三百六話 中層域の宝箱
中層域を一月半かけて解明し続けて、ようやく全ての場所を調べ終えることができた。
見つけた宝箱の数は、これまでで一番多い二十個。
しかし中身の方は、取り立てて目新しいものがなかった。
大半が武器防具で、その他も今まで得たことのあるばかりで、特筆できる品は延命薬や若返り薬に病気治しと欠損回復ポーションぐらいのものだった。
「数ばっかり多かったって感じだったな」
俺からすると骨折り損のくたびれ儲けって感じだが、一般的な探索者が持つ評価は逆だろうな。
なにせ武器防具は全て特殊効果つきなので、自分で使えば戦力アップは間違いないし、オークションで売れば一つ数百どころか数千万円で売れて大金を得られる。
延命薬や若返り薬に欠損回復薬も、自分に使えばそれ相応の薬効を得られるし、オークションに売れば一億は下らない儲けが出る。
そんな攻略目的や金儲けが目的の区別なく、探索者なら誰でも諸手を上げて喜ぶべき内容だ。
しかし俺は、ダンジョンに入っている目的は不老長寿の秘薬の入手だし、銀行口座に保留している二億円と資産運用に回している何百億という資産があるため金に困っていないので、この宝箱の中身は歓迎する点のないものばっかりだ。
「延命や若返り薬は安易に市場に出せないから次元収納に収めたままにするとして、他はオークション行きだな」
病気治しと欠損回復のポーションも、俺が度々出しているからか落札値が落ち着いてきて、今は十億円もあれば落札できる感じになっているため、売っても問題ないという判断だ。
この値段の落ち着き具合は、もしかすると俺以外の人が宝箱の中から入手して売っている可能性もある。
病気治しも欠損回復も、十六階層以降の宝箱なら度々手に入るようなものだからな。
鞄ミミックやベビードラゴン肉のレアドロップ品狙いの探索者が、数を多く集めようと通路の奥へ行き、ついでに宝箱を集めていても変じゃないしな。
「他の探索者たちも宝箱の中身を集めている可能性があるのに、不老長寿の秘薬の話が聞こえてこないってことは、本当に十九階層中層域までの宝箱の中には入っていないんだろうなあ」
俺は溜息を吐きだしつつ、今日一日で集めたドロップ品と、中層域で集めた宝箱の中身を売るため、ダンジョンの外へ出て役所へ向かうことにした。
俺が宝箱の中身をオークションで売る手続きをした後で、窓口職員がおずおずとした態度で質問してきた。
「それで小田原様。もしや明日からは、次の場所へ行く予定でしょうか?」
「……前にも同じことを聞かれた気がすんだけど?」
いつ聞かれたものだっけと思い出そうとする前に、職員が必死な顔で懇願してきた。
「出来れば小田原様には、このあとも十九階層中層域のドロップ品を納めてくださると、役所側としては大変助かるのですが」
そう言ってくる理由に、俺は心当たりがあった。
それは、昨今でWebニュースで見た記事だ。
「たしか、チャイルドドラゴンの通常ドロップの鱗革が、日本国内以上に海外で人気なんだっけか。獣人暗殺者の黒い短剣やニンジャっぽい服も、海外の日本びいきな金持ちが挙って収集しているとかなんとか」
「はい。小田原様が先へ進んでしまうと、それらの品々を納めてくださる方が一切居なくなってしまって、大変なことになりそうなんです」
事情は分かる。
だが俺の知ったことじゃない。
「俺に懇願するよりも、他の探索者のケツを引っ叩いて十九階層中層域に行かせりゃいいだろうがよ。つーか、東京ダンジョンは政府から踏破推奨されてんだろうが。なのに十九階層の深層域に行こうっていう探索者の足を止めようだなんて、何考えてやがんだ。ああん?」
俺が脅すような態度で問いかけると、職員は半目を向けてきた。
「小田原様がダンジョンに入っている目的が、ダンジョンの攻略でないことは、こちら側も気づいているんですよ。そりゃそうですよね。攻略目的なら、ダンジョンの通路の隅々まで調べるなんて真似はしませんし、宝箱を全て開ける何て真似はしませんからね」
もしや俺の目的に感づかれたかと警戒しながら、職員の話の続きを促してみることにした。
「ほーん。俺の目的がなんだか分かっているってのか?」
「詳しくは分かりませんけど、宝箱の中身を遠慮なく放出していることから、金儲けのためだって見ています」
「それは個人の感想なのか? それとも役所全体での見解か?」
「もちろん私だけでなく、買い取り部署での共通見解です」
どうやら、俺の本当の目的は気付いていないようだ。
でも、職員の語った内容を聞いてみれば、俺が金儲け目的でダンジョンに入っていると思われても仕方がないよな。
なにせ大量のドロップ品を大量に売りつけるし、宝箱の中身もオークションに出品しまくっていて、ダンジョンで入手したものを手元に残すことをしているようには外からでは見えない。
その実は、ドロップ品を手元に置いておいても邪魔だからと売っているだけだし、宝箱の中身も俺の本命の不老長寿の秘薬じゃないと不用品扱いで売りに出しているだけだけどな。
ともあれ、外から見た俺の所業を考えれば、俺がダンジョンに入る目的が金儲けという風に推察することは、理に適った見解だろうな。
ここで俺はイタズラ心が出て、ある点を職員に聞いてみることにした。
「俺の目的が金儲けなら、どうして確実に高値で売れるチャイルドドラゴンの肉を全部手元に残しているんだ。その理由は?」
「お金で売り渡したくないほど、そのドラゴン肉が美味しいからです。小田原様は次元収納持ちなんですから、今後一生ドラゴン肉に困らないだけ集めることにしたんだろう。そういう見解です」
金儲けの部分は間違っているが、手に入れたチャイルドドラゴンの肉を全て次元収納に入れている理由については、全くその通りだ。
いま俺の次元収納の中には、一トン近いチャイルドドラゴンの肉が収まっている。
これだけあれば、個人消費で数日に一度の頻度でなら、人一生分チャイルドドラゴンの肉を食べることが可能だ。
こうしてチャイルドドラゴンの肉が十二分に集まった点も含めて、俺は中層域を卒業して深層域に行く決心をつけたわけだからな。
ここで俺は、役所の見解が合っているような素振りで、しかし中層域に残るという申し出を断ることにした。
「俺の目的がどうであれ、中層域には残らねえよ。つーか深層域のドロップ品の多くは未知なんだろ。ならそっちのドロップ品を集めて売った方が、金になるだろうが」
「それはどうでしょう。ドラゴン肉をお売りになった方が、もっと稼げると思いますが?」
「それは売らねえっつってんだろうが。欲しければ、他の探索者に頼みな」
俺がどうあっても深層域に行くと決めていると分かってか、職員は肩を落とした。
「今までの小田原様の様子を見て、要請は無駄だと分かっていましたが、方々から要望が強くて提案しないわけにはいかなかったんですよ」
「けっ。分かっているのなら、やるんじゃねえよ。その要望とやらも、突っぱねればいいだろうが」
「……国の機関ですから、高額納税者様には頭が上がらないんですよ」
なんとも世知辛い理由に、つい俺は演技を忘れて顔を顰めてしまう。もっとも、頭を全て覆う防具があるので、周囲に俺の表情変化を見られる心配はないけどな。
ともあれ、俺のドロップ品や宝箱の中身を売るという目的は終わったので、分かれの挨拶もそこそこに役所を出ることにした。
役所の外への道すがら、とある探索者の一団――十九階層から十八階層に戻ったと記憶している人達が、俺の横を通り過ぎて行った。
彼らの装備は、俺が記憶していた装備品から少し変わっていた。
数人の得物が日本刀から西洋剣になっている。あの剣は、多分宝箱から得た、特殊効果付きのものだろうな。
鎧は日本鎧のままではあったけど、各部がちょこちょこと改修が入っている様子が見て取れた。たぶんモンスタードロップ品か宝箱の中身で、工夫して強化しているんだろう。
そんな装備品の変化から、彼らが着実に実力を付け続けていることが伺える。
なにせ実力が伸びていないのなら、以前の装備に不満を抱くなんてことはないはずだしな。
「早々に十九階層に戻ってくるかもな」
そんなことを、俺は頭防具の外に漏れ出ない声量で呟いてから、役所の外へと出た。
あの一団だけでなく、きっと他の十九階層にいた人達は、順調に実力を伸ばしつつあることだろう。
きっと俺が深層域に行ってから間もなく、他の探索者たちが中層域に入るようになり、中層域のドロップ品の問題は解決されるんだろうな。
そんな予感を抱きつつ、俺は自宅への帰路へと着いたのだった。




