二百九十二話 苦戦中
十九階層の浅層域の奥へと向かい、三匹一組、四匹一組と、モンスターと一度に出くわす数が多くなってきた。
ここまでの階層なら、順当に七匹一組の区域まで進むことができていた。
しかし、多くの探索者が攻略の足を止めざるを得ない状態の階層だけあって、そう簡単じゃなかった。
俺は四匹一組の区域にて、苦戦を強いられていた。
十九階層のモンスターだけあって、一匹一匹の強さもある。
それだけじゃなく、巨体で増加装甲のある大蛇が前線を構築し、多脚戦車がタイミングを図って横合いから突撃し、鳥人が後方から矢を放つ。
そんな前衛、遊撃、後衛の役割分担を行ってくるからだ。
役割分担をしての戦い方は、オーソドックスな戦法だからこそ手堅い。
三匹一組のところまでは、どれか一種類がいなかったり、全種いても一匹ずつなので各個撃破が容易だったりと、勝ち目を見いだせていた。
だけど四匹一組だと、全種類一匹ずついる上に更に一ヶ所の戦力が増量していたり、分布に偏りがあっても数の暴力で押しきってこようとしたりと、手強さが段違いになった。
どうにか対応できる範囲ではあるものの、五匹一組の区域に行くには、俺は実力不足なのだと分からされてしまってもいた。
傀儡操術で多脚戦車三匹を配下にして戦えば、もう少し先の区域に行くことはできるだろう。
しかし、最奥は七匹一組でモンスターが現れる場所だ。
多脚戦車三匹が敵モンスターを一匹ずつ足止めしたとしても、俺が戦うべき敵の数は四匹だ。
そのため、この四匹一組の区域を一人で戦い抜けられないようじゃ、七匹一組の区域に行っても逃げ帰ることしかできない理屈になる。
「仕方ない。日数をかけて四匹一組のところで力をつけて、それから先にいくことにしよう」
俺は決断し、四匹一組のモンスターを連戦することにした。
四匹一組のモンスターと戦い続け、帰る時間になったので、十九階層の出入口に戻ってきた。
リアカーを次元収納から出し、その荷台に今日集めたドロップ品を積み込んでいく。
やはり四匹一組のモンスターと戦ってばかりだったため、ドロップ品の数自体は少ない。
ただ、蛇の増加装甲と多脚戦車の装甲板といった重たいものと、鳥人の羽毛という嵩張るものばかりなので、リアカーの荷台は重たい上に満載な状態だ。
そして荷台の荷物を見ればわかるように、レアドロップ品は一つもない。
まあ四匹一組の場所のレアドロップ率は、さほど高くないだろうから順当な結果だろうな。
俺が今日の成果を積み終え、リアカーの取っ手を握って移動を開始しようとしたところで、出入口に屯している探索者たちの声が聞こえてきた。
「あれほど大量に。アイツ、本当に一人なのか?」
「ああして実物があるんだ。やっぱり個人個人の実力を伸ばした方が良いんだって」
「容易く言うけどな、二匹の場所でも苦戦してるんだぞ。実力を伸ばそうっていうのなら、活動拠点を戻すしかないぞ」
どうやら、攻略に行き詰っている人達が、身の振り方を相談し合っているようだ。
そもそもの話。
あの人たちの、身体強化スキルのレベルは幾つなんだろうな。
もしMAXになっていないのなら、一度戻って鍛え直したほうが良いんじゃないだろうか。
俺の考えだと、身体強化スキルが最大になれば、そんなに苦戦したりしないだろうしね。
まあ俺はイキリ探索者を装っている関係で、そんな助言をしてあげられないけどな。
そんなことを考えつつ、俺は東京ダンジョンの外へ出て、役所の買い取り窓口へと移動した。
窓口では、俺が渡すドロップ品を見て、露骨に肩を落とされた。
「やっぱり、もう十八階層のドロップ品は、納入されないわけですけ」
「そりゃな。俺の活動場所は、十九階層に移ったんだ。行きの道中に手に入ったものならともかく、わざわざ十八階層に留まってドロップ品集めなんてやってられるかってんだよお」
俺がイキリ探索者を装いながら言うと、職員は残念そうな顔だ。
「小田原様ぐらいなんですよ。十六階層以降のレアドロップ品を納めてくれるのは。そのため小田原様が攻略拠点を移す度に、それまでの階層のレアドロップ品が入荷待ちの状態になってるんですよ」
人間、あると知れば欲しくなり、希少だと知ればより欲しくなる。
俺がレアドロップ品を売りに出して周知させた後、階層移動で次回の入荷が未定という状態になったことで、そのレアドロップ品が欲しくて仕方がない人が出てきたって感じなんだろうな。
しかし、そんな人の気持ちなど、俺の知ったことじゃないしな。
「そんなにレアドロップ品が欲しけりゃ、十八階層やら十九階層で足踏みしっぱなしの連中に取りに行かせりゃいいだろうが。前に、俺がそう言わなかったか?」
「そうできたら苦労しません。他の探索者さんたちに話を持ち掛けたら、ドロップ品の売却代金に依頼報酬を上乗せしてくれたら考えるって、そう言われちゃったんですよ」
「払えばいいだろうがよ」
「そんな予算はありません」
「金がないって話か?」
「流用できそうな予算項目がないって話です」
ここは役所だけあって、運営資金は税金だ。
その税金を分け合って予算を作る関係上、予算の使い道は厳格に決められている。
だから新たな予算の使い方をするには、そのためだけの予算づくりが必要になるのだけど、前例のない予算というものは通りにくいものになっている。
ダンジョン攻略は国策の一つとはいえ、すでに大量の予算がついている。
そこに更に新たに予算をつけようとすれば、易々と予算が通ることはないんだろう。
我々だって予算が足りていないのに、ダンジョン関連にばかり予算をつけるのはいかがなものか、なんて感じで他分野からの突き上げが来るだろうしな。
でも、その辺の事情は、探索者には関係のない――いや、手が出せない分野の話だ。
「金が出せないなら諦めな」
「小田原様は、余分なお金を払わなくても、納入してくれたじゃないですか」
「馬鹿が。俺がドロップ品を売っているのは、ダンジョン探索のついでだ。俺の目的は別だ」
「もしかして、宝箱の中身を集めること、ですか?」
職員の鋭い指摘に、俺は一瞬返答が滞ってしまった。
その一瞬の間に、不老長寿の秘薬を見つけるという本音を隠し、イキリ探索者に似合う理由を考えだした。
「そうだ。宝箱の中身は、べらぼうに高く売れるからな。宝箱一つ開けるだけで、宝くじを買うよりも大金が手に入ることもあるんだ。探さない手はないだろうが」
「そうですよね。本当、羨ましい限りですよ」
何度もこの窓口で宝箱の中身をオークションに出品している関係で、俺が売りに出したものがどれぐらいの値段で競り落とされたかを、この職員は知ることができたんだろう。
なにせオークションは全世界の人が対象なので、誰だって出品物を調べれば、付いた値段を知ることができるんだからな。
そして俺が出品したもののうち、最上は数十億円の値がついた病気治しのポーション。
それを何本か出品しているので、それだけで百億円を越えていると認識するには十分な情報だ。
まあ本音を言うと、この百億円以上の収入も、不老長寿の秘薬を手に入れるまでの副産物にしか過ぎないんだけどな。
そんな本音をおくびに出さずに、俺は職員に言葉を向ける。
「これぐらい稼げるんだぜって、探索者に教えてやりゃあいいだろう。命知らずなら、宝箱を探しに、道の奥までいってくれるだろう。そしてその行き来の道でレアドロップ品が出てくるだろうから、それを買いとりゃいい」
「そうしても良いと?」
「俺がいるのは十九階層だぞ。それ未満の場所の宝箱がどうなろうと、どうでもいい」
宝箱の中身のグレードから推察するに、十八階層以下の宝箱から不老長寿の秘薬が出てくることは有り得ない。
気前よく情報を放出したところで、俺の目的には何の影響も出やしないので、ぜんぜん構わない。
しかしイキリ探索者だと、そんな太っ腹なことは言わないはずだ。
だから俺は、人が悪く見えるように笑顔を作ってから、職員にこう告げる。
「俺の情報が役に立ったなら、いくらかキックバックしてくれや」
「残念ながら、そんな真似はできません」
「予算がないからか?」
「そんな予算はつかないからですね」
俺がイキリ探索者だと印象付けるための他愛ないお喋りを終え、俺は役所から出ることにした。
その出るまでの道中で、俺と職員の話を盗み聞きしていた人がいたのか、ダンジョンの宝箱の中身を売れば億の金が手に入るらしいと語らう探索者の姿があった。
あの会話の際に、話が聞こえるほど近くに人はいなかったはずなのに。
そう疑問に思ったものの、別にいいやって気持ちを切り替え、帰宅の道を進むことにした。




