三百三十八話 地竜討伐・前編
俺が寝て起きると、近くに探索者の姿は一人もなかった。
どうやら寝ている間に、レイドパーティーを組んだ探索者たちは地竜に挑みに行ったようだ。
「はてさて、彼らは勝ったのか、それとも負けたのか。二十階層に行ってみればわかるよな」
もし彼らが勝てていたら、二十階層にいる地竜は新しい個体になるため、怪我のない真っ新な体をしているはずだ。
逆に負けていたら、俺が以前に与えた傷や、レイドパーティーが新たに作った傷が身体に残っているはずだ。
果たしてどちらだろうなと考えつつ、寝袋を次元収納に仕舞い、地竜に挑むための景気づけにペットボトルのコーラを一気飲みする。
「げふーっ。よし、糖分とカフェイン摂取で、気合も入った。さて、行くか」
階段の先には、黒い渦がある。
今まで中ボスに挑んだ経験から判断するに、二十階層に他の探索者がいるのなら、あの黒い渦は消えているはず。
つまり黒い渦があるということは、探索者たちは勝って先に進んだか、負けて撤退したか、それとも全滅して躯を晒しているかの、どれかの道を辿ったことになる。
さてさて、その結果はどうなったのか。
俺は黒い渦に入り、二十階層に出現する。
俺が二十階層の周囲の様子を確認すると、砕けた日本刀や千切れ飛んだ日本鎧の破片が地面に転がっていた。よく見れば、床に血痕もある。しかし、死体はない。
視線を先に向けて地竜の様子を確認すると、真新しい傷がいくつか増えてはいるものの、とても健在なご様子である。
「つまり、レイドパーティーは地竜に敗けて、撤退したってわけだ」
レイドパーティーが地竜の体に多少の傷をつけてくれたことには感謝してから、俺は地竜と戦うことにした。
俺は先ず、次元収納から多脚戦車を一匹出し、その背に乗った。
「全速前進だ!」
俺の命令に従い、多脚戦車は足先の車輪を高回転させると地竜へと高速移動を開始した。
そんな俺の行動に対し、地竜もすぐに行動を開始する。
互いの離れている距離を縮めるために、四つ足の全速力で近づいてくる。
お互いに接近しようとしたことで、瞬く間に接近戦に適した距離になる。
この段階で有利なのは、体が大きいことで攻撃範囲が広い、地竜の方だ。
地竜は、俺と多脚戦車に向かって、前脚の片方を振り上げる。
「回避しろ!」
俺の命令に従い、多脚戦車は地竜の前脚による攻撃を回避した。
しかし地竜もさる者で、振り下ろした足をダンジョンの床に叩きつけることで、小さな地揺れを発生させる。
高速移動中の多脚戦車は、足先にあるタイヤを回転させて地面を滑っている。
だから小さいとはいえ地揺れが発生すると、各脚のタイヤと地面のグリップがマチマチになってしまうことで、上手く高速移動が出来ない状態に陥る。
多脚戦車は移動速度を減じさせることで、タイヤのグリップを復活させたが、地竜の間近の位置での行動としては悪手でしかない。
移動速度が落ちれば、その分だけ、地竜の近くから退避するための時間が必要になってしまうんだから。
でも、その悪手を挽回する手立ては、俺にはある。
「闇の精! 地竜の動きを鈍らせろ!」
俺が号令すると、俺の手の平から闇の精が飛び出てくると、地竜の全体にデバフをかける黒いドームで覆った。
地竜の黒いドームの効果により、身動きが一割減で鈍くなる。
その地竜の動きが鈍った具合と、多脚戦車がタイヤのグリップを復活させるための減速が、吊り合った。
地竜の次の攻撃である、長い尻尾による打ち払い。それを多脚戦車は、機械の足全てを使って床から飛び上がることで回避することに成功した。
「ここからは、こっちの手番だ!」
俺は手にある魔槌に爆発力を発揮させ、地竜の体表に打ち付けた。
魔槌の打面から爆発が起こり、地竜の体を覆う鱗にダメージを与えた。
しかし、結果は芳しいものじゃなかった。
「チッ。空振りチャージなしだと、鱗が破壊できないみたいだな」
俺は多脚戦車を駆け回らせながら、再び魔槌に爆発力を発揮させる。その後で、空振りを一回行い、爆発力を一段階上げた。
地竜を打撃し、魔槌が爆発。
しかし空振り一度では、鱗を破壊するほどの爆発力にはならなかったようだ。
ではと、二度空振りを行い、爆発力を二段階上げた状態で、地竜を打撃。
すると今度は、魔槌が打った鱗に罅割れが確認できた。
「空振り二回で、鱗一枚を罅割れさせられるのか。地竜を倒すのオリジナルチャートは続行可能な情報だけど、これだと持久戦になりそうだ」
俺は闇の精に新たな命令――地竜の顔に向かって、デバフを与える黒い球を連続発射させる。
その間に、もう一方の精霊である、光の精を呼び出す。
「光の精。光輪を地竜へ乱射しろ。狙いはつけなくていい」
光の精は、俺が命じた通りに、光輪を生み出す端から地竜へ投げつける。
光輪は地竜に当たると、体表にある鱗の上を滑るように移動し、やがて消える。
光輪が走った場所にある鱗には、薄っすらと傷がついているが、割れるほど大きな傷ではない。
しかし乱射される光輪が二度三度と走った部分にある鱗だと、つけられた傷が深くなって罅割れが発生するものも出てきた。
高速移動する多脚戦車に乗りながら、魔槌と光輪で地竜の鱗にダメージを与えていく。
地竜も攻撃を受けるばかりではなく、前脚で、尻尾で、噛みつきで、反撃をしてくる。
しかし地竜は体が大きいため、攻撃をしようとする前段階の動きも大きい。
その前段階の動きさえ掴み損ねなければ、攻撃を回避することは容易いので、俺と多脚戦車は無傷のままだ。
俺は逃げ回りつつ、地竜の体全体にある鱗を魔槌の爆発と光輪の乱射で傷をつけ続ける。
このままの状態で戦闘が推移すれば、やがて地竜の鱗は全て罅割れて、防御力が低下することは間違いない。
「でも、このままでは終わらないよな」
俺が呟いた言葉を証明するように、地竜は四つ足を地面につけて固定すると、体躯を大きく膨らませ始める。
傷ついた鱗を体から射出する、全包囲攻撃の予兆だ。
「精霊たち、手の中に戻れ! 多脚戦車は防御姿勢!」
精霊たちは姿を消し、多脚戦車は体の前面だけを地面につけるお辞儀のような屈んだ体勢へ。
俺は多脚戦車の上から降りて、屈んだ多脚戦車の内側に退避する。
そして、多脚戦車の防御力を上げる方策を行う。
「魔力鎧!」
俺の宣言に従い、魔力鎧が発現する。
薄く輝く魔力の鎧は、俺の身体にではなく、多脚戦車の体を覆うように展開する。
魔力鎧という増加装甲を纏った多脚戦車へと、地竜の体から放たれた鱗の欠片が殺到した。
地竜の体全体を傷つけた所為か、今までで体験した中で一番、鱗の欠片が飛来してくる数が多かった。
それこそ、夕立にあったさいに聞こえるような、多数の飛来物が奏でる『ざざっ』という音が聞こえるほどだった。
俺が予想した以上の大量の鱗の欠片の飛来に、俺が盾にしている多脚戦車は晒された。
魔力鎧は数瞬で砕け散り、多脚戦車の装甲が打ち貫かれる音が響く。
鱗の射出は十秒にも満たない時間で終わったものの、その短い時間の間に多脚戦車は全体的にズタボロになってしまい、やがて薄黒い煙に変わってしまった。
「魔力鎧を纏わせれば耐えられると考えていたけど、甘い判断だったな」
俺は多脚戦車一匹を失ったが、まだ次元収納の中には三匹の多脚戦車が残っている。
次の多脚戦車を次元収納から出して、再び騎乗する。
そして精霊たちも再出現させて、先ほどまでと同じ戦法を繰り返す。
再び地竜の鱗に攻撃が阻まれてしまう状況ではあるが、地竜が傷ついた鱗を射出した前とは違っている部分もある。
地竜は、傷ついていたとはいえ防御を担っていた鱗を射出した影響で、体のいたる部分で地肌が見えている。
その地肌に、俺の魔槌の爆発や光の精や光輪が運よく当たると、出血を起こすことが出来た。
ほんの小さな出血でしかないけど、地竜を傷つけることに成功した事実に、俺は地竜を倒すためのオリジナルチャートが成功していると確信した。




