二百七十六話 十八階層中層域のモンスターたち
矢筒のヤバさが分かった、その翌日。
俺の姿は東京ダンジョンの十八階層の中層域にあった。
そして順路から外れて、中層域の奥へ向けて探索を始めようとしたところで、一つの探索者パーティーに出くわしていた。
人と出くわしただけなら何も問題ないところだけど、その探索者たちは見るからに大慌てをしている状況だった。
「動くな! その花のモンスターを倒せないだろうが!」
「無茶言うな! 無理矢理動かされているんだから、止まれるわけねえだろう!」
「水の精霊を先に倒すぞ! そいつがいるから、延々花が倒せないんだからな!」
「逃げ回るのを追いかけるので精一杯だ! そっちから追い込んでくれ!」
わーわーと叫び合いながら、探索者たちが刀を振り回している。
あの横を通り過ぎるのは危険な感じなので、騒動が収まるまで、観察して待っていることにした。
そうして探索者たちの戦いぶりを見ていて、彼らが戦っているモンスターが何なのかが把握できた。
「片方は、花に木の根がついたようなモンスター。人の身体に張り付いて、その根で人の身体や手足を動かさせる、寄生の花なわけか。もう片方は、水の体をもつ精霊――水の精。水を射出する攻撃が主体だけど、寄生花に付けらた傷が水が水をかけられたら治っているのを見るに、回復役の側面もあるみたいだな」
口の中で留まる声量で呟きつつ、モンスターの戦闘能力を記憶していく。
それにしても、寄生花は厄介そうな相手だ。
俺はソロだから、もしも寄生花に身体の動きを乗っ取られたら、成す術がなくなる可能性が高い。
身体に張り付くことが必須条件なら、基礎魔法の魔力盾や魔力鎧で寄生花を押し止めれば無力化できるかもしれないな。
水の精に関しては、ファンタジー作品のラノベみたいに、水の槍で人を貫くみたいな真似はできないようだ。
しかし殺傷能力が低いとはいえ、目に水をかけて目つぶししたり、開けた口に放出した水を入れて呼吸を乱したりと、嫌がらせレベルでの使い方が異常に上手い。
刀の振り下ろしに対しても、水球を作って防御することで、水球の水の抵抗力で刀の速度を殺し、避けきる時間を捻出している。
なんというか、水の精は生存能力に特化している感じだな。
「二種類が他にない特殊な行動をするモンスターってことは、もう一種類もそうなのかもな」
そんな予想をしている間に、探索者の一人が顔に水をかけられながらもひるまずに突進することで、水の精を抱きとめることに成功した。
水の精は、その探索者の顔に水球を貼りつかせて溺れさせようとする。
しかし彼の息が詰まるよりも先に、仲間の探索者が水の精を刀で何度も斬り裂いて倒す方が先だった。
こうして回復役の水の精が倒されたことで、寄生花の傷が時間を経るにしたがって増え始め、やがて人の身体に張り付いたまま薄黒い煙に変わって消えた。
水の精のドロップ品は、他の精霊のときと同じく、宝珠のようだ。
寄生花のドロップ品は、大人の拳大ほどの瓶。中身に薄黄色くて粘度のある液体が入っているので、なにかの蜜のようだ。
それらのドロップ品を放置して、探索者たちは寄生花に操られていた一人を糾弾している。
「寄生する花は厄介だから、絶対に体に貼りつかれるなって言っていただろ!」
「仕方ねえだろ! 通路の罠を警戒して視線が下がり気味だったところに、天井からボトッと落ちてきたんだから!」
「少しは動かないように抵抗しろよ!」
「出来たらやってる! あの花の根が動くと、どうやっても身体が動いちまうんだよ!」
ギャンギャンと吼え合う彼らの横を、俺は素知らぬ顔で通り過ぎることにした。
放置していれば言い合いの熱は冷めるはずだけど、その放置する時間を待つ必要もないしな。
探索者の何人かは、横を通る俺に声をかけようとする素振りをみせたが、他の仲間の言い合いに引きずられる形で会話に参加を始めた。
そんな彼らの声を背中に聴きつつ、俺は中層域の奥を目指して歩き続けることにした。
中層域の奥を目指して歩くこと少し、モンスターと会敵した。
モンスター二匹の組み合わせは、先ほど目にした水の精、そして車の中型のバンぐらいある大きさの亀だった。
「いや、単純な亀ではなさそうだな」
大まかな形こそ、ホウシャガメのようなゴツゴツと出っ張った甲羅の亀ではある。
しかし身体の左右の側面に二対四本のマフラーのような金属管がくっ付いているのを見るに、大きさだけでない部分で普通の亀とは違うことが予想された。
どういう亀なのかと観察しながら待っていると、亀は象のような太い脚をノシノシと動かしながら近寄ってくる。そして近寄りながら、管の先から白い煙のようなものを吐き出し始めた。
「水蒸気? いや、これは霧だ!」
俺が何かを看破した直後から、ダンジョンの通路の視認性が極端に悪くなってきた。
霧によって、薄く白く塗られたように景色が変わり始めていた。
これは早く倒さないと、目で敵を捉えられなくなる。
俺は焦りながら大亀に接近し、その頭を目掛けて魔槌を振り下ろした。
しかし大亀は攻撃を察知すると、頭だけでなく手足まで勢い良く引っ込めて、完全防御の体勢に入った。
狙う先がなくなったことで、魔槌での攻撃は空振りに終わった。
頭を隠す気でいるのなら甲羅ごと壊せば良いと、魔槌に爆発力を持たせて殴りつけようとする。
しかし俺が魔槌を構えるより先に、俺の顔に水の塊が当たった。
水の塊がやってきた方向を見ると、亀の陰に隠れるように位置取りした、水の精の姿がある。
その水の精は、俺を揶揄うような身振りをして、こちらを怒らせに来ている。
お望みとあればそっちから先にと思いかけたところで、近場の水の精の姿すら霧に霞んでいることに気付く。
ハッとして亀の管を見ると、完全防御の耐性なのに霧を噴き出し続けている。
「特殊行動をするモンスターばっかりの場所だと予想はしていたけど!」
寄生して身体の動きを乗っ取ってくる花、水による嫌がらせに終始する水の精、霧を出して視認性を下げてくる大亀。
どれも直接的な攻撃力は低いみたいだけど、戦うと面倒くさいモンスターばっかりだ。
俺は霧に包まれつつある中で、決断した。
「回復手段をもつ水の精を、霧で完全に見えなくなる前に、先に倒す!」
俺は魔槌を構えると、大亀の周りを移動しながら水をかけてくる水の精を追いかける。
どうせ霧で周囲には見えないからと、魔力弾を連射したり、次元収納から二匹のライオンロボットを出して嗾けるのも忘れない。
そした攻撃の手数と追跡者の数の暴力によって、水の精を手早く倒すことに成功した。
残るは、頭と足を引っ込めて完全防御態勢の霧亀を殴り倒すだけとなった。
「まあ、防御だけして戦う素振りがないっていうのなら、最大級まで爆発力をチャージさせてもらうだけだけどな」
俺は魔槌に爆発力を持たせた後で、魔槌の空振りを重ねていく。
進化した魔槌は、意識を込めるだけで爆発力を持たせることが出来るので、進化する前のように爆発力を持たせるためだけに空振りをする必要はなくなった。
しかし進化以前と同じように、爆発力を持たせた状態で空振りをすることで、その爆発の威力を底上げすることが可能な機能は保持したままだ。
だから俺が魔槌を空振りすればするほどに、暴力的な爆発力が魔槌に備わることになる。
「ジェットバーナーが吹き出す火の勢いも空振りする度に増えるから、空振りするだけでも大変ではあるけどな」
うっかり魔槌を手放してダンジョンの床に落としでもしたら、無駄に爆発させてしまうことになる。
そうならないためにも、手から取り落とさないよう気を付けながら、ジェットバーナーが生み出す勢いを操作しつつ空振りをし続ける必要があるわけだ。
とはいえ、進化前のときに散々使い方に慣れているので、よほど気を抜かなければ、俺の手から魔槌が落ちることはないけどな。
そうして、これ以上はないというほど――ジェットバーナーの火が衛星ロケットのエンジンもかくやという勢いで噴射されている状態になり、これ以上は俺の手で空振りさせるのは怖いという段階まで達した。
「というわけで、超威力の爆発を食らえ!」
俺が魔槌を霧亀に叩き込むと、魔槌のヘッドの打面から大爆発が生まれたのが見えた。
ただし見えたのはほんの一瞬だけで、俺が被っている兜の頭骨兜の方の機能によって、過度な光と音声がシャットアウトされた。
俺の視界と聴覚が周囲の状況を捉えられるようになったのは、五秒ほど経った後だった。
そうして見えた光景は、先ほどまで濃く立ち込めていた霧の一切が消え去り、霧亀がいた形に白抜きされた焦げ跡が床にあった。
周囲を見回せば、出していたライオンロボット二匹が壁の付近にまで吹っ飛んで引っ繰り返っているし、水の精を倒して出たはずの水の宝珠がどこかへ行ってしまって所在が分からなくなっていた。
「これは威力を上げすぎたな」
反省反省と思いつつ、霧亀がいた跡の真ん中へと近づく。
そこに霧亀のドロップ品である、人の胴体を覆い隠すぐらい大きさの、亀の甲羅があった。
霧亀のゴツゴツした形ではなく、鼈甲のような平たく艶々とした甲羅だ。
「これが鼈甲だとすると、かなりの高額買い取りになりそうだな」
動物保護が厚くなっている昨今、甲羅のためだけに亀を狩猟することは禁止されている。
だから鼈甲は、いまある在庫がなくなれば新たに作れなくなるため、高値で在庫が業者間で取り引きされていると、そう聞いたことがある。
鼈甲のイミテーションは存在するので、本物がなくなっても胴と言うことはないだろうとは思うけどな。
ともあれ、霧亀から鼈甲が取れるとなれば、目の色を変えて乱獲する探索者が出ないとも限らないわけだ。
「霧亀の大きさと甲羅の厚さと戦い方を見るに、探索者の多くが倒していないって予想はつくけどな」
霧亀の霧の放出は厄介ではあるが、戦い方は完全防御型で驚異的ではない。
だから他のモンスターを倒してしまえば、あとは霧亀を放置して先に進むことだってできてしまう。
そうした戦闘を回避する方法があれば、十九階層へ移動することを目的としている探索者なら、わざわざ労力をかけて霧亀を倒す真似はしないだろう。
「もしかしたら、霧亀を倒したら鼈甲が出てくるって情報すら、十八階層の出入口に住んでいる連中は知らないかもしれないな」
霧亀は倒さずにスルーすることが彼らの共通認識になっているなら、霧亀を倒して鼈甲を得たことはないかもな。
俺は鼈甲を次元収納に仕舞うと、引っ繰り返ったライオンロボットが起き上がったのを確認してから、中層域の奥を目指して進むことにした。




