二百八十八話 変化は起こるもの
一度あったことは、二度三度とあるもの。
俺は、世の理とはそういうものだと思っているので、二十人の探索者たちを階段まで送った翌日に、警戒しながら十八階層の出入口にやってきた。
しかし、再び階段まで連れて行って欲しいと頼んでくる探索者はいなかった。
そのこと自体は良かったが、俺がテントの群れの間を通り過ぎる際に、テントの中や周囲に居る人達の囁き声が聞こえてきた。
ハッキリと聞こえたわけじゃないので、聞こえてきた内容を繋ぎ合わせてみると――
『あの人はヤバい』『身体強化スキルないのに、モンスターを楽に倒している』『あの人のモンスターの倒し方を知ると、探索者として自信をなくす』
――といった感じのことを、別々の人が同じように語っている感じだった。
その声を耳にして、失礼なと感じたが、イキリ探索者の態度じゃないよなと改める。
俺は演技で、他者が俺の実力にひれ伏していることを自慢げにする態度を取り、浮かれ調子の足取りでテントの間を通っていった。
この日の後も、十八階層深層域の探索で一日に行きと帰りで二度テントの群れを通ることになったが、その都度に同じような囁き声が聞こえ、俺はイキリ探索者らしい態度で振舞うようにしていた。
そうした日々が一週間ほど続き、あと少しで深層域の探索も終わりだなというところで、テントの群れの人達に変化が現れた。
俺を羨むような小声ばっかりだったのが、自分たちの成長を奮起するようなものに変わってきたのだ。
「あの金ぴか野郎の攻撃の要って、爆発するハンマーなんだろ。なら良い武器を手に入れれば、俺たちだって十八階層を越えて十九階層に行けるはずだろ」
「いや、武器だけじゃ駄目だろ。もっと戦いに慣れるように、出くわすモンスターの数が多い場所で戦うべきじゃないか」
「一度、十六とか十七階層を戻って、多数のモンスターと戦いつつ宝箱を漁ってみるのはどうだ? あの金ぴかは、そうやって実力をつけてきたって聞いたぞ?」
前向きに、彼ら自身がどう成長するかを語り合っている様子が、テントの各所で展開されている。
ちょっと意識して話の内容を掴んでみると、どうやら俺が戦闘系スキルを持っていないのにモンスター相手に無双していると知って、なら身体強化スキル持ちならもっと無双できるはずだという思考になったようだ。
実際、身体能力を向上させるスキルは、俺は持っていない。
なので、身体強化スキル持ちがガチに成長しようと思えば、俺以上にモンスター相手に無双できても変じゃない。
「耳に入ってきた声を聞くに、身体強化スキルがLv3か4あたりで止まっているっぽいしな」
俺の次元収納と治癒方術がLv5で他のスキルもLv3か4に至っているのを鑑みると、身体強化スキル持ちのレベルが異様に低いように感じる。
でもレベルが低いのは、レベルアップに必要な条件を満たしていないからなんだろうな。
次元収納スキルと違って、身体強化スキルは戦闘系スキルだ。
だから多分だけど、レベルアップに必要なモンスターの討伐数がべらぼうに多いんじゃないだろうか。
そう考えれば、基本的に順路――モンスターが一匹や二匹しか出てこない場所で活動している最前線組だからこそ、必要な討伐数が稼げなくてレベルアップできていないんだろうと予想がつく。
もちろん、そのモンスターの討伐数だけが、レベルアップする条件ではないはず。
それがどんな条件かは、身体強化スキルを持っていない俺では分からないので、頑張って探して欲しいところだ。
俺が、心の中だけとはいえ、他の探索者にエールを送っているのには理由がある。
俺がダンジョンに入る目的は、不老長寿の秘薬を探して自分に使うため。
極論を言ってしまえば、それ以外のダンジョンにまつわる全てが、どうだっていい事でしかない。
だから不老長寿の秘薬以外の部分に関して、俺は心底から他の探索者の活躍を期待している。
役所の職員がお願いしてきたような、十八階層のドロップ品を集めたりとか、攻略が止まっているという噂の十九階層や二十階層に関しても、他の探索者にお任せしたい。
そんな俺の思惑を叶えるには、やっぱり他の探索者たちの活躍が必要不可欠だ。
だから探索者たちが一念発起して頑張る気になってくれるのは、俺にとって願ったり叶ったりなわけだ。
他の探索者の発展を願う結論を得た日の夕方。
俺が何時もの通りにリアカーにドロップ品を満載にして役所に入ると、探索者の一団が取材陣に囲まれてフラッシュを焚かれている光景に出くわした。
すわっ、事件か。
と思ったが、様子を見るに、どうやら違うらしい。
取材陣に囲まれている中央には、アニメの魔法少女のようなコスチュームに身を包んだ女性と毛革で作った道着を着こんだ男性――萌園とその相棒の姿があった。
なにやら取材されている様子だが、取材陣の囲みがそれぞれに声を上げるので、萌園たちが何を答えているかまでは聞こえてこない。
聞こえないなら仕方がないと、俺は取材陣の囲みの横を通って、買い取り窓口でドロップ品を売ることにした。
「お待ちしておりました」
喜色満面な職員の笑顔に、本当に十八階層深層域のドロップ品を待っている人が居るのだと理解させられる。
俺はドロップ品をリアカーから窓口に移動させた後で、世間話の体で取材陣に指を向ける。
「あいつら、何やってんだ?」
端的な俺の質問に、職員は「ああ」と納得の声を出した後で、少し自慢げな顔になる。
「十五階層を突破した人へのインタビューですね。萌園さんたちは注目株でしたから、ああして囲まれているんです」
「へー。あいつら、十五階層を越えたのか」
俺は、ついイキリ探索者の演技を忘れて、素直な感想を口にしてしまった。
慌てて口を噤み、頭部を覆う防具越しに職員の様子を伺う。
しかし、どうやら職員は、俺が演技を忘れていたことに気付いていない様子だった。
ほっと安心しつつ、イキリ探索者の演技を再開させる。
「まっ、魔石の鏃の矢に魔法を顕現させてから攻撃すれば、あの機械仕掛けの中ボスには攻撃が通るんだ。火魔法を使える探索者なら、突破するのは難しくなかったってだけだろうさ」
「おや、小田原様。萌園さんたちが探索者になってから十五階層を突破した日にちが、ご自身よりも早い事が面白くないご様子ですね」
職員は、なにか誤解した感想を返してきた。
でも改めて考えると、萌園が俺よりも早く十五階層を越えたのは間違いないだろうな。
なにせ俺がトレントを越えた後ぐらいに萌園と出会ったが、あのとき萌園は探索者になったばかりだった。
その日から今日まで日数をカウントすると、俺が探索者になってから十五階層を突破する日付より早くなっていても変じゃない。
最短攻略日数を越えられたようではあるけど、俺としてはそんな事はどうでもいい事でしかない。
しかしイキリ探索者としては、なんらかの言い返しはしておいた方が良い場面だよな
「ふんっ。十五階層を突破したぐらいで、いい気になられても困る。十六階層から先は、それまでの階層よりも各段に大変なんだ。それに俺も、もう少しで十九階層に上がれそうだしな。俺の方が優位だ」
俺が減らず口に聞こえる感じになるよう演技で言葉を喋ると、急に職員が慌てた様子になる。
「えっ。もうすぐ、十九階層に活動場所を移すんですか!?」
「ああ。もうそろそろな。十八階層深層域のモンスターも、倒し飽きてきたしな」
実際は未探索通路があと少しだけだからなのだけど、表向きの理由はモンスターに飽きたからにしておいた。
すると職員は、明らかに媚びた顔つきになる。
「できればー、もうちょっと長く活動してくださると~」
「おいおい。役所としては、俺が十九階層のモンスタードロップ品を集めてくる方が嬉しんじゃないのか?」
「たしかに、十九階層のモンスタードロップ品も欲しいですけど、十八階層のドラゴン関係のドロップ品は納入してくれる人が少なくてですね」
ハーフボーンドラゴンは、十八階層の中で最強のモンスターだ。
それを好んで狩ろうとする物好きは、きっと居ないに違いない。
だから職員は、俺に翻意を促しているわけだ。
しかし俺は自分の予定優先なので、職員の言い分を聞き入れてやる気はさらさらない。
「俺よりも、優秀ってテメエが言った、あの魔法少女系探索者にお願いしたらどうだよ。十八階層の骨のドラゴンを大量に倒してくださいってよお」
「そ、そんなこと言えるはずないじゃないですか。萌園さん達は、十五階層を突破したばかりなんですよ」
「じゃあ、大人しく諦めるこった。もしくは、役所で十八階層に屯している探索者を雇って、骨ドラゴンのドロップ品を集めるようお願いするとかな」
俺が意地悪く言うと、職員は項垂れてしまった。
仕方がないので、あと数日間は十八階層で活動することを教えてあげて、その間にどうにかするか方針を立てろと忠告し、窓口から離れることにした。
俺は空のリアカーを牽きつつ、取材陣に囲まれて四苦八苦している萌園たちを横目にしながら、役所から出ていった。




