三話 東京ダンジョン 出入口付近
ダンジョンが出来てから二年。
この二年の間に、ダンジョンに関することが少しずつ分かってきている。
まず最初に分かったことは、ダンジョンに初めて入ったとき、何処からともなく『身体強化、気配察知、次元収納。一つを選べ』という声が聞こえてくること。
そして実際に一つ選ぶと、選んだ内容の通りの超能力――『スキル』が入手できること。
身体強化は身体能力が倍になり、気配察知は見えない場所の存在に気付くことができるようになり、次元収納は何もない空間に物品を仕舞うことができるようになる。
ダンジョンが出来て最初に突入した世界各国の軍隊の軍人達が、誰もが口を揃えて語ったことから、素早く周知されたことだ。
この謎の声とスキルの付与により、このダンジョンが今までの常識と違う別空間であるという認識も広がった。
次に分かったことは、弾丸が弱いモンスターにすら効き難く、強いモンスターには全く効かないということ。
ファンタジー作品では雑魚として扱われるゴブリンですら、アサルトライフルの弾倉を一つ使い切るぐらいに連射して、やっと倒せるほどだ。
しかし同時に、モンスターに効く武器も判明した。
自衛隊の数名の隊員が内緒で持ち込んだ、自作のナイフや刀鍛冶師の祖父が作った護り刀が、弾丸が効かないモンスターを切り裂いた。
その理由を調べてみると、原理は分からないが、人間の手によって作られた武器であればモンスターに通用することが分かった。
手製の武器が有効ならばと、機械的に作った鉄板と糸紡ぎから縫製まで手製で作った布を持ち込み、どちらの方が防御力が高いかが調べられた。
結果は、鉄板が切り裂かれたが、布は攻撃を受け止めきった。
これらのことから、ダンジョンでは手製の武器防具こそが有用であり、機械的に作られるものは通用しないということが分かった。
そして通用する武器が分かったならと、最初に選ぶ三つのスキルのどれを選ぶのが正解なのかの検証が行われた。
そんな知識の積み立てによって、ダンジョン登場出来て二年経ったいまでは、ダンジョン攻略方法なるものが出来上がっていた。
各国で内容は違っているが、日本の場合は――
最前線で探索者をやる気でいるのなら、玉鋼作りから焼き入れ焼き戻しまで総手作業の日本刀を武器として選び、見に纏う防具も手製で作られた日本甲冑にする。
探索者で稼ぐ気でいるのなら、機械打ちの日本刀を装備し、手縫いの服に手製の編み笠や蓑をつける。
軽く探索者を試す気なら、市販の刃物を自力で焼き入れ焼き戻ししたり、素材を組み合わせた鈍器で武器を作り、同じ服を何枚か張り合わせたものを防具にする。
――というのが、真っ当なダンジョン攻略のチャートとして扱われている。
チャートにある日本刀という手製の武器を手に入れるという難易度が低かったことと、皇居の目前に出来た東京ダンジョンを早急に攻略すべきという国情も合わさって、日本は他の国に比べて深い領域にまでダンジョンを攻略できている。
「その攻略チャートの所為で、いまじゃ東京ダンジョンの出入口前は、戦国時代かっていう光景になっているんだよな」
俺が東京ダンジョンの出入口へ良く列に並びながら、周囲に目を向ける。
仲間と思わしき談笑する男女は共に手縫いの剣道着姿をしていて、虚無僧姿に槍の面々がいて、パンパンに膨らんだリュックを持つ一団は全員が鎧兜姿だ。
そんな待機列の中にあって、俺の格好はツナギと鉄パイプ。明らかに周囲から浮いていた。
だが俺は、狼狽えない。
ダンジョンが現れてからの二年。独自に情報収集しながら作り上げた、俺のオリジナルのチャート。
そのチャートに従うのなら、俺は単独でいる必要があり、他の探索者と余り関り合ってはいけないのだ。
だから周囲から浮いている格好も、探索者関係の人を相手にする際はイキった態度で接することも、チャート通りなのだから合っているのだ。
そんな心持ちで待っていると、ダンジョンの出入口までもう少しという地点まできた。
列の先頭へと目を向けると、真っ黒な渦のようなものが空中に浮かんでいる。
あれがダンジョンの出入口に違いない。なにせ探索者らしき人物が、あの黒い渦から出てくるのだから。
「一度に入れる人数は二十人までです! 列を区切ります!」
列整理の職員が、待機列の先頭から二十人選び取る。探索者パーティーの人数によって入れる数人も多少融通がきくようで、数えてみると今回は二十一人がダンジョンの出入口に入っていった。
約二十人が入ってから、三分ほど待って、新たに二十人が出入口へと向かう。
三分毎に入れるのなら、一時間で百二十人がダンジョンに入れる計算になるな。
そんな算数をしている間に、俺が入れる番になった。
列整理の職員が先頭から二十人を数えていきながら、俺に声をかけてきた。
「お兄さんは一人だけで入るの?」
「そうで――」
問いかけられて、ついうっかり普通に答えそうになった。
だが、チャートを思い出して、イキリ探索者を装って返答することにした。
「――当たり前だ。俺は強いからな。他の仲間なんて必用ねえんだ。ソロで行くぜ」
「……そうなんですか。頑張ってくださいね」
職員はビジネススマイルを浮かべて去ったが、その直前に俺に白い目を向けてきていた。
その態度を見て、イキリ探索者は嫌われ者なのだと確信する。
ソロを貫くためには、やっぱりイキリ探索者になり切っておくことが安全策だな。
俺は自分のオリジナルチャートに間違いはないと確信を改めて抱きながら、二十人に混ざってダンジョンの中へ入った。