいってことだろ。なら、俺が殺したんじゃないかって、疑われたり逆恨みされたらたまらないって話だよ」
「逆恨みだなんて、そんな」
「ないって本当に言えるか? その遺族とやらの日頃の行いがどんなものなのか知っているんだろ? それと、あの死体に関係がない探索者の中にすら、俺のことを人殺しなんじゃないかって疑っている小声が、この耳に入ってきているんだがなあ?」
遺族が俺を疑う状況が揃っていると告げると、職員は意気消沈した様子で項垂れる。
「その様なことがないよう、努めます。ですがそのためには、ご遺体を発見した状況の詳細をお聞きする必要がございまして」
「えー……。チッ、まあ、そのぐらいならいいか」
俺は発見したときの状況と、三人を殺したであろうモンスター二匹がどういった戦い方をしてきたかを伝える。
もちろんモンスターとの戦闘では、イキリ探索者らしくこれでもかと話を盛った言い方をしてやった。