二百九十一話 多脚戦車
十九階層の浅層域を進んでいく。
歩いていると、新たなモンスターと出会った。
二匹とも同じモンスターだったのだけど、その見た目に面食らう。
「前の階層でライオンロボットが出てきたから、有り得るとは思っていたけど」
つい愚痴っぽい言葉を零してしまったのは、機械系のモンスターの見た目が見た目だったから。
人が一人入れそうな丸っこい胴体、三本爪のマニピュレーターが先にあるフレーム剥き出しの腕、ショベルカーのアームを連想させる形の脚が四本。
これは見るからに、近未来公安アニメにでてくる、多脚戦車っぽい。
「あのアニメじゃ、それなりに強かったけど」
ダンジョンの多脚戦車はどうだろうかと観察していると、多脚戦車がこちらに接近し始めた。
足先に小径のタイヤがあり、そのタイヤを回転させることで、滑らかな移動で近づいてくる。
あのアニメでは、手に機関銃があったり、胴体部に大砲を積んでいたりしたけど、どうやらこちらの多脚戦車には遠距離攻撃はないようだ。
「格闘用か?」
でも格闘用に調節されているにしては、腕部と脚部の装甲が貧弱だ。
ということは廉価版か、民間に払下げる際に武装を取っ払ったかものかだな。
「あくまで、あのアニメの世界だったらの話だけどな」
この多脚戦車の上位互換が後にでてくるか否かは横に置き、俺は魔槌を構えて間近に迫ってきている多脚戦車に対峙する。
多脚戦車は、俺に近づいてくると、四本ある脚の内の一本を振り上げ、そして振り下ろしてきた。
工業機械のアームっぽい見た目から、重量がありそうだ。
俺は魔槌で防御することは止め、避けることを選択する。
多脚戦車の足は、避けた俺の横に振り下ろされ、ダンジョンの床を叩いてズシッと重たい音を響かせた。
音からも重そうに感じる脚なのに、多脚戦車はその足を即座に動かし、今度は横振りの攻撃に使ってきた。
すかさずの連続攻撃に、俺は目を丸くしながらも、どうにか攻撃範囲の外へと跳んで逃げた。
これで一息吐けるかと思いきや、俺を攻撃してきた多脚戦車は脚先のタイヤを回転させて、再び滑らかな移動に近づいてくる。
俺を攻撃した方じゃない多脚戦車は、俺の背後に回り込んで逃げ道を塞ごうと動いている。
「面倒臭いな、もう!」
俺は腹立ちまぎれの言葉を吐いてから、どう行動するべきかを考える。
そして、勝ち筋の一つを考え付くことに成功した。
考え付いたからには、後は実行に移すだけ。
俺は、先ほど攻撃してきた方の多脚戦車に向き直ると、こちらからも接近するべく足を動かした。
俺と多脚戦車の間合いが近づき、お互いに攻撃できる範囲内に踏み込んだ。
すかさず多脚戦車が動き、俺に脚の一本を振り下ろしてきた。
「魔力盾」
俺は宣言し、迫ってきつつある脚の軌道上に基礎魔法で作った盾を配置した。
多脚戦車の脚が魔力盾に当たり、半秒ほど軌道が停止された後に突破した。
その半秒の間に、俺は爆発力を発揮させた魔槌を下から上へと振り上げていた。
魔槌が向かう先は、多脚戦車の胴体の下。
潜り込むように振り上げられた魔槌は、多脚戦車の腹部を下から打撃し、打面から爆発が起こった。
多脚戦車は、一本の脚を振り上げていたところに下からの爆発を受けて、斜へ打ち上げられるように少し浮いた。
空振りによる爆発の威力を向上させていない一撃だったので、爆発力が足りずに多脚戦車をひっくり返すことはできなかった。
しかし、体勢を大きく崩させることはできているので、目論見としては成功している。
俺は、目の前の多脚戦車の胴体の下をくぐるようにして、多脚戦車の背後に移動する。
多脚戦車の後背部には、本当に人を乗せるために設えたかのように、梯子状の取っ手がついていた。
これ幸いと、その取っ手を握り、俺は多脚戦車の上へと向かって上っていく。
ここまでの時間で、多脚戦車は爆発によって崩された体勢を戻していた。そして背中に上っている俺を落とそうと動き始め、脚を曲げ伸ばしして、胴体を上下に揺すったり左右に回転させたりし始める。
俺は取っ手に左腕を絡めることで、落とされないよう体を固定する。そして右手一本で、魔槌を振るって攻撃する。
魔槌による爆発が置き、再び多脚戦車が大きく体勢を崩し、上下左右の運動が一時停止した。
こうして殴れば落とされる心配が減るとわかったので、俺は魔槌で攻撃し続ける。
一発だけでは大して効いていなかった様子の魔槌の爆発も、何度も続ければ効果は出てくる。
五回ほど同じ場所を叩いたところで、多脚戦車の胴体に大穴が空いた。
これが生物系モンスターなら、明らかに致命傷な穴。
しかし無生物かつ機械系のモンスターである多脚戦車にとっては、まだまだ致命傷には程遠い傷でしかないんだろう。
薄黒い煙に変わって消えるような素振りもなく、俺を落とそうと身体を動かし出す。
それならと、もう三度ほど攻撃したところで、多脚戦車はようやく薄黒い煙に変わり始めた。
取っ手も薄黒い煙になり、絡めていた左腕がすり抜けてしまい、俺はダンジョンの床に下りることを余儀なくされた。
そこに、もう一匹の多脚戦車が近寄ってきた。
どうやら、俺が下りてくるのを律義に待っていてくれたらしい。
「別の攻撃方法を試すために、付き合ってもらう!」
俺は、その多脚戦車に近づき、そして攻撃する。
狙うのは、こちらに振り下ろそうとしている、その脚。
俺の魔槌と多脚戦車の脚が衝突し、魔槌の打面から爆発が起こり、脚が高く跳ね上げられた。
振り下ろす動きから一転して上への移動を強制されたために、その脚からは金属疲労を知らせる軋み音が響いた。
俺が狙った通りに、どうやら多脚戦車の脚の耐久度は、さほど高くはなさそうだ。
その気付きを活かすため、俺は多脚戦車の脚を重点的に狙うことにした。
そうやって戦っていき、多脚戦車の脚の関節部を壊してまわり、四つあるうちの三つを壊しきった。
流石に脚一本では攻撃することも動くこともできないようで、多脚戦車は止めを刺されるだけの状態になった。
ここで俺は、多脚戦車の胴体を壊すのに、魔槌の空振りによる爆発力向上が何回必要かを検証することにした。
結果、空振り三回追加すれば、多脚戦車の胴体に穴を開けられることが分かった。
「とりあえず、順当に勝つことはできたわけだけど」
多脚戦車のドロップ品を確認すると、多脚戦車胴体に使われていた装甲と同じ物だと思われる、大きさは一メートル四方で厚さが三センチメートルぐらいの装甲板だった。
持ってみると、十キログラムは優に超えてそうな手応え。
重たい思いをしながら板の断面を見てみると、地層のように地金の色が分かれているので、複合金属のようだ。
「これはまた、売るのが難しそうなドロップ品だな」
物理的な重さから運搬が難しいし、使われている金属によっては安値になる可能性もある。
俺のような次元収納持ちじゃなきゃ、役所まで持ってって売ろうとすらしないんじゃないだろうか。
俺は二つの装甲板を次元収納に入れると、奥を目指して歩くことを再開する。
そうして歩いていってすぐに、また新たなモンスターたちと出会った。
今度は、鳥人と多脚戦車一匹ずつの組み合わせだ。
相手側は、多脚戦車を前面に出し、鳥人はその後ろに隠れて矢を射る体制だ。
「さっきは倒す方法を探すために使ってなかったけど――傀儡操術」
多脚戦車は機械な見た目からわかるように、無生物系のモンスター。つまり、傀儡操術が適応できるモンスターなわけだ。
俺が接近して傀儡操術を使ったところ、あっさりと配下にすることに成功した。
その後は、俺が逆に多脚戦車の陰に隠れるような戦い方をして、鳥人を追い詰めていき、勝利した。