二百八十六話 役所の困り事
十八階層深層域の探索は、順調に進んでいる。
しかしハーフボーンドラゴンという強敵がいるため、いくら俺が楽に倒せる方法を編み出しているとはいっても、一つの通路を調べ終わるのにはそれなりに時間がかかってしまう。
だからチマチマとした範囲で探索を終えた範囲を広げることしかできないでいる。
これは調べ終わるまで一ヶ月はかかりそうだなと予想を立てつつ、不老長寿の秘薬の入手は長期目標だしと、気持ちを楽に保って探索を続けることにしている。
深層域までの道中、浅層域にて傀儡操術でライオンロボットを配下にすることはやっている。
ライオンロボットは、戦闘に使うというより、宝箱を開ける際の犠牲用として運用している。安全に宝箱を開けられるので、重宝している。
とまあ、自分のペースで攻略を進めていっているわけだけど、日数をかけている弊害が出始めた。
その弊害は幾つかあるのだけど、まず役所からドロップ品をお願いされることだ。
「十八階層のドロップ品を大量に持ち込んでくださるのは、小田原様だけです。なので、これから先も出来るだけ多く収めていただきたいなと、そう願っている次第でして」
買い取り窓口の職員が、申し訳なさそうに言ってきた。
役所側が、そう願ってしまう理由は、察しがついている。
なにせ、十八階層や十九階層にいる探索者たちの最優先目標は、基本的にダンジョンの先の階層へ行くことだ。
つまるところ、モンスターを倒してドロップ品を得るよりも、モンスターとの戦闘を回避してでも階層の先へ行くことを重視している。
だから最前線組の探索者たちにドロップ品の収集をお願いしても、聞き入れてくれることは少ない。
仮に願いを聞いてくれたとしても、彼ら彼女らは順路上を行き来する存在だ。だから俺のように多数のモンスターと戦ったりはしないため、収集できるドロップ品の量は少ない。
それに順路上のレアドロップ率は、七匹一組の区域に比べてかなり低い。
だから一日収集してもレアドロップ品を手に入れられるとは限らない。
そうした事情を考えると、一日に大量にドロップ品を持ち込むうえに最低一つはレアドロップ品を都度持ってくる俺という存在は、役所側にしてみれば便利遣いしたい相手なんだろうな。
もちろん俺としては、ダンジョンに入っている目的が不老長寿の秘薬なので、便利遣いされてやる気はない。
「ああ゛! 俺に今以上に働けってのか、おお゛っ!?」
イキリ探索者の演技で威嚇の声を出すと、職員は愛想笑いを返してきた。
「い、いえ、そういうことではなくてですね。これからも多くのドロップ品を収めて欲しいなーというお願いでして」
「そっちの都合なんぞ知るかよ。俺はな、ダンジョンで手に入った不用品を売り払っているだけなんだからよお。あんまりナマ言ってくれっと、ドロップ品持ってこなくしてやんぞ、おお゛!!」
俺が脅すように言うと、職員の愛想笑いが更に深まった。
「小田原様のご迷惑でない範囲で構いませんので、ドロップ品は今後も売ってくださるよう、お願いいたします」
俺は職員の顔色を見て、直感的に悟るものがあった。
そこで俺は、嘲るような表情を作ってから、職員にあることを聞いてみることにした。
「はは~ん。さては、上司からなんか言われたんだろ。俺にドロップ品を集めるようお願いしろとかよお」
俺の発言は的を得ていたようで、職員の表情と身動きが数瞬だけ固まった。
「え、えーっと、そいういう話も、なくもないわけでして」
「詳しい話は聞かねえけどよお、十八階層の奥にいるモンスターのドロップ品が要るってのか?」
気になって質問してみると、職員の顔色の血色が良くなったように見えた。
「理由を話したら、ドロップ品の収集量を増やしてくださるので?」
「馬鹿か。んなこと、するわけねえだろうが。単純な興味だよ、興味」
話したくないなら良いという態度を取ると、職員が慌てて説明をしてくる。急いで説明を始めたのを見るに、説明を聞いて貰って同情を引こうという魂胆だろうな。
「成竜の骨と牙は、いままで空想上の生き物だったこともあって、世界中で需要があるんです。それこそ、関係各所から売り渡してくれるようせっつかれている有様でして。死霊術師のローブと鈴も、死霊術のスキルを得るために必要不可欠なアイテムじゃないかっていう予想が立ってからは、海外の探索者を中心に問い合わせが殺到しています。黒いスケルトンの骨の形の炭を使って刀を打つと、普通に作った刀よりモンスターへの攻撃が通じやすいようで。骨の剣の方も、武器としてだけではなく、破片にして鋼の材料として混ぜると、モンスターへの攻撃力が上がるようでして」
つまるところ、色々な方面での使い道が確定しているのに、供給量が少ないことで、役所に問い合わせが来て仕方がないといったところなんだろう。
「一応断りを入れておくけどよお。骨自体は大人の竜のものっぽいが、ドロップするのはアンデッド系モンスターのボーンドラゴンだぞ。それも身体が半分しかないやつのだ」
「それは先方様も重々承知していますけど、ドラゴンの骨と牙には間違いないですので」
とりあえずアンデッド系からのドロップ品でもいいから、ドラゴンの骨や牙を確保しておきたい。
後々に普通のドラゴンが出てくる階層にてドロップ品で骨や牙が出てきたら、そのときに新たにドラゴンの骨や牙を入手すればいい。
そう海外の金持ちは考えているってことだろうな。
骨も牙も髄が詰まっているナマモノだけど、そこら辺はちゃんと保存処置するんだろう。
そんな海外事情はわかったものの、殊更になにかしてやろうって気にはならない。
「言っておくけどなあ。俺は、俺の都合でダンジョンに入ってんだ。十八階層に飽きたら十九階層に行っちまう予定だからな。竜の骨やら牙やらを大量に納品するのは、期間限定って考えてくれや」
「やっぱり、そうですよね。小田原様の活動実績を考えると、そうじゃないかとは分かっていましたけど」
各方面からの要望の対処をどうしようと、職員は頭を悩ませる様子をみせる。
可哀想に思ってしまいそうになるけど、俺は俺の目標を諦めることはないので、役所側に諦めて貰うことは決定事項だ。
「ま、せいぜい俺がドロップ品を売りつけている間に、方々に高く売るこった。もしくは、十八階層に屯している連中の横面を報酬で引っ叩いて、骨や牙を集めさせるとかしろや」
「そうするしか、ありませんよね。十九階層には成竜は出ないようですし」
なんか余計な情報まで耳にしてしまったけど、後の楽しみのために聞かなかったことにしておこう。
そんな役所での一幕はあったものの、俺は順調に十八階層深層域の探索を続けつつ、ドロップ品を売却して利益を得る日常を送っていった。




