二十七話 戦闘経験、積み立て中
俺は第二階層の中層域を進んでいく。
深層域へ行く気ではあるが、モンスターとの戦闘に慣れたい部分もあるので、今日のところは真っ直ぐに進むことにした。曲道を覚える必要がないから、帰るのが楽だしな。
そういう考えで通路を直進していると、モンスターが現れた。
ゴブリンとゾンビ犬の二匹だ。
「モンスターの数が増えたってことは、深層域に近くなったってことでいいのか?」
深層域に近づいても、この道の先が行き止まりという可能性もあるので、正解の道と言うわけでもないのが厄介だ。
ともあれ、ゴブリンとゾンビ犬との戦いに入ったのだが、これが実は厄介だった。
ないが厄介かというと、ゴブリンとゾンビ犬の駆け寄ってくる速度が似通っていることと、ゴブリンとゾンビ犬の攻撃してくる位置が違う点だ。
「ゴブリンが短剣でこちらの上半身を、ゾンビ犬は噛みつきで下半身を狙ってくるんだもんなあ!」
俺はゴブリンの短剣を横に移動して避け、ゾンビ犬の噛みつきを足を引いて避けた。
こうして避け続けると、モンスターたちは調子に乗って攻撃をし続けてくるもの。
ここで俺は腹をくくり、攻撃を被弾することを覚悟した。
「あんま、舐めるなよ!」
俺は右手一本でメイスを構えると、振るわれたゴブリンの短剣に、左腕に巻いた手甲を勢い良くぶつけた。俺とゴブリンの体格差で、ゴブリンは短剣を弾かれた勢いで仰け反る。
この行動の消費で俺が無防備になったと思ったのか、ゾンビ犬が右足を噛もうとしてきている。
しかし、その行動は予測済みだ。
俺は右足を引いて噛みつきを避けると、右手のメイスを振り下ろす。
両手で持った時に比べて威力は弱くなるが、当てるだけなら片手だってできる。
ゾンビ犬の背中にメイスのヘッドが命中し、その腐った背骨が威力に抵抗しつつもヒビが入る感触がした。
ゾンビ犬の腐った体でも、背骨は身体の運動に関係しているようで、そこが破損したことで動きが鈍った。
俺は一度メイスを引き戻すと、ゴブリンが体勢復帰する前に、もう一度ゾンビ犬をメイスで叩いた。
今度は両手持ちの強打だったので、ゾンビ犬を倒しきることが出来た。
ゾンビ犬が薄黒い煙として消えたので、あとはゴブリンとのタイマンだ。負ける要素はない。
「ふう。ヒヤッとさせられた」
ゴブリンとゾンビ犬は、組み合わせの妙で強かった。
だがモンスター二匹を相手に、少し苦戦してしまった事実は問題だ。
「俺自身の戦闘経験の積み立てが浅いのが原因だろうな」
手甲で防げたということは、防具ツナギに貼り付けた装甲でも防げるということでもある。
ゴブリンの短剣を胸元の装甲で受けつつメイスを振るえば、簡単に一匹減らせただろう。
ゾンビ犬を先に相手にするのなら、防具ツナギの脛にある装甲で蹴りつけて、ゴブリンとの連係に乱れを生じさせてもよかった。
少し考えればできることが、先ほどできていないということは、単純に俺の戦い方が拙いということ。
「まあ、二ヶ月ほど前まで普通のオタク社員だったって考えれば、こんなもんだよな」
俺に戦いのセンスが溢れているというような事実はない。
だからこそ、会社員の新人時代では業務に少しずつ慣れていったように、ダンジョンでの戦いに慣れていけばいい。
「じゃあ、戦い慣れるまで、ここら辺での戦闘を主軸としようか」
第二階層の中層域で、モンスターが二匹で現れる場所を中心に、戦闘技術を積んでいくことに決めた。
ゴブリン、ゾンビ犬、ミニゴーレムを倒して回る。
通路を直進し続けて、進行方向の先にモンスターが三匹現れているのが見えたら、道を引き返して延々と二匹現れる場所で戦っていく。
そうした連戦の中で感じたのは、ゴブリンとゾンビ犬のコンビが一番厄介な組み合わせだったということ。
基本的にモンスターは連係をとってこないので、バラバラに攻撃してくる。
だから、ゴブリンとミニゴーレムやゾンビ犬とミニゴーレムの組み合わせだと、二匹の移動速度の違いでバラバラに戦えてしまう。ゴブリン同士、ゾンビ犬同士、ミニゴーレム同士の組み合わせの場合は、攻撃手段が同じなので対処も楽だ。
しかしゴブリンとゾンビ犬の組み合わせだけ、移動速度が同じことと攻撃する位置が違うことが、二匹はバラバラに行動しているはずなのに、奇跡的な組み合わせを発揮して強敵に変わる。
「そんな組み合わせに一番最初に戦ったのは、俺の不運だったんだろうな」
そして、禍福は糾える縄の如し。不運があれば幸運も起こるもの。
二匹現れる場所で戦いだして、まだ二十匹も倒していないのに、ミニゴーレムから魔石が出た。
役所に売れば十万円はかたそうな大きさの魔石だが、俺は迷いなくメイスの強化に使ってしまう。
その後も幸運は続き、だいたい十組のモンスターを相手すると、一つレアドロップが起こることが続いた。
「レアドロップ。ゴブリンからは短剣。ゾンビ犬からは毒々しい色の犬歯。ミニゴーレムからは鉄の鍋蓋――じゃなくて、小型のバックラー」
短剣は使う気はないし、犬歯には毒があったはずだから素手で触れたくない。
バックラーは装備品としてはアリだが、俺の主武器は両手持ちのメイスだ。盾で片手を塞ぐことはできない。
三つとも売却するかと考えて、バックラーだけ別の使い道を思いついた。
俺の防具ツナギは、全体をイボガエルの革で覆ってはいるけど、ドグウの手甲から取った装甲がついている場所は限られている。
心臓や肺がある胸元。肩甲骨と背骨の部分。膝と脛。
つまり腹部には、装甲がついていないわけだ。
だから、試しにミニゴーレムの小型バックラーを腹部に当てて、具合を確認してみることにした。
鈍鉄色のバックラーを臍のあたりにあてがって見たが、なんかしっくりこない。
「なんかくすんだチャンピオンベルトみたいで間抜けに見える。それにツナギの真ん中にはファスナーが通っているから、脱ぐときに邪魔になるし」
ならとバックラーを横にズラして、脇腹からファスナーの近くまでを覆う形にしてみる。
「ここなら広範囲に腹部が守れるし、いいんじゃないか?」
ただし反対側の脇腹も守るためには、バックラーがもう一つ必用だ。
「こういう必用だから欲しいと思っているレアドロップって、なかなか落ちないことが定番だよな」
俗にいう、物欲センサーと言うやつだ。
その予感の通り、ミニゴーレムからバックラーが落ちたのは、ゴブリンとゾンビ犬のレアドロップが合算で二桁に到達した後だった。