三百三十一話 地竜と戦ってみた
頭の中で構築した戦法を試すため、俺は空間偽装で姿を消しながら二十階層へとやってきた。
俺は二十階層の床を踏んですぐに、多脚戦車三匹を次元収納から出撃させる。そして、その内の二匹の背中に、光の精と闇の精を取りつかせた。
多脚戦車たちは足先の車輪を使って、滑るように素早く地竜へと近づいていく。
「やれ!」
俺が姿を隠したまま命令を発すると、多脚戦車は装備させた火炎放射器で火を放ち、光の精は光による目つぶしを行い、闇の精はデバフをかける球体を地竜がいる場所に生じさせた。
地竜は、火炎放射器の炎で鱗を炙られ、光の目つぶしで目が開けられなくなり、闇の精のデバフで身動きが悪くなる。
しかし翼はなくとも、地竜もファンタジーで最強の竜種だ。
鱗が炎で赤くなろうと、目がみえなかろうと、動きが鈍くなろうと、身振り一つが驚異なのは変わらないらしい。
炎に炙られながら、地竜は前脚を大きく一閃させた。
たったそれだけで、火炎放射器の炎は横へと棚引き、地竜の身体から狙いが外されてしまう。
もちろん前脚を振った風圧によるズレなので、時間が経てば狙いは元に戻る。
しかし、そのズレている時間で、地竜は多脚戦車の一匹を狙った体当たりをしかけてきた。
巨体ゆえ、初速は遅い。
しかし一度速度が上がれば、逆に大質量だからこそ、走る勢いは止められない。
俺は傀儡操術で操り直し、光と闇の精霊たちが乗っている多脚戦車を優先で回避させた。
その優先順位のせいで、残る多脚戦車の一匹の回避が間に合わなくなった。
突進してきた地竜の直撃は免れたものの、多脚戦車の足の一本が地竜の体表に掠ってしまう。
『ギャリン』と、金属が削られる音と共に、地竜に掠った多脚戦車が独楽のように回転した。
その多脚戦車は、どうにか体勢を立て直したものの、地竜に当たった足の一本は使い物にならなくなってしまっていた。
「目を潰し、動きを鈍らせても、こんなに強いのかよ」
今まで集めた情報を元に地竜の実力を想定したはずなのに、それ以上の強さを見せてきている。
このままじゃ、いいところなしで、今回の戦いも逃げ帰ることになってしまう。
「新情報の、お土産一つぐらいは欲しいよな」
俺は空間偽装を止めて姿を現し、そして次の行動に入る。
「空間貫穿」
宣言し、空間魔法の黒い杭を生じさせる。
長さは三十センチメートルほど、太さは五センチメートルぐらい。
太い釘といえるぐらいの大きさの、一本の杭。
遠距離攻撃の威力を確保しつつ、射出前の溜めを極力少なくするには、これが限界の大きさだ。
俺は射出までの溜めの時間を、出現させた杭の狙いをつけることに費やす。
そして、空間貫穿の杭が射出された。
黒い杭は空中を弾丸以上のスピードで飛翔し、地竜の肩の部分に着弾した。
深々と杭が入り込んだのが見えたので、鱗だけでなく筋肉まで突破したことが分かる。
しかし、雑居ビル程度の大きさを持つ地竜相手に、全長三十センチほどの杭の威力なんて、注射針を刺された程度の怪我を負わせるのが精々だ。
でも、小さくとも、怪我は怪我。
地竜は、怪我の痛みを瞳に浮かぶ怒りに変えて、俺の方に顔を向けてきた。
得物を見つけたと言わんばかりの表情だが、俺に集中していていいのかな。
「光の精。光輪だ。狙え!」
俺の指示に、光の精は多脚戦車の背中に乗った状態で地竜に近づき、光輪を勢いをつけて発射した。
光輪が飛ぶ先は、先ほど俺が傷をつけた場所。
空間貫穿の杭によって鱗が割れていて、防御力が下がっている。
光輪が的確に当たれば、より深い傷を作ることができるはずだ。
その俺の狙いの通り、光輪は地竜の肩の傷に命中し、傷口を広げることに成功した。
俺と光の精という、身体に傷をつけた存在が二つ。
地竜は、そのどちらを優先して倒すか悩むように、頭を巡らせる。
しかしすぐに、どちらも倒せば良いと結論を出したかのように、大口を開けてみせてきた。
山津波のような土石を口から吐きだす、地竜の土の吐息だ。
広範囲攻撃である土の吐息は、避けようと思っても避けきれるものじゃない。
「でも対策はある。闇の精! 球を食わせてやれ!」
俺の指示に従い、闇の精は地竜が開けた口に向かって、毒や麻痺の効果がある黒い球を連射する。
地竜の巨体に比するとゴマ粒ぐらいに小さくて、効果に期待が持てそうにないよう映るが、そこは精霊が使う魔法だ。巨体の地竜にも、ばっちり効いたようだ。
地竜は土の吐息を口から出す代わりに、気分が悪そうに嘔吐き――嘔吐反射を起こした。
「吐息がキャンセルになったのなら、空間貫穿」
俺が遠距離攻撃で地竜の鱗を破壊し、光の精の光輪が傷口を広げ、闇の精が黒いフィールどや黒い球で地竜の動きを鈍らせる。
多脚戦車たちも、火炎放射器で炙ったり、広がった傷口に飛びかかって足をねじ入れたりと、攻撃を行っていく。
俺たち側の一ターンの攻撃で与えられる傷は少ないが、地竜の行動を阻止し続けることができていることもあり、徐々に地竜に傷を蓄積させることに成功している。
このままいけば、地竜の命を削り切ることが出来るかもしれない。
そう俺が思ったとき、地竜の動きが変わった。
四つ足を地面にしっかりとつけてから、大きく息を吸い込み始めたのだ。
徐々に地竜の体が膨らんでいき、元の五割増しぐらいの体積になる。
すごい膨らみ方だなと思う一方で、地竜の肌を見て、俺はしめたと思った。
「体を膨れさせたから、鱗と鱗の間に空間が出来ているぞ!」
あの場所を突けば、俺が空間貫穿で鱗を割らなくても、光の精の光輪で切り刻むことが可能だろう。
俺は光の精に攻撃指示を出そうとして、直前で嫌な予感がして行動を撤回し、即座に別の行動に入った。
「精霊たち! 手の印に帰還しろ!」
俺が宣言した直後、多脚戦車に乗っていた精霊たちは、最初から居なかったかのように消失した。
しかし本当に消えたわけではなく、俺の手の内に刻まれた精霊の印に戻ってきただけ。
事実、光と闇の精霊たちは、俺の両手から生じると、命令が不満だと言いたげな顔を向けてきている。
だが、その顔も長々と見る機会はなかった。
なぜなら、俺が大慌てで魔力盾を自分の前に展開しなければならなかったからだ。
「魔力盾――」
俺が宣言し、魔力盾が俺の前に展開された。
その直後、空気で膨れた地竜が身を震わせた。
すると、地竜の肌を覆う鱗のうち、俺が空間貫穿で割った鱗だけが体から剥がれて、地竜の四方へと素早く散らばった。
割れた鱗は、どれも戦車装甲並みの厚さと重量を誇っている。
例え欠片でも、人間の身体に当たろうものなら、対物ライフルの直撃よりも悲惨な結果になるのは目に見えている。
事実、俺が展開した魔力盾も、破片の一つを押し返しただけで、耐久度が全損して消えてしまった。
「うへぇ。危ないな、まったく」
俺が割った鱗の数が少なかったこともあり、鱗の破片の飛び散りも少ない数しかなかった。
しかし、運悪く破片が一つ当たった多脚戦車は、命中一発で致命傷になってしまい、薄黒い煙に変わってしまった。
「地竜に新たな手札を公開させることに成功したとはいっても、割った鱗をまき散らしてくる攻撃は厄介が過ぎる」
調子良く地竜を攻撃すればするほど、このまき散らし攻撃の威力は上がるはずだ。
「まき散らしてしまった鱗があった場所は、そのまま地肌がむき出しで弱点になるみたいだな。けど、先に攻撃で傷をつけているから、そこに追加攻撃して効果があるのかどうか」
俺は傀儡操術で、生き残った多脚戦車を身近に集合させる。
攻略の練り直しで、撤退だ。
足一つが壊れた多脚戦車を撤退完了の囮として地竜に突撃させると、俺は傷が浅い一匹を次元収納に入れ、両手の印に精霊たちを収容し、出入口の渦へと飛び入った。
俺の視界が一瞬にしてダンジョンの外の景色に切り替わるが、その一瞬の直前に囮の多脚戦車が地竜の足に踏みつぶされた光景が見えた。