二百五十七話 竜、風、虫
風の精とベビードラゴン。
見た点から予想する役割としては、風の精が風による援護を行い、ベビードラゴンが素早い飛翔と火の球を吐くことで前衛を担当する感じだな。
「これに虫人が加わった場合だと、虫人が前衛で、ベビードラゴンは持ち前の素早さから遊撃担当なんだろうけど」
今回は虫人がいないので、そこは考えなくていい。
俺は魔槌を構え直し、こちらの顔面目掛けてすっ飛んできたベビードラゴンを、魔槌の柄で押し返す。
ベビードラゴンは素早く後ろに下がると、風の精の援護を貰い、火球を大きくして放ってきた。
「魔力盾」
俺の宣言に従い、目の前に魔力の盾が出現。大きな火球を防ぎ、消滅した。
ベビードラゴンは、火球を防がれた直後に、再び空中を飛翔しながらの攻撃に移った。その攻撃の最中に、風の精の援助なしの火球を放っても来る。
だが俺は、ベビードラゴンの突進や爪や牙の攻撃は魔槌で、火球は魔力盾で防いだので、無傷のままだ。
この一連の攻防で、ベビードラゴンは俺に火球は通用しないと理解したのか、ある時点から火球を吐かずに物理攻撃のみで戦闘するようになっていた。
こうしてベビードラゴンが奮闘する一方で、風の精はなにをしているのか。
それはもちろん、ベビードラゴンの援助と俺への妨害をやっている。
「ベビードラゴンに追い風を吹かせて速度を上げ、俺の行動を阻害するために空気の塊をぶつけてきているな」
どちらも地味な援助と妨害だが、これがまた厄介だった。
ベビードラゴンの飛翔速度が、その軌道の最中で増速したり減速したりして、狙いがつけづらい。
よしんば狙いをつけたとしても、俺が殴りかかろうとすると、風で空気の塊をぶつけて体勢を崩してくるので、上手く魔槌を振るうことができない。
まさに『地味に厄介』な戦い方だ。
「でも、直接攻撃の手段がないからこそ、こちらが体験し慣れる余地が生まれる」
そう何度も体験すれば、空気の塊の衝突がどの程度の衝撃かを体感し、それに備える心構えをすることができるようになる。
だから、いま俺が振りかぶったところに、風の精が空気の塊をぶつけてこようと、それを踏ん張って耐えることができるようになるってこと。
「うっ――おらあああああ!」
一瞬堪えたことで振り出しが遅れたものの、俺が振るった魔槌が回避しようとしていたベビードラゴンの身体を打った。
ただ、やっぱり振り遅れたため、クリティカルヒットとは行かなかった。
「真芯は外したけど!」
俺に殴られたことで、ベビードラゴンは飛翔することができない様子で床へと落ちていく。
その落ちる軌道に追撃する形で、俺はもう一度魔槌を振るった。
風の精の援助は間に合わず、魔槌のヘッドはベビードラゴンの頭部の骨を粉砕した。
これが致命傷になり、ベビードラゴンは薄黒い煙に変わって消え、ベビードラゴンの牙を残した。
「さて、残るはお前だけだな」
俺が風の精に近づくと、風の精は風を乱発して俺に近寄らせないよう抵抗する。
だが所詮は風でしかないので、少し手間取りはしたけど、近づき終えることに成功。
魔槌のヘッドに爆発力を発揮させてから、風の精を打撃。ヘッドが風の精に当たった瞬間に爆発。
爆風によって風の精は千切れ飛び、薄黒い煙に変わって消え、火の精が遺したような宝玉が床に現れた。
「風の力が封じられた玉か。現代社会で、何に使えるんだかな」
火の力なら、それを利用できる技術が確立できたら、火力発電に用いることができるだろう。もしくは焼却炉の燃料にも使えるはずだ。
だが風の力となると、現代社会での役割はあまりピンとこない。
風を利用している機械から連想しても、風力発電や扇風機なんかしか考え付かない。
「ベビードラゴンの火球を大きくしたように、なんらかの火力の底上げに使うぐらいか?」
やっぱり使い道が分からないなと思いながら、俺は風の宝玉を次元収納に仕舞った。
奥の方に向かいながら歩いていると、またモンスターと出くわした。
今度は虫人と風の精の組み合わせだ。
さっそく戦ってみると、虫人の動きは探索者パーティーと戦ったときと同じ感じだが、風の精の動きはベビードラゴンと組んだときとは違っていた。
風の精は虫人を援助するような行動は一切せず、ひたすら俺に風をぶつける妨害のみをやってきた。
虫人の攻撃は格闘攻撃だから、風による援助が難しいゆえの妨害行動なんだろうけど――
「――くっそ邪魔だな!」
虫人の拳や蹴りで俺が体勢を崩すと、さらに大きく崩そうと風がやってくる。
それが意外にも俺の行動に大きな後れを発生させて、こちらの攻撃の手番を整えることができなくなってしまう。
そのせいで、何時まで経っても後手を踏まざるを得ない状況に陥っている。
「ということは、火の精とは逆で、風の精は先に狙う方が良いみたいだな」
俺は虫人の攻撃を魔槌の柄で受け、その際に食らった衝撃を利用して床を転がって距離を取る。
その後で、床から立ち上がる際にクラウチングスタートを決めて、低い体勢のまま走って一気に風の精へと近づこうとする。
風の精は、強風を起こして俺を立ち止まらせようとするけど、低い体勢でいたために風の影響をさほど受けずに済んだ。
どうにか虫人の追撃が来る前に風の精の元に辿り着き、俺は魔槌に爆発力を発揮させてからヘッドを風の精へと叩き込んだ。
ヘッドが起こした爆発によって、風の精が薄黒い煙に変わって消える。
風の精を倒せたと一息つきたいところだけど、俺を追ってきた虫人の拳が迫っていた。
俺は、その拳をあえて頭で受け止める。
俺は頭装備として、物理攻撃に耐性があるエクスマキナの兜とその下に頭骨兜を被っているので、実は頭の防御が一番硬い。
だから虫人の打撃が頭を打っても、多少の衝撃があっただけで済んでしまった。
「やられたら、お返しをしないとな!」
俺は殴られた状態から体勢を戻しつつ、魔槌を虫人に打ち込んだ。
虫人は甲殻で覆われた腕で防御するが、魔槌のヘッドの重量と振り回されて得た遠心力が破壊力になり、大きなヒビとへこみが甲殻に刻まれた。
その後も、虫人は拳と蹴りで攻撃し続けてきて、俺の方も頭防具と全身ジャケットに防御を任せて全力で魔槌で反撃した。
結果、身の防御力と与える攻撃力の差によって、俺が力押しで勝利した。
「今更だけど、岩珍工房で作ってもらった金ぴかジャケットの防御力が証明されたな」
虫人の殴り蹴りが多少痛いという感想で済んだのは、この金ぴか全身ジャケットのお陰なのは間違いない。
俺は岩珍工房の主である岩見珍斎にお礼の念を送り、ドロップ品を回収して、通路の奥へと進むことにした。