三百二十五話 女性像の金小箱
見目麗しい女性像が持っている、金の小箱。
この小箱には、中に入れたものを強化する機能があるんじゃないだろうか。
そして、その機能を利用すれば、俺が望む不老長寿の秘薬が作れるんじゃなかろうか。
そんな考えの下、実際に不老長寿の秘薬を作ってみる試みを行うことに決めた。
「本来なら、まずは小箱の機能がたしかか確かめるべきなんだろうけど」
しかし、この金の小箱は女性像の手元にくっ付いて離れないため、次元収納の中に入れて識別を働かせて効果を調べるということはできない。
なら別のもので強化可能かを調べる方法はどうか。
しかし、もしかしたら一度強化に使ったら、二度目がない可能性がある。
そう考えると、この一度目の試みに全てをかけてみるべきだろう。
「不老長寿の秘薬に使えそうなアイテムは、次元収納の中にあったかな」
使えそうなものと言えば、放出せずに残していた五年は命が伸びるという延命薬がいくつかと、十九階層深層域の迷路の中で見つけた宝箱から回収した若返り薬数本ぐらい。
でも、これだけで不老長寿の秘薬が作れるとは思えない。
「とはいえ、ここまでの階層で宝箱を開け続けてきたけど、この二つ以外で不老長寿の秘薬の素材にできそうなものって無いんだよなあ」
どうしたものかと考えて、回復薬系統を小箱の要領限界まで詰め込んでみようと決めた。
「治癒方術のメディシンで、回復薬を大量に作ることができるしな。あとLV5になった際に覚えた延命の魔法薬は作ってなかったし」
とりあえず、この大部屋の中で、俺は時間をかけて作れるだけの魔法薬を作って小箱に入れてみることにした。
まずは次元収納の中に入れたままだった、延命薬と若返り薬、そして良く効く方のポーションを小箱に入れた。
ポーションは五十個ほどあったのだけど、全部小箱の中に入ってしまった。そしてまだまだ入りそうな手応えがある。
「それなら、欠損回復薬や病気治しポーション、それと延命を魔法薬化したものを、次々入れていこう」
治癒方術のメディシンを使って、各種魔法薬を作りつつ、作った端から小箱の中へと入れていく。
まだ入る、まだまだ入る、もっと入る、もっともっと入る。
作った魔法薬をぽいぽいと入れ続けていく。
投げ入れた数は、合計で百を超え、二百を過ぎ、やがて三百へと届こうとしていた。
ここまで来ると数を数えるのも嫌になったので、無心で魔法薬を作っては小箱に入れていくことに腐心する。
そうしてひたすらに、魔法薬を作っては小箱に入れるのを繰り返し続け、そして小箱に入れようとした延命の魔法薬が床に落ちた。
「……手元が狂ったかな」
俺は延命魔法薬を拾い上げ、再び小箱の中に入れようとする。
しかし、再び魔法薬は小箱の中に入ることなく――いや、小箱に弾かれるようにして、床に落ちた。
明らかに普通とは違う現象に、俺はハッとした。
「もしかして、小箱の容量がいっぱいになった!?」
どれほどの魔法薬を突っ込んだかは分からないけど、数が分からなくなるほどの量を入れたことは分かる。
そう考えれば、小箱の容量が限界に至ったということにも納得がいく。
試しにと、俺は小箱に手を入れて、中にあるポーションを一つ取り出す。そして出したポーションを、そのまま小箱に戻すと、ポーションは中にちゃんと入った。
ではと、手にある延命魔法薬を入れようとすると、今度は入らない。
やっぱり容量が限界に至っている。
「よし、それじゃあ、次だ」
順当に考え、開けている小箱の蓋を閉じることにした。
金の蓋をゆっくりと下ろしていき、見つけたときと同じように確りと箱に被せた。
すると『ガチッ』と、鍵が閉まるような音が響いた。
もしかしてと、蓋を開けようとするが、どれだけ力を込めても開く様子はない。
「問題は、これが強化が終わるまでの措置なのか、それとも二度と開かないようになっているかだな」
俺は少し女性像から距離を取り、全体的に見て、何か変わった場所がないかを探る。
しかし見た目に違いはない。
「強化が終わったかどうか、見た目からじゃ分からないのは問題だな」
いったい、どれぐらいの時間がかかるのか。
いや、そもそも強化が行われているのか否か。
それらが全く分からないまま、俺は待つことしかできないと悟った。
とりあえず、女性像と小箱のことは横に置くとして、俺は十九階層深層域を全て解明することに成功した。
これから先の俺の予定は、女性像の小箱が開いているかを確かめるか、二十階層に進出するかになる。
「迷路を攻略しきっていないって偽るため、女性像の様子を見がてら、十九階層深層域に通うのもアリだけど」
でも、迷路は全て解明してしまったので、今までと同じように一週間泊りがけで探索するという気概は持てそうにない。
女性像への行き帰りと、その途中で他の宝箱の中身を回収するため、三日間の泊りがけが上限って感じだ。
そして正直、そういう作業をやる意味も薄い。
なにせ十九階層深層域の宝箱の中に、不老長寿の秘薬が入っている可能性は極めて低いと分かっているからな
「かといって、二十階層に行くのもなあ……」
二十階層は、通例に従えば、強力なモンスターが門番をしている場所だ。
そして十八階層以降にドラゴン系統のモンスターが出てきていることを考えると、二十階層のボスはドラゴンの可能性が高い。
そのドラゴンが、空を飛ぶ真のドラゴンなのか、羽根のなくて地を這う方の弱体化ドラゴンなのか、はたまた翼竜めいたドラゴンモドキかは分からないが、ドラゴンが強敵なのは全てのファンタジー作品で共通している。
そうしたドラゴンだと予想できる相手に挑むにしては、俺の戦意の高ぶりはイマイチな状態だ。
なにせ俺がダンジョンに入っている目的は、不老長寿の秘薬を手に入れること。
そして例の女性像の金小箱の中で、その不老長寿の秘薬が作られている可能性がある。
その可能性が否定できない間は、命を懸けてダンジョンの先に行こうという気概が湧いてこないのだ。
「どうしたもんかなあ」
俺の目的を考えれば、金小箱が開く時間を待つべきで、命の危険が高い二十階層に行くべきじゃない。
しかし金庫箱が開くまでの時間、やることがなくて暇なのも確かだ。
その暇な時間を、普通なら自宅でアニメ視聴やラノベ読書に用いるんだけど、自宅に居れば金小箱が開いているかどうかが気になるに違いない。
かといって、金小箱があくまで、あの女性像のところに日参するのは不毛の極みだ。
どうせ探索者たちは迷路状の通路の奥にまでやってこないだろうから、放置していても問題ないはずだ。
そう理屈では分かっているのだけど、万が一小箱の中身を奪われたらと考えると、やっぱり気になって仕方がない。
その心配を払しょくするためには、やっぱり女性像に日参するか、探索者たちが十九階層深層域の奥に入らないようにするか。
探索者たちを十九階層深層域に目を向けなくさせるには、二十階層の敵がどんなモンスターかを周知させ、多くの探索者を二十階層へ駆り立てることが最前だろう。
しかし二十階層に入るのは危険なので、俺の目的を考えるのなら入るべきじゃない。
「あー! 考えが堂々巡りになっている!」
俺は一度思考をスッパリと止めてから、一番重要なことだけ考えることにした。
「俺の目的は不老長寿の秘薬を手に入れることだ。あの女性像の小箱の中身は、仮に探索者が深層域に入るようになっても迷路を突破するのに一ヶ月の時間はかかるだろうから、取られる心配は即座にはない。そして中身は不老長寿の秘薬になっているか不確か。なら、不老長寿の秘薬を入手する確率を上げるためにも、二十階層を突破して先に行く条件を整えておくべきだ」
俺はそう結論付け、まずは二十階層のモンスターが何なのかを確かめることに決めた。
今までの傾向から、ボスがいる場所から逃げることは出来ている。
二十階層のモンスターが危険そうなら、早々と逃げを打てば、危険はかなり低いはずだ。
「そう決めたのなら、ダンジョンの外に出て、自宅で休養だ」
俺は女性像のある大部屋から出ると、多脚戦車にタンデムして、高速移動で十九階層の出入口を目指した。




