三百十六話 いざ迷路へ
キャンプ用品店にて、寝袋とマットシート、アウトドアチェアとキャンプテーブルを購入した。
テントは買わない。
どうせ十九階層深層域の迷路状の通路には誰も来ないので、自分のものだと主張するためのテントは必要ないからだ。
鍋やコンロについても、俺が次元収納が使えるため小さいキャンプ用品にする必要がないので、市販のものを持っていくことに決めた。
食材についても、肉はダンジョンで得た物があるので除外し、アルファ化米をキャンプ用品店で購入した以外は、スーパーで買えるようなものを次元収納の中に突っ込んでおいた。
こうして泊る準備万端整えた翌日に、俺は十九階層深層域の迷路状の場所に入った。
「この迷路で最初に探すべきは、休憩ができる部屋だな」
前回到達したところまで進み、そこから先へ入っていきながら、隠し部屋や水が湧く部屋を探してうろつくことにした。
この迷路の場所で良かった点は、入り組んだ通路が続くため、地図を見れば隠し部屋がある場所を予想しやすいという点。
例えば、入り組んだ通路がぽっかりとない場所があれば、それは隠し部屋である可能性が高い。
その空間の周囲にある隠しスイッチを押して回れば、隠し部屋に入ることが出来る。
それは逆を返せば、怪しい空間のない場所にある隠しスイッチを押さなくていい――罠のスイッチを押す必要がないということ。
だから俺は、七匹一組の区域では必ずやっていた、罠を魔力球で押すという作業をしなくていいわけだ。
「その代わり、モンスターとの会敵は、常に気を付けなくちゃいけないんだよな」
曲がり角のすぐ先に、七匹一組のモンスターが居るなんてことは、この迷路状の場所ではザラにある。
だから真っ先に空間魔法スキルの空間把握を使い、先にモンスターがいる場所を把握しておく。
そうすれば、逆にこちらが角から急に出て、モンスターたちを強襲することが可能になる。
強襲や不意打ちさえ出来るのなら、あとは空間魔法スキルの空間断裂や空間貫穿を使った周囲を気にしない暴れ方をすればいいので、倒すだけなら楽だしな。
そんな感じで、迷路を進みに進み、隠し部屋も休憩部屋も見つからないまま、何時もなら帰る時間になってしまった。
「やっぱ、迷路にしては広すぎるんだよなあ」
こんな場所、他の探索者は入ろうとしないだろうな、きっと。
そも、二匹一組でモンスターが出る順路上に、二十階層へ上る階段があるんだ。
攻略優先の探索者なら、先に二十階層に足を踏み入れるはず。
それで二十階層の中ボスに追い返されて、十九階層深層域の七匹一組でモンスターが現れる区域で鍛え直すにしても、迷路状じゃない普通の通路があるんだから、そっちで鍛えるはずだしな。
「つまり物好きしか、この迷路には来ないってわけだ」
俺は肩を落としつつ次元収納から水が入ったペットボトルを出すと、頭防具の口元を展開してから、水で喉を潤した。
水の補給を終えて、さあもうひと頑張りだと、通路を進んでいく。
すると、その俺の頑張りを称えてくれるかのように、通路の先に部屋状の空間があるのが見えた。
思わず喜び勇んで走り出そうとして、通路上に罠のスイッチが沢山あることを看破し、スイッチを押さないようゆっくり歩いて進むように切り替える。
ようやく辿り着いた部屋は、十メートル四方の空間になっていて、中には何もなかった。
「水が湧いている部屋は休憩部屋だとは聞いているけど、なにもない部屋の場合はどうだったっけ?」
スマホのアプリを立ち上げて、Q&Aの一覧から見てみると、普通の部屋の場合はモンスターが入ってくるかどうかはマチマチらしい。
「安全を考えると、モンスターが入ってくると思った方が良いな」
しかし、この部屋に続く通路は、俺が入ってきた場所を含めて、三ヶ所。
その三ヶ所を視界に入れられる場所でキャンプすれば、一先ずの安全は確保できるはずだ。
「空腹だから、ここで飯を食おう」
アウトドアチェアとキャンプテーブルを次元収納から出して展開し、スマホにダウンロードしておいたキャンプ飯レシピを呼び出し、手早く簡単に作れるワンパンレシピの一つを採用する。
アルファ化米を使用し、水とコンソメにオールスパイスに細かく切った野菜と肉とをフライパンで煮込んで作る、なんちゃってパエリアだ。
次元収納から出したカセットコンロに二十センチメートルフライパンをセットし、そのフライパンに食材と水をざっと入れて、蓋をしめて煮えるまで待つ。
食材が煮えていく美味しそうな匂いを嗅ぎながら、空間把握で周囲の存在を確認しつつ、視線は部屋に接続する通路の出入口に向けておく。
いまのところ、この部屋に近づいてくるモンスターの気配はない。
この調子なら、心穏やかにキャンプ飯が食べられそうだ。
そうして出来上がった、なんちゃってパエリア。
初っ端だからと張り切ってチャイルドドラゴンのドラゴン肉を薄切りして入れたからか、とても香り高い炊き込みご飯になった。
「むぐむぐ。パエリアというより、炊き込みご飯って感じだな。醤油をかけたり味噌をつけて食べると、よりそれっぽくなる」
ばくばくと食べ進め、フライパン一つ分の料理を平らげた。
ふうっと満腹の溜息をつきつつ、次元収納から出したペットボトルのコーラを一口飲んで、さらに一息。
とりあえず食休みも含めて、この部屋に居続けて平気か、一時間ほど待機してみようか。
モンスターが接近してくれば、空間把握で分かるはずだしな。
俺はペットボトルのコーラを一口ずつ飲みながら、まったりと休憩することにした。