二百八十話 問いかけられて
花見で英気を養った、その翌日。
俺は意気揚々と、十八階層の深層域へと向かうことにした。
まずは、東京ダンジョンの出入口に入り、十六階層の出入口へ。
他の探索者たちと並んで入っても、十六階層に出るときには一人、というのが何時もの光景だった。
しかし今日は違っていた。
俺が十六階層の出入口に立つと、十人ほどの探索者たちも同じように立っていた。
珍しいこともあるもんだと思いながら、俺は次元収納から魔槌を取り出した。
さあ通路に踏み出そうというところで、探索者たちの中から一人が声をかけてきた。
「あの! 貴方は最前線組の方ですよね! どこが稼げる場所か、知っているのなら教えてくれませんか!?」
決して、聞こえないとは俺に言わせない程の声量での問いかけ。
その問いかけの内容を聞いて、俺は感慨深い気持ちを抱く。
なにせ今まで十六階層から先に入ってくる連中は、十八階層の出入口に住んでいる探索者たちのように、攻略を目指して最前線に行こうという人達ばかりだった。
しかしここにきて、金を稼ぐためだけに、十五階層のエクスマキナを突破してみせる探索者たちが現れた。
それはつまり、新たな人の流れが出来つつあるという証明に他ならない。
だけど同時に、探索者たちが質問してきたという事実に、彼らが俺に抱く印象について疑念を抱くことに繋がった。
俺はいままでイキリ探索者に見えるよう振舞ってきた。だから探索者たちが、俺に好印象を持っているはずがない。むしろ嫌っているはずだ。
それにも関わらず、ああして俺に声をかけてきた上に質問までしてきた。
そして質問するということは、俺なら質問に答えてくれると、彼らにそう思われているってことになる。
不可解だと思いつつ、俺はイキリ探索者らしく嫌がらせのような答えを返すことに決めた。あわよくば、再び悪評が広がって、俺に近寄ろうとする探索者が減少することを期待しながらだ。
「稼げる場所だぁ!? そんな場所、十六階層にあると思ってんのか、おおぅ!!」
俺が怒声に聞こえるような口調と声量で言い返すと、探索者たちはたじろいだ様子になる。
しかし声をかけてきた一人は、体勢を踏ん張る様子を見せてから、言い返してきた。
「そ、それでも稼ごうと思ったら、どこですか!」
ガッツがあるなと感心して、俺は仕方がないので本当のことを教えてやることにした。もちろんイキリ探索者らしい口調でだ。
「上がる階段間近の場所のモンスターなら、ドロップ品に言い値だんがつくかもしれねえなあ。十六階層だけじゃなく、十七階層でもな。十七階層の方は、レアドロップ品を手に入れられたら、一攫千金も夢じゃねえしな。まあ、お前らの実力じゃあ、そこまで行けるか怪しいもんだ。大人しく十四階層以下に戻った方がいいんじゃねえのかぁ~?」
俺は嘲り口調で言ったのだけど、声をかけてきた探索者は大仰な身振りで頭を下げてきた。
「教えてくれて、ありがとうございました! 頑張ります!」
生真面目一直線のような身振りと口調に、俺は思わず鼻白んでしまう。
嫌われるようにと俺が振舞っているイキリ探索者とは、真に反対そうな立ち振る舞いなので、きっと人に好かれる人物なんだろうな。
そんな好人物を詰る趣味はないので、俺はさっさと彼らから離れることにした。
「ケッ。せいぜい死なないように頑張るこった。その貧弱装備でどこまでできるか、分かったもんじゃねえけどな!」
俺が悪態に偽装した助言を言ってから通路へと進んでいった後も、あの声をかけてきた一人は頭を下げ続けていた。
なんとも徹底しているなと感心しながら、俺は十八階層の深層域へと向かった。
そんな十六階層の出入口での出来事の後、俺は十八階層深層域までの道中で他の探索者たちの様子を観察することにした。
すると、金稼ぎ目的と思われる探索者の姿が、十七階層にまで至っていることに気付いた。
まあ、十七階層のドロップ品は良く売れる物が多いし、鞄ミミックのレアドロップ品の次元収納代わりになる大容量鞄はドロップ品の中で最高値がつきそうな逸品だ。
金稼ぎ目的でダンジョンに入る人にしてみれば、狙わない理由がないモンスターだもんな。
だけど彼ら彼女らは、俺とは違って、ダンジョンの区域の奥にある宝箱を目指そうとはしていない様子だ。
それが実力不足からくる判断なのか、それとも宝箱は狙わないと決めているからなのかは、傍目で観察するしかな俺には判別できない部分だ。
ともあれ、俺は新たな探索者の登場を感じつつ十八階層へと入り、そして深層域を目指す順路を進んでいく。もちろん、浅層域にてライオンロボットの補充を忘れずに行いながらだ。