三百二十一話 闇/光の精
就寝含みの休憩を終えて、俺は迷路状の通路の解明作業に戻ることにした。
一ヶ月かけて俺が調べ終えたのは、魔法の地図を見る限り、迷路全体の半分といったところ。
単純計算で、もう一ヶ月かければ、迷路を全て解明できることだろう。
「戦闘にも一層慣れてきたから、もうちょっと早まるかもしれないけどな」
なんて独り言を呟いていると、使用していた空間魔法スキルの空間把握により、進行方向にモンスターがいるという情報を掴んだ。
俺は、空間把握から空間偽装に切り替え、自分の姿を周囲と同化させて隠す。
その状態で、足音を立てないよう、そろそろとモンスターたちの方へと近づいていく。
そして、相手に気付かれないように接近し終えたところで、土の精二匹を魔槌で手早く屠り、他のモンスターを空間断裂や空間貫穿で一掃した。
何時ものように手早く倒せたことに満足し、ドロップ品を回収し始めて、うっかりしていたと反省する。
「そうだ。精霊召喚スキルが手に入ったから、試してみようと思っていたんだった」
つい、何時もやっているようにモンスターを倒してしまった。
うっかりしていたと反省しつつ、ドロップ品の中にあった魔石を魔槌に吸収させてやってから、通路の解明作業に戻る。
次こそは、闇と光の精霊たちを使ってやろうと決めつつ、空間把握で周囲の状況を掴みつつ進んでいく。
少しして、モンスターたちが進行方向にいることを掴んだ。
再び俺は空間偽装で姿を消しつつ、モンスターたちの方へ接近。
迷路の曲がり角で立ち止まると、道の先を覗き込むようにして確認。
モンスターたちの内訳は、ドラゴンゴーレム三匹、竜人一匹、土の精三匹の組み合わせ。
俺が姿を見せれば、土の精三匹かかりで作る濃い砂嵐で足止めされ、竜人が俺の砂嵐の突破を阻みつつ、ドラゴンゴーレム三匹による火の球の乱射してくるという、とても厄介な戦法を使ってくるだろう。
その戦法を使わせないためには、先ほどと同じく姿を隠したまま接近して一掃することが適切な戦い方なんだけどな。
しかし、手に入れた精霊召喚スキルを使ってみると決めている。
仕方がないと諦め、いざとなったら撤退も視野に入れつつ、俺は空間偽装を解いてから左手の内に刻まれた闇の精と繋がる印に意識を集中させる。
「現れろ」
俺が命じると、左手の先に闇色の球が現れ、それが全長三十センチメートルの闇の精に変わった。
闇の精は、俺にニッコリと笑いかけたあとで、なにかを期待するような顔を向けてきている。
それが命令を待っている表情だと理解して、俺は闇の精に言葉をかける。
「あのモンスターたちを攻撃してみてくれ」
小声での指示に、闇の精は満面の笑顔で頷くと、曲がり角から出てモンスターたちに姿を見せてしまう。
俺が『なにやってんだ』と声をかけようとするより先に、闇の精は小さな手をモンスターたちの方へ向けて力を籠める仕草をした。
すると、モンスターたちの周りに真っ黒な空間が現れて、モンスターたちの姿を飲み込んだ。
すわ、ブラックホールみたいな攻撃なのか。
そう期待したのだけど、その黒い空間からモンスターたちが脱出してきて、肩透かしを食らった気分になった。
モンスターたちに傷ついた様子はないため、あの黒い空間はどういう攻撃だったのか分からない。
そしてモンスターたちは、闇の精に攻撃されたと気付いた様子で、こっちに近寄ってきている。
攻撃失敗だと考えて、俺はモンスターたちを駆逐することにした。
俺は角から飛び出し、こっちに近づきつつあったモンスターたちに駆け寄る。
この距離なら、土の精が砂嵐を発生させた直後に接近し終えることができると考えて走っていき、やがて砂嵐が出るより前に近づき終えてしまった。
「モンスターたちの反応が鈍い?」
という疑問を抱きつつ、まっ先に土の精を魔槌で殴り倒した。
その際も、やっぱり土の精の動きは鈍い感じだった。
続く竜人も、ドラゴンゴーレムも、いつもよりワンテンポ遅れている感じの、動きの鈍さを発揮している。
俺はモンスターを駆逐し終えて一息入れてから、どうしてモンスターの身動きが鈍かったのかに考えが至っていた。
「闇の精。さっき使った攻撃っていうのは、敵の動きを鈍らせるものなのか?」
俺が確認込みで疑問を投げかけると、闇の精は大きく頷いてから、役割は終わったと示すように大手を振ってから消えた。
「敵の動きを鈍らせる、デバフ持ちってわけか」
中々に使える能力だけど、直感的に、闇の精の真価はそれだけじゃないって感じがする。
たぶん、契約して日が経つに従い、闇の精は色々な力を見せてくるんだろうな。いわゆる、好感度システム的なヤツで。
ともあれ闇の精の使い方は把握できた。
となると、光の精はどんな能力を持っているかが気になるところだ。
俺は次のモンスターたちを見つけると、光の精を呼び出して能力を使用させてみることにした。
闇の精がデバフなんだから、光の精はバフだろう。
そんな俺の予想を裏切るように、光の精は小さな手をモンスターたちに向ける。
直後、俺の視界が真っ白になった。
俺の頭部防具――エクスマキナの兜の内につけている、頭骨兜の機能が働き、視界の光量が調節される。
その視界の変化から、どうやら光の精は『フラッシュバン』のような、光の目つぶしをしたのだと理解することができた。
「生物系のモンスターなら、目が潰れてもおかしくない光量だな」
という俺の感想の通りに、土の精や竜人は顔を押さえた状態で悶絶している様子を見せている。
しかし、ドラゴンゴーレムは不生物系のモンスター。
光の目つぶしを食らっても、平然とした様子のまま、口から火の球を吐こうとしている。
「空間貫穿――」
――の長距離射撃モードで黒い槍状を放ち、ドラゴンゴーレムの首から上を吹っ飛ばして、火炎放射を止めさせた。
その他のドラゴンゴーレムも、同じ方法で仕留めてしまう。
ドラゴンゴーレムの始末をつけた後で、俺は他の光の目つぶしでロクに動けない様子のモンスターたちに近寄り、魔槌で止めを刺して周った。
戦闘終了後、光の精はやりきったという満足感がある顔つきのまま消えた。
「光の目つぶしは強力だけど、こちらも非殺傷系なんだよなあ」
動きを鈍らせることと、目つぶしで動きを止めることという、どちらもデバフ系の能力。
直接的にモンスターに手傷を負わせる能力を欲していた俺にとっては、ちょっと不満の残る結果だ。
「でも、ゲーム的に考えると、戦闘を共にしたりしないと、こういう召喚系モンスターの親愛度って上がらないもんだしなあ」
そして親愛度を上げると、新しい力を見せてくれるっていうテンプレもある。
どうせ迷路通路の解明には時間がかかるんだしと、闇と光の精霊たちとの親愛度稼ぎも並行してやるのもわるくないよな。
そんな考えのもと、闇と光の精霊たちをどう戦闘で扱うかを考えつつ、先へと進むことにした。




