エピローグ8 新生活の始まり
アパートに戻った俺は、基礎魔法の魔力生産を使ってから、次元収納を発動。
そして次元収納の中に私物を入れていくことにした。
ベッドマットに掛け布団。料理器具と食器。買い置きの食料と冷蔵庫の中身。使いかけの石鹸に歯ブラシとコップ。大人の体だったときの私服やツナギも入れた。
ただし、冷蔵庫と電子レンジだけは、この部屋に残しておくことにした。
キャンピングカーのバッテリーは、前のオーナーが大容量のものに変えてくれている。
しかし、キャンピングカー内で使う電化製品は、極力消費電力が低いものの方がいいのは当然のこと。
その点を考えると、冷蔵庫は消費電力と載せる場所をとるため、電子レンジは元が中古で消費電力は現行製品より多いので、キャンピングカーで使うことはは好ましくない。
それに俺は、ダンジョン探索で大金を稼いであるんだ。
折角だから、キャンピングカーに適した冷蔵庫や電子レンジを新品で買うべきだ。
そんな判断から、冷蔵庫は電子レンジは残す。
普通、貸し部屋の残置物は困るものらしいけど、このアパートでは違う。
このアパートの部屋は、前の貸主が退去した頃のまま、次の借り主へと渡される。
もちろんゴミの処分や掃除はされるだろうが、部屋や床の傷や切れた電球などは、そのままだ。
そうした修繕費をかけないことで、貸し料の安さを実現しているわけだ。
だから、まだ使える家電製品を残すのは、家電付きっていう付加価値がつくから、逆に大家に喜ばれることになる。
残すものは置いておくとして、俺は次元収納の出入口である白渦を使って、部屋の中を掃除していく。
白渦を出せる範囲は、俺の体から一メートルほど。
これぐらいの距離があれば、狭い隙間に入ったゴミまで回収できる。
そうして集めたゴミを広げたゴミ袋の中に放出し、ついでに次元収納の中に入れたままだった色々なゴミも入れて、掃除は完了した。
すっかり綺麗になり、俺が生活していた痕跡も薄くなった。
ここまでやれば、大家に部屋を引き渡しても問題ないはずだ。
俺はスマホで、このアパートの大家に『今日退去すると』という内容のメールを、多少の時候の挨拶と共に送った。
するとすぐに返事がきた。
『ご利用ありがとうございました。現時点をもって、賃貸契約を破棄させていただきます。部屋の扉は施錠せず、部屋の中にカギを置いて退去してください。明日以降に部屋にあるものは、一旦こちらの所有物とした後に、次の借主の所有物に自動移行されます。手元に残したいものは、お忘れなく運び出されるようにお願いいたします』
文章の内容を読んで、俺は苦笑いする。
「俺がゴミ屋敷状態で明け渡したら、どうするんだか」
そんな疑問が湧いたが、俺が気にすることじゃないなと考えを改める。
俺は大家からのメールの通りに、この部屋の鍵を部屋の中央に置くと、扉を施錠せずに外に出た。
これでもう、この部屋は俺の自宅ではなくなった。
ほんの数年の居住地だったけど、悪くはない場所だったな。
俺は部屋に向かって一礼してから、新たな居住場所である東京ダンジョンの駐車場に置いたキャンピングカーに戻るため、最寄りの駅に向かうことにした。
電車に乗って東京駅に着き、そこから東京ダンジョンの駐車場へと向かう。
東京ダンジョンの駐車場は、東京駅付近が電車での交通の利便がいいのと東京の道が狭いためか、停車している車の台数が少ない。
東京都心に駐車できるスペースがあると、探索者以外の人が利用しそうに思える。
きっと駐車場の警備員が、探索者以外の迷惑な利用客を排除しているんだろうな。
そんな予想をしながら、駐車場にとめていた自分のキャンピングカーの運転席に入った。
座席の位置とミラーの角度を確かめ、低身長者用のペダルもちゃんと踏み込めることを確認してから、キーを入れてエンジンをスタートさせた。
「さて、どこに行こうかな」
この車が自宅なのだから、俺は日本中のどこへだっていける。
自由気ままに旅をして、運動目的でダンジョンに入ったついでに金を稼ぐ、そんな生活ができる。
さてどこに行こうと考えて、真っ先に思い浮かんだのは、着れなくなった金ぴか全身ジャケットだった。
「今の俺には着れないけど、魔石で一段進化させた防具だから売りたくもない。となると、岩珍工房に引き取ってもらおうかな」
あの全身ジャケットは、岩珍工房の最高傑作だ。
研究用や展示品として、活用してくれるに違いない。
なら、岩珍工房のある奈良県へ向かう針路を取るべきだな。
「でもまずは、生活を豊かにするために、小型の冷蔵庫と節電タイプの電子レンジを買いにいこう」
俺は奈良県へのルートをカーナビに入力し、そのルート上にある大型家電量販店をピックアップ。
その家電量販店に向かうべく、キャンピングカーを発進させたのだった。