エピローグ2 自宅に戻り
自宅アパートに帰ってきて、鍵を開けて中に入る。
最初に感じたのは、一ヶ月ぶりの懐かしさではなく、こんなに部屋が広かったかなという疑問だった。
「まあ、体が小さくなったから、そう感じるんだろうな」
前は百七十センチメートル以上あった背丈は、いまや百四十センチメートル程度。
三十センチも視線が下がれば、さして高くないはずの天井も高く感じるのは不思議じゃない。
靴を脱いで自宅に上がり、少し埃っぽさを感じたので窓を開けつつ、敷きっぱなしになっているマットの上に寝転がる。
そして考える。
この安アパートの部屋は、東京ダンジョンに入るためだけのために借りた場所だ。
ダンジョンに入る目的だった不老長寿になれた今、このアパートに住み続けるメリットはない。
ダンジョンで稼ぎ続けて、銀行口座には大金が入っているし、投資会社に口座を持っているうえ優良株もどっさり持っている。
それこそ株が大幅に下落しなければ、不老長寿の俺でも配当金だけで一生食っていけるぐらいだろう。
巨大な出費が必要な事態が起こったとしても、病気治しや欠損治しポーションを治癒方術のメディシンで作って売れば、楽に大金が稼げるしな。
ではと、もっと良い部屋――それこそタワーマンションに引っ越したり、一軒家を購入して住むことを考えてみる。
「あまり広いところに引っ越しても、持て余しそうだしなあ……」
俺は今の自宅の様子を見回す。
寝床と着替えとキッチン用品以外は、殆どなにもない空間だ。
こんな部屋に一年以上住んでいて、なんら不満を感じていないのだから、これ以上の物があっても邪魔なだけ。
沢山金があるんだから、オタク趣味に費やして、色々な物を買い込めば、それを保管するための部屋が――
「――必要ないんだよなあ。次元収納があるから」
俺の次元収納は、容量に上限がない。
だから、どれだけの物を買い込んだとしても、部屋の外に物が溢れるという事態はあり得ないわけだ。
それでも引っ越そうとするのなら、オタク趣味に関連する場所に行きやすい土地を選ぶぐらいだろうか。
「なにはともあれっと」
俺はベッドマットから立ち上がると、部屋の真ん中へ。
そこで立ち止まると、目を閉じて集中する。
「空間把握」
空間魔法スキルの空間把握を使用する。
空間把握の効果は部屋の中を越え、アパートの他の部屋の様子まで、詳しく把握することができた。
俺は空間把握を維持したまま、俺は部屋のブレーカーを落とし、台所からナイフを取ると、台所のコンセントの元へ。
そのコンセントのカバーを開けると、明らかに電源とは関係のない、黒くて四角い部品がくっ付いていた。
これは盗聴器だな。
俺はナイフで部品のコードを切断して、盗聴器を次元収納の中に仕舞い、コンセントカバーを戻す。
次は調理台の上に乗ってから換気扇のカバーを外すと、換気扇の羽根が当たらない位置に、超小型の盗撮カメラが仕込まれていた。もちろん、これも回収。
その後も、色々な場所に仕掛けられていた、盗聴器や盗撮カメラを回収していった。
「さて、これで部屋の中にあったものは回収できた」
俺は空間把握を止めると、ブレーカーを戻してから、再びベッドマットに腰を下ろした。
盗聴器や盗撮カメラが回収されたことは、これらを仕掛けた人物や組織が把握するはず。
なんらかのアクションが起こるはずだよな。
そんなことを考えながら、十分ほど待ってみたが、俺の部屋に突撃してくる人どころか、スマホにメールや電話を入れてくるようなこともなかった。
アニメや映画のようにはならないもんなんだなと安堵する。
「それにしても、地竜を倒した際にスキルが色々とレベルアップしたけど、一番良かったのは基礎魔法のレベルがMAXになって得た新たな魔法だよな」
先ほどから、俺が遠慮なくスキルを使えているのは、俺の首に宝石心臓がないことからわかるように、その新たな魔法の力だ。
基礎魔法スキル、魔力生み。
その名前の通り、魔力を自力で発生させるだけの魔法。
ダンジョンの中では全く必要としない基礎魔法ではあるけど、ダンジョンの外でスキルを使うには大変有用だ。
それこそ、この魔力生みを発動させれば――
「――出てこい、精霊たち」
俺の呼びかけに、俺の手の平から、白いドレスワンピの光の精と黒いゴスロリ服の闇の精が現れた。
久々に掌の模様から出られたことを嬉しがる精霊たちだが、俺の身体から二メートルほど離れたところに至ると、慌てて近くに戻ってくる。
この精霊たちの動きからわかるように、俺が魔力生みで発生させた魔力は、俺の周囲二メートルほどの範囲までしか存在できないみたいだ。
そんな特性から、空間魔法スキルの空間貫穿で狙撃するなんて真似は、この魔力生みだけでは出来ないってことになる。
まあ、この魔力生みを発動させていれば、俺の周囲二メートルの場所では、スキルも使えるし精霊たちのようなダンジョンのモンスターも生存できるようになるわけだけどな。
「ほら、甘いものを出してやるから、食べろ」
次元収納からお菓子を多数取り出して、ベッドマット近くの床に置くと、精霊たちは嬉しそうに踊ると拾って食べ始める。すっかり包装紙を取るのも手慣れてしまっている。
そんな様子を見ながら、俺はスマホを取り出して、アニメ視聴を始める。
俺がじっとスマホを見ているのが気になったのか、精霊たちはお菓子を抱えたまま俺の背後にやってくると、肩越しにスマホの画面を見始めた。
アニメ一話を見終える頃には、すっかり精霊たちもアニメの魅力にハマってしまったようで、次を急かすように俺の頬を手で軽く叩いてきた。
この小さな同居人たちのために、大画面でアニメを見るために、チューナーレステレビでも買おうかな。
そんな事を考えつつ、急かされるままに、アニメの次の話を再生させた。
後日、自宅で俺と精霊たちは、ネット通販で買った大画面チューナーレステレビでアニメのサブスクを使ったアニメ視聴三昧という形で、自堕落にまったりと過ごしていた。
そんな日々に割って入るように、スマホにメールが入った。
てっきり盗聴器や隠しカメラの主が接触してきたのかと思いきや、探索者用の雑誌を発光している出版社の記者である、江古田記者からのメールだった。
文面に目を通すと、俺の話を聞きたいという取材の申し入れだった。
面倒だから拒否しようかとも考えたけど、今のダンジョン状況を確認するためと、俺の近況を広く周知するには雑誌取材は最適だなと思い直した。
「しかし、着ていく服がないんだよなあ」
今の俺の格好は、大人の身体だった頃のシャツを被ってワンピ―スみたいにした、だらしない格好。
これの他だと、病院で貰った子供服一式ぐらいしか、身体に合う服がない。
子供になったことを知らせるためには良い見た目だろうけど、あまり子供子供した見た目だと侮られてつけ込まれる隙になってしまう。
なにかなかったかなと、次元収納の中を確認する。
「地竜の鎧は大きさが自動変換されるから着れるけど、某聖な闘士の格好みたいに、装甲で護られていない場所もあるからなあ」
子供服の上にあの鎧がくっ付いたら、それこそ子供のコスプレにしか見えない。
今まで着ていた全身ジャケットが着られればいいんだけどなあと、とりあえず次元収納の中から出して広げてみることにした。
大人の身体に合わせて作った金ぴかジャケットなので、やっぱり俺の身体には合わないよな。
そう残念がっていたところ、徐々にサイズが小さくなり始めた。
「そういえば、このジャケットを魔石で進化させていたんだったっけ」
魔石で進化した武器は、自動修復機能がついていた。
そのことを考えると、ジャケットのような着る防具の場合だと、自動調節機能があっても変じゃないな。
ワクワクと期待しながら変化を待っていると、やがて変化が治まった。
さっそく小さくなったジャケットを着てみたのだけど――
「――身体に合ってない」
魔石で一段階進化させたぐらいじゃ、百七十センチメートルに合わせて作られた丈を、今の俺の百四十センチメートルの背丈にまで縮めることは出来なかったみたいだ。
余った袖や裾の長さを考えると、およそ百六十センチメートルぐらいまで縮まっている感じだな。
「仕方がない。子供用の紳士服を買いに行くか」
東京のデパートならあるだろうと、電車に乗って買い物にいくことにした。
アニメの視聴を切り上げさせられた上に、俺の掌にある模様に入らなきゃいけなくて、精霊たちは不満そうだったけどな。




