三百十四話 ドロップ品の危険性
十九階層深層域の通路の一本を奥まで調べ終えたところで、ダンジョン探索を切り上げることにした。
何か問題が起こったわけじゃなく、単純に帰宅時間になったから帰るだけだ。
十九階層の出入口まで戻り、リアカーを出し、ドロップ品を荷台に積んでいく。
その作業の中で、レアドロップ品についてどうするか、俺は頭を悩ませる。
今日の探索の中で、七匹一組の区域にて土の精から精霊の契約書を手に入れたことで、三種のモンスターからそれぞれレアドロップ品を回収できている。
レアドロップ品の内訳は、土の精の契約書が二枚、竜人の竜神聖書が三冊、ドラゴンゴーレムの心臓宝石が一つ。魔石も幾つか落ちたが、それらばは全て魔槌に使ったので、手元にはない。
さて、それらレアドロップ品の何が問題か。
まずは土の精の契約書。
俺は他の精霊の契約書も、各一枚ずつ次元収納に保有している。
そのため、この土の精の契約書で、ファンタジーで言うところの四精霊の契約書が揃ったことになる。
精霊を使役するスキルは得ていないが、これらの契約書を使ってみるか否か。
とりあえず、今日のところは使用は保留にして、土の精の契約書も一枚確保して、残りは売ることにした。
次に竜神聖書について。
こちらは、他のダンジョンで手に入れた書物と同じく、読めない文字で書かれた本。
他の本と同じく売ってしまっても問題はないとは思うんだけど、竜神聖書の中にある一枚の挿絵が、売り払うのを躊躇わせる要因だ。
その挿絵とは、竜神に祈りを捧げる人が変容して竜に変わる、そう見える絵だった。
もしも竜神聖書にある内容を読み解けば、人が竜に変化することができるとしたら、この本はかなり危険な代物になる。
そんな危険物かもしれないものを売ってしまうことに、俺は気が咎めている。
しかし、危険かどうかを判断するのは俺じゃないし、どうせ攻略が進んだら他の探索者が売却するだろうしと、この本も売ってしまうことにした。
で最後に、意識を込めると魔力を生み出す、心臓宝石。
これについては、絶対に売れない。
いま手元に一つしかないし、自分で使うために残しておきたいという気持ちもある。
しかし一番重大なのは、この心臓宝石があれば、ダンジョンの外でもスキルが使えるようになってしまうに違いないから。
魔産エンジンは、現代科学で仕組みが解明できていないからか、未だに希少金属を取りだすためのスクラップ扱い。だから、特定の場所に意識を込めると魔力を生み出す、という仕組みが判明する可能性は極めて低い。
だけど心臓宝石は、手で包んで意識を込めれば魔力を生み出せてしまう手軽さがあるため、ふとした拍子に仕組みに気付けてしまう。
そして誰もがダンジョンの外でスキルを使えるようになったら、世間の混乱は免れない。
さらに言えば、探索者の誰かが心臓宝石を売ったことで魔力を生む宝石だとバレて、将来社会に多大な混乱が巻き起こった場合、その探索者は混乱を引き起こした張本人としてやり玉に挙げられることになるだろう。
ここまでいくと考えすぎかもしれないが、そんな未来の騒動に、俺は絶対に巻き込まれたくない。
俺の望みは、不老長寿の秘薬で寿命で死なない身体になった後、平々凡々とサブカル文化を享受し続ける生活を送ることなんだからな。
世間のやり玉に挙げられてしまっては、そんな生活を送ることは出来ないだろうしな。
というわけで心臓宝石は、他の探索者が役所に売った事実を把握するまで、次元収納の中に死蔵することに決めた。
「さてっと、作業は終わった」
荷台にドロップ品を積み上げ終わったので、俺はリアカーを牽いてダンジョンの外へ出ることにした。
役所でドロップ品を売ると、職員がこっそりと十九階層深層域のドロップ品についての新情報を教えてくれた。
「火炎放射器と瓢箪に入った薬が引く手あまたでして、買い取り価格が日毎に上昇しているんです」
「火炎放射器については、モンスターに有効な武器だからわかるけどよ。あのエナジードリンクはどうしてだ?」
イキリ探索者っぽい口調で問いただすと、理由を教えてくれた。
「あの瓢箪の中身。色々な身体の調子を整えるので、ちょっとした身体の不調から、夜の営みの改善まで効果があります。その幅広さから、購入希望者が後を絶たないんです。あと、現代のいかなる薬物と違うので、ドーピング検査に引っかからないので、アスリート方たちが肉体改造に用いるようになってまして」
「アスリートが食べるものなら、リトルジャイアントの筋肉バーの方が良いんじゃねえか?」
「あちらは筋肉が目的よりつき過ぎるようで、ボディービルダーは愛用していますが、アスリートの方たちは倦厭していますね。なにより、小田原様が活動場所を変えたので、新たな物が入りにくい状況ですし」
「そういえば筋肉バーは、レアドロップ品だったっけか」
ともあれ、竜人のエナジードリンクは好評だからこそ買い手がつき、買い手の数の分だけ値段が上昇しているというわけだ。
「言っておくが、今以上に集めろってのは難しいぞ。これでも、一日ダンジョンに潜って、この量なんだからな」
「重々承知していますが、買い求める人の数があまりに多いので、どうにか出来ませんか?」
「そんなにあのエナジードリンクが欲しいのなら、竜人のは通常ドロップ品だから、十九階層にいる他の探索者たちにも回収を呼びかけりゃいいんじゃねえか」
「もちろんやってます。しかし、敵が強すぎるからと、及び腰な状況でして」
「ふーん。でも、もうちょっとしたら、十七階層や十八階層に出戻っている連中も十九階層にくるだろ。そいつらに頼め」
「十七階層の方々はドラゴン肉のために頑張っていて欲しいので、十八階層の方々に打診するようにします」
「ドラゴン肉なら、十九階層のチャイルドドラゴンの方が、良い肉だし量も多いけどな」
「その肉を売らない方がいたので、本当にあるか不明なため、要望を出しにくいんですよ」
「はっはっはー。俺は自分の分は売らないからな。そして俺が決して売らないぐらいに、チャイルドドラゴンのドラゴン肉は美味い」
「相変わらずですね、小田原様は」
その変わらずという部分が、何処を指しての言葉かは疑問があるが、俺はあえてスルーすることにした。
そのまま俺は買い取り窓口から離れ、ダンジョンに戻って次元収納の中にリアカーを入れ、そして売らずにおいた心臓宝石を自分の首にかける。
心臓宝石を全身ジャケットの中に入れ込み、その後でダンジョンから出て自宅に戻った。
自宅でシャワーと着替えと食事を済ませた後、首にかけたままの心臓宝石を手に取る。
「意識を込めてから――次元収納」
俺が宣言すると、次元収納の出入口が現れた。
これで心臓宝石は、魔産エンジンと同じく魔力を生むことができることが証明された。
そして心臓宝石さえあれば、ドラゴンゴーレムに大穴を空けられる、空間貫穿をダンジョンの外で使える――人を容易く殺すことが出来ることも証明された。
「人を殺したところで得るものがないし、やる気はないけどな」
けど、出来るという事実と、俺と感性が全く違う人なら他人を殺すことを嬉々としてやるだろうという予想が重要だ。
やっぱり心臓宝石は売らないようにしようと、改めて俺は心に決めたのだった。




