二十六話 第二階層中層域のモンスター
再び出くわしたゴブリンを、今度は一発で倒しきった。ドロップ品のミサンガを回収し、更に先へ進む。
少し歩いたところで、俺の鼻は饐えた臭いを感じ取った。
「ゾンビか? もしかして浅層域に戻ったのか?」
疑問に思いつつ先へ進むと、ゾンビはゾンビだが、ゾンビ犬だった。
「そういえば、第二階層は浅層も中層も深層も、ゾンビ系のモンスターが出るんだったっけ」
うっかり忘れていた事実を思い出している間に、ゾンビ犬が近寄ってこようとしていた。
しかしその動きは、二足歩行のゾンビより安定的で速いが、それでもノロノロとした進み具合だった。
「大して強そうじゃない――ってわけでもないんだったっけ」
俺がそう思い出したのは、ゾンビ犬の口を見たから。
ゾンビ犬の口からは、ダラダラと涎が垂れている。その涎からは、酷い悪臭が漂ってきている。
もし噛まれて、あの涎が体内に入ったらと考えると、毒の予感に背筋が寒くなる。
「噛まれないよう気を付けながら、さっさと倒してしまおう」
攻撃こそ最大の防御。一撃で倒してしまえば、モンスターから攻撃を受けることもないんだしな。
俺はメイスを振り上げながら、自分からもゾンビ犬へと近づいていく。
そしてメイスの間合いに入った瞬間、俺がメイスを振り始めるより先に、ゾンビ犬が跳びかかってきた。
「んな!?」
腐った脚にも拘らず、予想外の跳躍力だ。
俺は、開けられたゾンビ犬の大口にメイスの柄を挟みこむことで、攻撃を防御した。
「このぉ! 臭いんだよ!」
俺は靴の裏でゾンビ犬を蹴り飛ばし、距離を取らせる。
ゾンビ犬は、跳躍力はあっても、咄嗟の踏ん張りは腐った脚では利かないらしく、蹴り飛ばされた先で地面に横倒しになる。
このチャンスは逃さないと、ゾンビ犬が倒れた状態から起き上がる前に、メイスでその頭を粉砕して止めを刺した。
ゾンビ犬が薄黒い煙と化して消えた後、俺はメイスと蹴りを入れた靴の状態を確認する。
メイスは、大口を受け止めた際にゾンビ犬の涎が付いたはずだが、いまはその痕跡はない。
靴の裏も、ゾンビ犬を蹴とばした際に腐肉がついた感触があったが、いま見ても肉の欠片はついていない。
「ふむふむ。やっぱりモンスターを倒すと、そのモンスターが放っていた臭いも消えるらしい」
これもダンジョンの不思議な点なんだろうと感じ入りつつ、ゾンビ犬のドロップ品を確認する。
そして俺は、地面に落ちている物を見て、眉を顰める。
「これは、腐った肉だな」
エメラルドグリーン色をした肉が、腐っていないのなら何なのだろうか。
腐った肉など売れないだろうと思い、捨てていこうと思ったが、俺には次元収納のスキルがある。
次元収納の容量には余裕があり、この腐った肉もモンスタードロップ品なら、売れなくもないはずだ。
そしてイキリ探索者なら、折角のモンスタードロップなんだからと、この腐った肉を職員に押し売りして小金をせしめるはずだ。
俺は、そう自分を納得させると、次元収納の中に腐った肉を収めたのだった。
ゾンビ犬を倒してから、ゴブリン二匹を挟んで、また新たなモンスターと出くわした。
「全高百センチほどの、岩人形。ミニゴーレムに間違いないな」
頭、身体、二の腕、前腕、太腿、脹脛。それに該当する位置に、大きさの違う六つの四角い岩がくっ付いた姿をしている。
ミニゴーレムは、右足、左足と、交互に振り上げるようにして、歩いている。
そのコミカルな動きは、その全体的にミニチュアな見た目に合致していて、どことなくマスコット的な面白さがある。
「ミニゴーレムちゃんって、ゆるキャラが生まれそうだ」
国民を探索者へと勧誘促進するマスコットのモチーフにできそうだと、そう思えてしまう。
しかし、ミニとはいえど、ゴーレムだ。
岩の体は硬くて重そうだ。あの腕で殴られたら、良くて青あざ、悪ければ骨折するだろうな。
ここは慎重になるべきと自分自身に注意を促した。
そして次元収納の中から、一階層の最も浅い層の奥の隠し部屋から回収したまま入れていた、投げナイフを一本取り出す。
「まずは、小手調べ、だッ!」
俺は、投げナイフを力一杯に投げつける。
飛来するナイフが迫ったところで、ミニゴーレムが動き出す。
コミカルな歩き姿とは裏腹に、腕を横振りする速度がとても速い。それこそ、プロ野球選手のバット速度といい勝負だと思えるほどだ。
その素早く動かされた岩の腕が、飛んできた投げナイフに命中し、勢い良く横に弾き飛ばした。殴られた威力が高かったようで、吹っ飛ばされた壁に当たった投げナイフは、折れて使い物にならなくなったようだった。
だが、投げナイフを一本喪失するだけのチャンスは得られた。
「ミニゴーレムの姿勢が崩れている!」
あまりにも素早く腕を動かした反動で、ゴーレムは振った腕に引きずられるように体勢を乱れさせて転び、地面に四つん這いになった。
あの状態で素早い動きは出来ないはずと、俺は勢い良く近づいて、メイスで殴りつけた。
ゴーレムの岩の体は硬かったが、メイスのヘッドを的確に当てたこともあってか、一撃でその岩の体を割ることに成功した。
ゴーレムは薄黒い煙と化し、四方が三十センチで厚みが五センチほどの石板を残した。
「これは、黒曜石のプレートかな?」
ゴーレムが残す石板は、ランダムな単一素材で現れるという情報だった。
大理石のプレートなら、大当たり。その他、建築資材に使えるものなら、当たりといえる。
俺がいま入手した黒曜石のプレートは、ガラスの材料として需要があるので、小当たりといったところ。
「ゴブリンとゾンビ犬の通常ドロップ品に比べたら、換金でいい値がつくだろうけど」
どんな材質であれ、石のプレートは重い。
通常の探索者なら、こんな重い物をあえて集めて売ろうとはしない。
なにせ第二階層の深層域に出るモンスターのドロップ品は、通常でも高い換金率があるんだ。
中層域でセコセコと石板を集めるより、深層域まで足を延ばしてモンスターを狩った方が実入りがいい。
「俺は次元収納があるから、集めて回ってもいいけどな」
黒曜石のプレートを次元収納に入れ、俺は中層域の通路を進むことを再開したのだった。