三百二十六話 二十階層
一日の自宅休養を経て、俺は東京ダンジョンに戻ってきた。
今回の目的は、二十階層に入って見て、どんなモンスターが待ち構えているかを知ること。
相手は、今まで前人未到の場所にいる、ボスモンスターだ。
この一度目で倒せるような、そんな甘い相手じゃないはずだ。
だから俺は、今回は情報収集に努めることに決めていた。
俺は東京ダンジョンの出入口から十六階層に入り、そこから十九階層へと上がっていく。
以前、買い取り窓口の職員が語っていたように、最前線組の探索者たちが十九階層に戻ってきているようだ。
どうしてそう分かるかというと、十九階層の出入口にあるテントの数が、最盛期の頃に戻りつつあるからだ。
そして以前と違う変化があり、それはテントの何個かに一つの割合で折り畳み式のリアカーが置かれている点だ。
十九階層中層域のチャイルドドラゴン。そのレアドロップ品のドラゴン肉は、百キログラムはありそうな肉塊だ。
そんな肉塊を持ち運ぼうと考えたら、リアカーの荷台か、容量が見た目以上なミミック鞄か、LV2以上の次元収納スキル持ちが必要になる。
ああしてリアカーがあるのを見るに、金を払えば手に入り易いリアカーを、チャイルドドラゴンのドラゴン肉を狙う探索者は選んだってことだろうな。
ともあれ、そんな光景を横目に、俺は二十階層に上がるための階段を目指して、十九階層を進んでいく。
その順路上を進んでいくと、浅層域、中層域までは、ある程度の数の探索者を見かけた。
しかし深層域に入ると、まるっきり人がいなくなり、俺一人といった状況になった。
「攻略を目指す最前線組は、こっちでモンスター相手に戦っていてもいいのにな」
でもよく考えてみると、ここのモンスターたちの戦法は、土の精の砂嵐やドラゴンゴーレムの火炎放射など、搦め手が主体だ。
戦い方を熟す相手としては最適だろうけど、地力を付けるための相手として考えるとイマイチな感じがある。
逆に中層域のモンスターたちは、獣人暗殺者以外は力押しな戦い方をしてくる。
地力を育てるという意味では、力づくな中層域のモンスターの方が適しているのかもな。
チャイルドドラゴンのドラゴン肉っていう、一つで二千万円近い報酬が貰えるオマケもあることだしな。
そんな事をつらつらと考えている間に、十九階層深層域にある上り階段に辿り着いていた。
「さて、行くとしようか」
階段を上っていき、やがて階段の先に二十階層へ行くための黒い渦を見つけた。
俺は黒い渦に入る前に、入って即不意打ちを食らっても平気なように、治癒方術のリジェネレイト、基礎魔法の魔力鎧、空間魔法の空間偽装を使っておくことにした。
魔力鎧ごと、俺の姿は空間偽装によって、周囲の形式と同化する。
そうした準備が整ったところで、二十階層へ入るための渦へと飛び込んだ。
二十階層は、今まで通ってきたダンジョンの中で、一番大きな場所だった。
天井は見上げると首が痛くなるほど高くにあり、壁の端も薄っすらと霞むほどに遠くにある。
目算で、天井までの高さは五十メートル、出入口から反対側までの壁までは二百メートルはある。
そんな広い空間の中に、これまた大きなモンスターの影があった。
その影の大きさは、大型トラックやダンプカーを越えていて、横倒しになった雑居ビルかのよう。
あまりの大きさに面食らったものの、その大きさよりも、もっと注目するべき点がある。
それは、その影の正体が、戦車の装甲板かと思うほどの分厚い鱗で身体を覆っている、正真正銘の成竜であること。
俺の予想通りではあったものの、ファンタジーで定番と言える強者の存在感は、実際に体感してみると身体の震えが自然と湧きあがってくるほどの威圧がある。
ここまでの情報の中で唯一の救いとなるのは、この成竜の背中に翼がない――つまり地竜という区分に入る、空を飛ぶ竜よりかは一段階は弱い竜であること。
しかし本当に弱いのかと、俺は視界の先にいる地竜の姿に疑念を抱いてしまう。
横に倒れたビルのような、超大型の身体。そしてその身体の表面には、ありとあらゆる攻撃を跳ね返しそうなほど、分厚い鱗がある。
あの巨体がちょこっと動けば、土砂を満載にしたダンプカーに轢かれたみたいに、人間など即座に挽肉になることだろう。
あの分厚い鱗を貫通さえよううとするのなら、最新鋭の戦車砲と同じものが必要だろう。ダンジョンの特殊な物理法則に適応するために、砲身から砲弾まで全てを手作りした、そんな砲塔がだ。
考えれば考えるほどに、あの地竜を突破することは難しいんじゃないかと思ってしまう。
俺は、どう戦ったものかと考えつつ、ちょっとずつ出入口にある白い渦へと下がっていく。
そうしてあと一歩で出入口の渦に入れるという場所に位置を移すと、地竜の力を試す方法を実行することにした。
俺は次元収納から多脚戦車を一匹出すと、傀儡操術で操作して、地竜へと突撃させた。
唐突に登場して突進してくる多脚戦車に、床に伏せていた地竜が気付き、四つ足で立ち上がる。その際、身体を覆う鱗が擦れ合い、多数並んだ風鈴のような甲高くて硬質な音が連続した。
戦闘態勢に入った地竜は、迫りくる多脚戦車に対して、どんな行動をするのか。
それを見守っていると、地竜は軽く前半身を立ち上がらせ、そして両前足で床を踏みつけた。
直後、震度4に匹敵する揺れが、床を走った。
その地揺れは、時間にすれば一秒に満たない短いものだったが、それでも立っている者を傾かせる威力はあった。
ましてや、高速で接近しようとしていた多脚戦車の場合は、四つ足という安定さがあるにも関わらず、揺れに足を取られてすっ転ぶことになっていた。
高速移動のまま倒れた多脚戦車は、床に擦れる身体から火花を散らしつつ、地竜の方へと滑っていく。
そうして地竜の足元まで滑ってきたところで、地竜の前脚に蹴られて吹っ飛ばされた。
遠目で見るだけなら、ちょんと爪先で蹴ったように映る蹴りだった。
しかし蹴られた多脚戦車は、その一撃で全体がバラバラになってから薄黒い煙に変わって消えた。
軽く蹴った様子で、あれだけの高威力。
もし多脚戦車よりも柔らかい人間が食らったと仮定したら、バラバラに吹っ飛ぶのではなく、手で叩かれた羽虫のように潰れてしまうことだろう。
しかし、いまの攻防だけでは、地竜の全てが分かったとは言い難い。
俺は新たに二匹の多脚戦車を次元収納に出すと、今度は慎重に地竜に近づかせた。
地竜も、さきほどの地揺れでは転倒させられないと悟っているのか、大人しくその場で多脚戦車が近寄るのを待っている。
多脚戦車たちは地竜に近寄ると、そこから一気に飛びかかり、機械の足による打撃を繰り出した。
しかし攻撃の結果は、鉄板を強く叩いたような音がしただけで、地竜の鱗に傷一つ付けることができなかった。
それでも何度も多脚戦車は攻撃をしていくが、やっぱり傷を負わせることすらできずにいる。
何度か攻撃を受けた後で、地竜は新たな動きを見せた。
多脚戦車が飛びかかってきたのに合わせて、犬が体毛の水気を弾き飛ばす際にするような、大きな身震いを行ったのだ。
ブルブルどころか、ブオンブオンと音がでそうな身振りに、多脚戦車二匹が巻き込まれた。
金おろしで金属を削ってしまったような音が響き、多脚戦車の身体の三分の一が地竜の鱗に一瞬で削り取られ、それが致命傷となって薄黒い煙に変わって消失した。
身震いすら、必殺の威力。
流石は、弱い種類と言っても、ドラゴンはドラゴンだ。
そう感心すると共に、勝ち目を探すのが難しいと悟った。
それと同時に、あの女性像が持つ金の小箱の中に、長大な大太刀が入っていた意味に気付く。
「あの大太刀を地竜を切り裂くドラゴンスレイヤーに変えるのが、あの金の小箱の正答な使い方なんだろうな」
あえて気付いたことを小声で口に出して語ったところ、地竜の目がこちらに向いた。
どうやら耳も良いらしい。
小声で反応されると、姿を隠して接近しての不意打ちも効かないだろうなと判断し、俺は背後にはる白い渦へと飛び込み、二十階層から脱出した。