エピローグ1 あの後
俺が常春の飴を飲んでから、一ヶ月が経過している。
その間、俺が何をしていたかというと、ずーっと病院に缶詰になっていた。
役所で飴を食べて若返った直後、俺は東京都内にある政治家御用達で最高級かつ最高権威の病院へと連れ込まれた。
広い個室を宛がわれ、食べ物飲み物は望むままに与えられ、病院内なら何処へでも行くことができるが、一日に三度の検査は必ずある生活を送ることになった。
より詳しく言うとだ。
一日目に、この小さくなった身体で安全な範囲内の採取血液量――200mlを採られ、頭髪を梳いたときにでた抜け毛が回収され、唾液や小便を提出させられ、それは少量ずつ色々な研究機関に配られた。レントゲン写真やMRIの輪切り写真も複製されて同様に配られた。
どうしてそんなことを俺が知っているかというと、それらを研究機関へ送る同意書を書いたからだ。
二日目以降は、少量の血液と、身長体重に、MIR写真をとられた。レントゲンは、被ばく量の関係から、初日以降は行わないことになったらしい。
そうした検査の後は、小学生中学年生に適した運動量で、リハビリテーションセンターにて運動。
ここで初めて分かったことだけど、飴を食べる前の俺は一日中ダンジョンを歩き回っても疲れない身体に鍛えられていたが、若返った俺は小学生程度の体力の状態になっていた。
運動後は、少量の血液採取の後は、自由時間。
個室の病室で、大画面テレビでアニメを見たり、スマホでネット小説を読んだり、運動後の疲れで爆睡したりしながら過ごしていく。
検査と運動の毎日を送り続けて、分かったこともある。
常春の飴の効果は、若い状態のままで一生年を取らない、というもの。
だから成長しないと考えていたのだけど、そうでもないらしい。
運動すれば体力がつくし、筋肉痛を起こした後は少し筋肉が発達したし、暴飲暴食をすれば太った。
こうした俺の成長も、病院や研究機関側からすると良いサンプルなんだろう。
俺の状態が変化する度に、血液採取の量が増えたり、MIRの輪切り写真を取る時間がながくなったりした。
そんなこんなで一ヶ月が経過し、俺の担当医が代表して、病院と研究機関が出した検査結果を教えてくれることになった。
「結論から言いますと、小田原さんの体は、ごく普通の日本人小学生と同じものであると結論付けられました」
医者の発表に、俺は首を傾げる。
「この子供の身体で、不老長寿になったはずですけど?」
「その主張に嘘はないのでしょうが、小田原さんの身体や体液に、他の日本人小学生との違いを見出すことができませんでした」
「あのー、ほら、なんていったか。細胞の複製すると短くなるっていう、そんな物質があったでしょ。あれは?」
「テロメアのことですか? それも小学生と同じぐらいだと検査結果が出てます。これが短くなるのか、そのままなのかは、一ヶ月程度の検診では分かりません。十年単位で確認しないと、わからないことでしょう」
なるほどと頷いていると、医者が口を滑らせた感じで言葉を出していた。
「小田原さんが精通している身体なら、精子を調べれば、色々なことが分かったんでしょうけれど」
「色々とは?」
「もし不老の遺伝子というものがあるのなら、いまの小田原さんは必ず保持しているはずです。そして精子も、その遺伝子を保有している可能性が高い。他者の精子と比較すれば、不老の遺伝子が発見できるかもしれない。いや、小田原さんが小さくなる前に出したものと比較できていたのならより確実に」
医者の、医療従事者より研究者の面が出てきた様子に、俺は身の危険を感じた。
「言っておくけど、本当に、コレはピクリともしないんだからな」
俺が股間を指しながら主張すると、医者は分かっていると頷く。
「看護師に、それとなく寝ている際と朝の様子を確認させましたが、勃起した状態は一度も確認されませんでした。前立腺刺激で吐精させる案も出ましたが、恐らく無駄だろうと却下されましたよ」
「前立腺刺激って」
「不妊治療や射精不全の間者用に、そういう医療器具があるんですよ。肛門から差し入れる電極のものが」
想像するに恐ろしい図しか浮かばないけど、俺に使わないと決まったのなら心配は要らなさそうだ。
俺が安堵していると、医者が話の続きを喋りだす。
「ともあれ、一通りの検査と経過観察は終わりました。以後、一月に一度の頻度で、当病院ないしは近くの病院に通い、血液採取や皮膚片採取にご協力いただきたい」
「一月に一度、ですか?」
「後々、四半期に一度、半年に一度、一年に一度と、検査頻度は延びるでしょう。ですが、一先ずは一月に一度です」
仕方がないと納得し、俺は医者に一月に一度の通院を約束した。
これで退院になるかと思いきや、病室に看護師が入ってきて、紙袋を渡された。
なんだろうと中身を見ると、今後生活を送る際の注意事項という冊子が先ず目についた。
冊子を取って中身を確認すると、子供の身体にとって害になる食品や嗜好品――主に酒やタバコに関する注意がギッシリ入っていた。
年齢的や法律的に問題はなくとも、子供の身体のだから、酒やタバコは控えましょうということらしい。
あと、子供の身体ゆえの免疫力のなさを心配し、各種ワクチン接種は定期的にやって、重傷化しないよう努めることの注意書きがある。
その他も、大人の身体から子供の身体に変わったことで起こり得るだろう違いも、ずらずらと書かれてあった。
後々に読み込もうと判断し、紙袋の中にある別のものを取り出す。
出てきたのは、俺のパスポートと自動車免許証とマイナンバー付き国民健康保険証。そして俺の身体に合う、子供服と靴だった。
いつの間に身分証一式を回収されたのかは知らないが、どれも以前の俺の顔写真ではなく、いまの俺の顔写真に変更されたものになっていた。
俺は身分証たちと冊子を紙袋の中に戻し、次元収納に仕舞おうとして――ここが病院の中であることを思い出して、止めた。
その代わり、病院着から子供服に着替えることにした。
量販店にある安値の子供服だけど、タダでくれるんだから、文句はない。
そうして着替えを終えたところで、医者と看護師から病室からの退出を促された。
どうやら本当に、もう帰って良いらしい。
こうして俺は、一ヶ月に渡って行われた、病院での検査生活を終えることとなった。