エピローグ7 手続き
俺は子供の体だと軽キャンピングカーの運転すら大変だなと思いつつ、神奈川県厚木市から東京の旧皇居外苑こと東京ダンジョンの近くまで移動した。
東京ダンジョンの駐車場にキャンピングカーを止め、エンジンを切って外に出る。
東京ダンジョンは、色々な路線のハブとなっている東京駅近くにあるので、五十台は入れる駐車場にある車の数は少ない。せいぜい、十台ぐらいだろうか。
その十台の車にしても、移動の足に使っている乗用車ばかり。それらの車の中に、寝泊りするような仕組みは、窓から窺う限りは見えない。
ともあれ、俺は軽キャンピングカーを購入した際の車庫証明の手続きを進めるため、久々となる役所の中へと入っていくことにした。
少し前なら、役所に入ったら買い取り窓口に直行していた。
だけど今日は、探索者カードを作ったとき以来の、総合窓口に向かう。
俺がダンジョンから離れて数ヶ月の間に、探索者ブームが再来しているようだった。
どうして俺がそう判断しているかというと、探索者になろうとする人たちが多く総合窓口に集まっていたからだ。
「探索者登録をお求めの方は、こちらの整理券をお取りください! その他の手続きの方は、もう一方の整理券発券機をご利用ください!」
職員が声を張り上げて、人の整理をしようと躍起になっているな。
俺はその声に従って、探索者登録じゃない方の整理券を取ることにした。
整理券を取ると、発券機の画面に待機人数が五人と出た。
探索者登録待ちの方は人が溢れそうなのに、それ以外の要件で役所を訪れた人は少ないのは不思議な感じがある。
俺は整理券を持ち、座れる椅子がないかを探すが、登録待ちらしき人たちで席は埋まってしまっていた。
仕方がないので、俺は順番が来るまで立って過ごすことにした。
登録待ちの人たちを、職員がいくつかの窓口に分かれて、人海戦術で次から次へとさばいていく。
その他要件の人たちは、窓口一つが割り当てられていて、順々に時間をかけて作業を行っているようだ。
そんな観察をしながらしばらく待っていると、とうとう俺の順番になった。
俺が窓口に近寄ると、職員はビジネススマイルを浮かべながら、冷静な口調を放ってきた。
「冒険者カードの提示をお願いいたします」
こちらの話を聞く前にカードの確認をされるとは思ってなかったので、俺は面食らってしまった。
だけど改めて考えれば、当然だなと理解できた。
こちらの『その他窓口』は、待機人数が少ない。
だから探索者登録をしようとする人が、こちら側の窓口の整理券を取って、登録を行おうとすることも考えられる。
そこで先に探索者カードの提示を求めることで、登録を求めている人じゃないことを確認すると同時に、仮に登録を求めている人なら初っ端で対応を拒否することができる。
俺は、きっとそんな理由だろうと一人納得してから、自分の探索者カードを提示した。
すると、職員に驚いた顔をされてしまった。
その表情から察するに、『こんな小さい子が、探索者なの?』と考えた感じだろう。
職員はいぶかしげな顔つきで俺の探索者カードを受け取ると、カード内のチップにある情報を読み取る機会にかけ、さらに驚いた顔になる。
「えっ、あの、小田原様で、お間違え、ないですよね?」
問いかけの言葉は名前の確認ではあるが、職員の表情と態度には久々に役所に現れた探索者に対する困惑が浮かんでいた。
俺は苦笑いしつつ、軽キャンピングカーの手続きに入ることにした。
「軽キャンピングカーを購入した際に、東京ダンジョンの駐車場で車庫証明をしたんで、役所で登録の手続きがしたいんだ」
「え、はい。キャンピングカーですね?」
職員は混乱から抜け出れていない様子だけど、俺が中古車販売店で用意してもらった書類を提出すると、処理手続きを始めてくれた。
職員は書類に不備がないことを確認すると、窓口の奥で事務作業をする職員に書類を渡してから、窓口に戻ってきた。
「作業に少々お時間をいただきます。整理券番号でお呼びしますので、整理券をなくさずお持ちになってください」
窓口職員に言われ、俺は一度窓口から離れる。
十分ほど経って、再び俺の整理券番号が呼ばれた。
今度は窓口じゃなく、その横にある座って職員と話せる面会所みたいなブースに案内された。
そこで、また新たな顔の男性職員から、軽キャンピングカーの件についての説明を受けた。
「――ということで、小田原様のお車の情報は、そちらのカードと紐づけられました。このお車に限り、日本各地にあるダンジョンの駐車場は、どこでも小田原様の駐車場としてみなされることになります」
一通りの説明を受けてから、俺は目の前の職員に質問する。
口調は、イキリ探索者の演技を続けるべきか、それとも目的は果たし終わったからには普段に戻すかと迷って、無礼じゃない程度のぞんざいな口調にすることにした。
「キャンピングカーに乗って別の場所のダンジョンに行こうと思ってるのだけど、その際の住所登録は行った先のダンジョンの近くにある役所でやればいいんだよね?」
「……東京ダンジョンからお離れに?」
この職員は、俺が二十階層を突破した人間だと知っているのか、とても残念そうな表情をしている。
「俺が離れると困ることでもある? こんな姿になった俺がだよ?」
お道化て言うと、職員は表情を真面目なものに改めた。
「小田原様のお力添えがなければ、間違った情報から、いまでも二十階層を突破できる新たな探索者は現れなかったでしょう。この点につきましては、当役所の職員一同、感謝しております」
「お、おう」
まさか真面目に感謝されるとは思わず、俺は狼狽えてしまった。
職員はお礼を言い終わると、少し笑顔を見せてきた。
「別のダンジョンに向かい、キャンピングカーで暮らすということは、人が集まらないダンジョンに通われることを予定しているのでしょうか?」
「いや。とりあえず最初は、あっちこっちのダンジョンに行ってみようかなってね。それで、ここはと思ったところに長居しようかなって。ま、行き当たりばったりだよ」
「そうなのですね。いつ出立のご予定なのでしょうか?」
「キャンピングカーが手に入ったからには、車中泊用のこまごまとしたものの購入や、借りているアパートの引き払いをしたら、すぐにって感じだね」
「そのご予定であれば、今の段階で住所登録を東京ダンジョン駐車場に移してしまったほうがよろしいでしょう。そうすれば、再び役所で手続きの順番を待つ必要はありませんし、移動先のダンジョンの近くに役所にカードを提示すれば、半自動的にそこが新住所として登録されますので」
「じゃあ、そうしてもらおうかな」
俺が許可すると、五分ほどで住所変更が行われた。
これで用事はすべて済んだ――けど、ちょっと聞かなきゃいけない点があることに気づいた。
「旅暮らしを始めるまで、キャンピングカーを駐車場においておいていいんだよな?」
「構いませんが、長期間放置することは推奨しません。悪戯をしようとする人が出てこないとも限りませんので」
「そこは大丈夫。アパートの荷物を引き払いに、一度帰宅するだけだから。今日中にキャンピングカーに戻ってくる予定だよ」
これで役所での用事はすべて終わったので、俺は役所から出て借りているアパートへと向かうことにした。




