二百八十九話 次へいこう
十八階層深層域の探索が終わった。
見つけた宝箱の数自体は、八個と少なかった。
しかし中身は良い物ばかりだった。
見つけた順に、肌理を美しく修復する肌用パウダー、意識を込めて与えた傷が一定時間治らなくなる直剣、インクが途切れることのない万年筆、起動すると一定空間の音を全て消し続ける消音装置、次元収納Lv3程度の容量がある肩掛け鞄、使い捨てながら瀑布を召喚できる水晶玉、一時間睡眠で八時間寝たのと同じ睡眠効果を発揮する羽毛枕、あらゆる厄を遠ざける真紅のルビーがついたタリスマン。
それらの中から、俺は自分用に肩掛け鞄と枕を売らないことに決めた。
枕は睡眠時間を短縮して趣味の時間を捻出することに使えるし、大容量の肩掛け鞄は物品の保存と管理に便利だからな。
あと厄を退けるタリスマンも確保しておきたい気持ちがあったけど、人の目玉ほどの大きさのルビーがついているため、普段使いにするには価値が高過ぎだから使えないと、なくなく売りに出すことに決めた。
俺は十八階層の出入口に戻り、売ると決めた宝箱の中身と、今日集めたドロップ品を、リアカーの荷台に積んでいく。
その作業を終えて、俺は東京ダンジョンの外へと出た。
役所の中に入り、リアカーに積んだものを売りに出していく。
明らかにドロップ品じゃない品々を見てか、窓口の職員が俺に質問してきた。
「こちら、宝箱の中身ですよね。ということは、今日で十八階層の探索は終わりにするつもりでいらっしゃいますか?」
「今日で終わりだぜ。次の探索からは、十九階層に入ることに決めているからなあ」
俺の返答に、職員はガックリと肩を落とす。
どうやら先日から言われいたように、十八階層のハーフボーンドラゴンのドロップ品を待ちわびる人は、未だに沢山いるようだ。
だが俺には関係ないことなので、他の探索者に収集を頑張ってもらうしかない。
ともあれ、何時ものように宝箱の中身はオークション行きにし、ドロップ品は役所の買い取りにしてもらうよう手続する。
しかしその際に、待ったがかかった。
日本政府の要望として、瀑布を召喚――大量の水を生み出すことができる水晶玉を、いざというときの渇水対策として保管したいという要望が来たらしい。
「政府に売却する際のお値段は、こんな感じになりますが、いかがでしょう?」
提示された金額は、一億円。
正直、他のアイテムをオークションで売ってきた経験からすると、安いと思えてしまう値段だった。
俺の本心としては、今以上にお金を得ても使い道に困るだけなので安値と感じる値段で売ってもいい。
だけどイキリ探索者を演じていることを考えると、ここは一つゴネておくべきだろうという判断を管シアタ。
「おいおい、たったの一億円ぽっちかよ。宝くじの一等でも、もっと高額だろうがよ」
「は、はい。仰られる通りですが、政府の方にも予算がありまして。取っ払いできる金額となりますと、これ以上は難しいらしく」
「渇水対策ってんなら、米や野菜の栽培を助けるためのもんだろ。経済効果に直したら、何百億円ッて規模で助かるもののはずだろうがよ。それが一億円ってのはなあ」
何度となくゴネてみたが、終始に渡って一億円でと突っ張られてしまった。
そこで俺は、言い争いが面倒になったという態度を作り、大仰な溜息を吐きだす。
「はあぁ~~。分かった。一億円で売ってやるよ。これでオークションに売るって強行したら、後々面倒な事になるってんだろ。どうせよお」
「流石にそこまでするとは言えませんが、でも納得してくださってよかったです」
「納得なんかしてねえっての! 単純に、諦めがかっただけだっつーの。本当、一億円ぽっちで売っていいもんじゃねえってのによお。大損だぜ、まったくよお」
俺は仕方なしに売ってやるという態度のまま、水晶玉を日本政府に一億円で売り渡す契約を結んだ。
これで用は済んだなと思って立ち去ろうとして、またもや職員に呼び止められた。
「今度はなんだってんだよ」
うんざりした態度で聞き返すと、職員が内緒話をするように声を潜めて質問してきた。
「小田原様。欠損治しや病気治しのポーション。お売りになるご予定、ございますか?」
「あん? それらの在庫はねえぞ?」
正確に言えば、手元や次元収納の中にはないけど、治癒方術のメディシンを使えば作れる。
だから、職員が用途を説明してくれたのなら、融通をつける気はある。
「なんでまた、それらのポーションが要るんだ?」
「いえ、所持なさっていないのならいいのです。単に、オークションから次の出品は何時になりそうだ、という問い合わせが来ているだけですので」
「あれらのポーションは宝箱の中からランダムに出てくるからな。いつ手にはいるものか分からねえ。待つだけ無駄だと返してやれ」
「先方は誰かが危篤で切羽詰まっているって感じではないようでしたので、そう返答させていただきますね」
職員の口振りからして、問い合わせを行った人は、身体が欠損したり難病にかかったりした際の保険に欠損や病気治しのポーションが欲しかった、って感じだな。
それなら新しく作ってやる必要もないなと、俺は話を終わらせることにした。




