二百六十六話 金と危険
『十七階層深層域は、中々に美味しい場所である』
俺が、鞄ミミックの肉と革鞄に、筒腕ロボットの単発銃とで荒稼ぎをしている。
そのことを知った探索者たちが流した噂だ。
この噂が関係しているかは知らないが、俺がドロップ品を売りにダンジョンから役所に移動する際、エクスマキナに追い返されたらしき探索者パーティーが何組もいるのに気付いた。
どうして彼ら彼女らがエクスマキナと戦ったと分かるのかというと、反省会という名の責任の擦り付け合いの言葉で、なにと戦ったかわかったからだ。
俺は懐からスマホを取り出し、ダンジョン関連のニュースを見る。
俺や最前線組が売ったドロップ品についての記事ばかりで、エクスマキナに殺された探索者のニュースはない。
昨今、人命が尊ばれている関係で、ダンジョン内であろうと人死がでれば、大きなニュースとして報道される。
その死者どころか行方不明者の報道がないということは、エクスマキナに殺された探索者はいないということだ。
俺はスマホを懐に戻し、違うことを考える。
ああしてエクスマキナに追い返されたパーティーが多いということは、確率的にエクスマキナを突破したパーティーも存在するはずだ。
その突破したパーティーが十七階層深層域に稼ぎに来るのなら、十七階層の出入口にテントを張って拠点にしてもおかしくない。
そして俺は、その深層域から大量のドロップ品を持って帰ってくる探索者だ。
「……俺、絡まれそうだな」
人から絡まれないように、イキリ探索者を装っているというのにな。
つまりそれは、目先の利益のためなら、イキッて危なそうな人にでも声をかける人が多いってことなんだろうな。
この日も、俺は大量のドロップ品を役所で売り、レアドロップ品をオークションに出品し、自宅に帰った。
その翌日、東京ダンジョンの出入口から十六階層に入り、十七階層の深層域を目指して歩いていく。
そして十七階層の出入口に到着したところ、俺が予想していた通りに、今までなかったテントが出入口近くに幾つか展開していた。
テントの数としては、十個未満だ。
だけど、このテントの数だけ人がいるとなると、その人の数だけ面倒事に巻き込まれる確率が上がっているはず。
あと少しで深層域を全て調べ終えることができそうなんだから、ここは慎重に行動しよう。
そう心掛けながら順路を歩いていると、視界の先に探索者パーティーの姿があった。
しかし彼らの姿を見て、俺は頭防具の中で眉をひそめた。
「十人ぐらいいるな。」
先の探索者たちに聞こえない声量で呟きつつ、俺は首を傾げる。
探索者パーティーは、明確に一組何人と決まっているわけじゃないので、十人一組でパーティーを組んでも問題はない。
ただ、一日に集められるドロップ品の数は限られるため、そのドロップ品を売却して得た利益を人数で等倍した場合、大人数パーティーだと一人当たりの手取りが少なくなってしまう。
だから戦力と実入りの妥協点として、四、五人で一つのパーティーを組むのが通例となっている。
その通例から考えると、十人一組のパーティーというのは珍しい。
しかも、あの十人のパーティーの戦いぶりをみれば、元は五人一組のパーティーが二つくっ付いて出来ているのだと分かる。
なにせ彼らは、格闘トロルに五人、アロマロカリスに五人と別れて戦っているんだから、素人目でもハッキリわかってしまう。
「十七階層からは順路に出てくるモンスターが二匹になったから、一匹ずつ相手にできるように組んだってところか?」
俺は探索者パーティーと距離を取りつつ、戦いぶりを観察する。
格闘トロルは、その大柄な体格と分厚い肉体、そして急速的に傷を回復する能力とで、五人の探索者パーティーの斬撃に耐えきっている。
アロマロカリスの方も、巧みに空中で体を捻ることで、探索者たちが振るう刀の刃の直撃を逸らしている。
逆に探索者たちは、格闘トロルの打撃に吹っ飛ばされたり、アロマロカリスの噛みつきで刀を折られたりと、いいところがあまりない。
あまりに手古摺っているからか、探索者の一人が格闘トロルへ吶喊していく。
「斬撃強化!」
大きく言葉で宣言しながらの刀攻撃は、発動させた斬撃強化スキルの力もあり、格闘トロルに深々とした斜め傷を作った。
ここで更に一撃を加えることができたのなら、流石のトロルといっても致命傷になったことだろう。
しかし吶喊した探索者が再攻撃するより先に、格闘トロルがサバ折りを仕掛ける方が早かった。
巨体に抱き着かれて、探索者は大きな悲鳴を上げる。
「ぐあああああああ! 助けてくれ!」
悲鳴と共にギリギリと体が軋む音が、俺の位置にまで聞こえてきた。
彼の仲間は大急ぎで格闘トロルを倒しに入り、抱き着かれた人から骨が一、二本折れたような音がした後で、ようやく格闘トロルを倒しきることができた。
一方のアロマロカリスも、上手い具合に刃が当たったのだろう、空中を泳ぐためのヒレが斬り飛ばされて素早く泳げなくなっていた。
身動きが鈍ったアロマロカリスを、対応していた探索者たちは刀で叩いて地面に落とす。そして足で踏んづけて動けないようにしてから、刃の先で体節の間を突いて仕留めた。
たった二匹のモンスターの戦いで、片や骨折の大怪我を追い、片や数人の手にある刀が折られていた。
骨折はポーションで治すにしても、刀の方はダンジョン内ではどうにもならない。
ゲームみたいに、鍛冶スキルを持っている人が居たら別だけどな。
もしかしてと期待を込めて観察していたが、探索者たちが折れた刀をダンジョンの壁際に投げ捨てるのを見て、期待して損した気分になった。
見るべきものは見終えたので、俺はあの十人を越してダンジョンの先に行くことにした。
「おう、通らせてもらうぜ」
イキリ探索者らしい口調を作って声をかけ、堂々とした足取りで彼らの間を通り抜けていく。
そのまま深層域まで行こうとあるいていると、あの十人の探索者たちが俺の後ろに突いて歩いて来ていることに気付いた。
先ほどは俺が戦いぶりを観察していたのだから、同じことを彼らがやっても変じゃない。
だから俺は、彼らがついてくるがままに放置することにした。
あと少しで中層域に入るというところで、モンスターに会敵。
格闘トロル二匹の組み合わせだ。
「このぐらいは、慣れたもんだ」
俺は魔槌を構えると、すぐに格闘トロルへと突っ込んだ。
格闘トロルは連係して戦おうと身構えるが、その体制が整うより先に、俺の魔槌が格闘トロルの片方の頭を潰した。
頭の四分一を潰されて、格闘トロルの一匹が地面に倒れる。生命力が強いトロルだけあり、頭を大きくへこませたぐらいじゃ、薄黒い煙に変わって消えたりしないんだよな。
だけど、頭を潰されて昏倒している間に、もう片方に集中して戦うことができる。
俺は、無事な格闘トロルに向き直ると、膝を狙って魔槌を振るう。
大柄な格闘トロルは、何度目かの打撃で膝が絶えられなくなったようで、地面に膝をついた。
これは傷ついた膝が治るまでの一時的な体勢なのだけど、膝をついて頭の位置が下がったので、トロルの頭を狙い易くなった。
俺はトロルの頭を狙い、渾身の力でもって魔槌で打ち掛かった。
格闘トロルは腕で頭を覆って防御するが、その防御の隙間に魔槌のヘッドをねじ込むようにして、俺は魔槌で殴りつけた。
格闘トロルの側頭部が軽くへこみ、頭を覆っていた腕の防御が緩む。
その緩んだ場所を見逃さず、俺は更なる追撃を行った。
この二度の攻撃で、対峙していた格闘トロルは昏倒したようで、地面に倒れ伏した。
俺は倒れたのを確認した直後に、格闘トロルの額を目掛けて、魔槌を振り下ろす。それを繰り返す。
一度振り下ろす度に、格闘トロルの体が電極を差し入れたかのように、ビクッと大きく震える。
五回ほど叩いたところで、格闘トロルの頭の骨が割れて頭部の内側が解放され、脳が体外へと出てきた。
その直後、格闘トロルは薄黒い煙に変わって消え、ドロップ品を残した。
もう一方の格闘トロルは、俺が他と戦っている間に回復したのだろう、少しだけへこみ痕が残っている頭に手を当てながら立ち上がろうとしていた。
そんな行動を許すはずがない。
俺は、素早く完全回復しつつある格闘トロルに近寄ると、魔槌を下から上へと振り上げる。
格闘トロルは顎下を魔槌でかち上げられ、大きく仰け反る。この攻撃が入った瞬間に、トロルの顎が折れる音がダンジョン内に響いた。
格闘トロルがタタラを踏んでいる間に、俺はトロルの背後へと移動する。そしてトロルの後頭部へ目掛け、魔槌を力を込めて振るった。
余程いい位置に当たったのか、それともこのトロルは後頭部が急所だったのか、この一撃で薄黒い煙に変わって消えてしまった。
俺はドロップ品を次元収納に回収すると、休憩も取らずに、順路の先へと進んでいく。
この程度の相手にいちいち休んでいたら、未探索の場所を調べる時間が無くなっちゃうからな。
俺は平然とした歩みを続けながら、順路に沿って道を曲がる際に、チラッと後方を確認した。
俺の戦いぶりを見ていたんだろう、十人で連れ立って歩いている探索者たちの顔は、どれも自身の実力の無さに悔いている顔をしていた。
その十人組との関係は、俺が深層域の奥へと進路を取った直後に解消された。
俺が分かれ道を通り過ぎたところ、俺と十人組の間に脇道からモンスターが現れ、そのモンスターが十人組の方へと進んでいったからだ。
浅層域のモンスター二匹一組ですら苦戦する人たちでは、深層域の二匹一組は苦戦以上の戦闘を強いられるんだから仕方がない。
「彼らの目的は、おそらく深層域のモンスターのドロップ品のはず。どんなモンスターか堪能してから、ドロップ品を得るといい」
この場所まで、俺の後について楽に移動してきたんだから、ここから先の戦いは彼ら自身の力でどうにかして欲しいところだ。
俺は深層域の奥へ向かう道を進んでいき、やがて十人組のことなど忘れて、ダンジョン探索に集中するようになっていた。




