二百五十三話 十七階層浅層域
十七階層に入り、通路を進んでいく。
この浅層域に出るもう一匹のモンスターは、いままさに倒し終えたところだ。
「手にテーピングを撒いた、トロル。殴りや蹴りを多用していたのを見るに、格闘トロルってところかな」
トロルは、でっぶりと太った巨人だ。
だから殴る蹴る姿は、格闘技選手とは似ても似つかない、むしろスモウレスラーといった感じだった。
相撲じゃなくてスモウレスラーとしたのも、戦い方自体は相撲っぽくなく、バーリトゥードを相撲っぽく見せかけたみたいな似非感が漂う、ハリウッド映画のパチモノっぽいものだったからだ。
そんな相手にどうやって勝ったのかというと、物理攻撃に多大な防御力を誇る歯車ロボットを盾に使い、爆発力を発揮させた魔槌で頭部を破砕させて倒した。
頭部が破壊されてからも、少しの間トロルは動いていたけど、やがては薄黒い煙に変わって消えていった。
そして格闘トロルからのドロップ品は、百キロぐらいありそうな塊肉。
豚の三枚肉みたいに、脂肪と肉とが層になっている、肉自体にもサシが細かく入った、薄ピンク色をした肉。もちろん、謎の薄く透明なフィルムで覆われている。
どんな質感かと手で触れてみたところ、急に肉がビクッと動いた。
「のあッ!?」
まさか塊肉が動くとは思わず、俺は驚きの声を上げながら慌てて距離を取った。
しかし触れたときにだけ動いたが、それ以外では全く動かない。
俺は塊肉に近づき、魔槌の柄の先で突いてみることにした。
柄が当たった瞬間、また塊肉がビクッと震えた。
ツンツンと突く度に、ビクビクと肉が震える。
生きの良い魚や貝なんかは、突いたり醤油をかけたりすると動くという。
けれど死んだ肉は、刺激で収縮することはあるものの、肉の中に残っているエネルギーが尽きたら動かなくなるはずだ。
しかしツンツンと度々突いているものの、肉の震える具合は弱まらない。
「これは、生きているのか?」
トロルは、ラノベでも現代ダンジョンでも、身体の損傷を素早く治すような生態をしている。
先ほど格闘トロルを倒した際も、頭を粉々に爆砕してやったにもかかわらず、少しの時間薄黒い煙に変わって消えなかったことを考えると、それだけ生命力があるということだ。
そのトロルからドロップした肉であれば、ブロック状にも関わらず生きたままなのは十二分に有り得る話だろう。
「いつまでも新鮮な生肉か。腐る心配が要らないっていうのはいい点だけど、肉って熟成(腐らせた)方が美味いっていうけど」
ともあれ、食べられそうな肉なことには変わりない。
アロマロカリスは巨大なエビで、格闘トロルは大きな三枚肉。
この浅層域を活動拠点にしている間は、食材に困ることはないだろうな。
「まあ、今までに食べきれていないドロップ品はあるのだけど」
十六階層の六本足馬の半丸枝肉は、自分が食べる分については関節で解体して自宅でも扱いやすい大きさに切り分けたものの、結局のところほぼ丸まる残ってしまっている。
馬刺しにして食べていたのだけど、一キロも食べたところで飽きてしまった。
脂肪分が少ない肉なので、正直言って、料理に使う肉としては油気がなくて物足りなかった。
レアなステーキにして食べてもみたけど、特筆して美味しいとまでは思わなかった。
そんな感じで色々と試して十キロ近くは消費したはずだけど、一ドロップ単位三百から四百キログラムの半丸枝肉だなので、雀の涙程度の消費量しかない。
「ん? 六本足馬の肉は油気が少なくて、格闘トロルの肉は油気が多そう。両方合わせたら、丁度いいってことになるか?」
俺は自宅で料理する際は、試しにこの二つをかけ合わせtえみることに決めた。
まずはハンバーグにしてみよう。
「ともあれ、これで三種類のモンスターとは戦い終えた。どのモンスターも注意するべき点のある敵ばかりだったけど、倒せないほどの相手じゃないな」
俺はそう結論付けると、浅い層域の奥へと向かうことにした。
二匹一組から、三匹一組へ。四匹一組から、五匹一組へ。
そうやって通路の奥へと目指して歩いていて、俺は軽く溜息を吐いた。
モンスターに対するものじゃない。
通路の区画の移り変わりの早さに対する溜息だ。
「十六階層深層域で体験したのと同じ感じだ。十七階層浅層域も、範囲が狭いのかもな」
もうそろそろ一度に出くわすモンスターの数が増えたり、宝箱の中身の切り替えが起こっても良いはずだけどと考えながら、通路の奥を目指して進む。
そうして六匹一組の区画に入り、格闘トロルたちを二匹の歯車ロボットに抑え込ませつつ、俺は他のモンスターを素早く倒していく。
アロマロカリスは降下攻撃してきた際に、コンパクトに魔槌を振るえば当てられると分かってからは、いいカモでしかない。
毒を吐き出す巨大な花も、毒を出すためには花弁を閉じて丸まる必要があるので、その予兆さえ気にすれば躱すタイミングも攻撃する機会も見極められる。
格闘トロルも、歯車ロボットに相手をさせれば、時間稼ぎぐらいはできる。
そうして順調に六匹一組のモンスターと渡り合い、通路の奥を目指して突き進んだ。
「さてさて、もうそろそろ奥まで辿り着いても変じゃないんだけど」
と言っている間に、再びモンスターたちと出くわした。
さっそく歯車ロボットたちを格闘トロルに嗾けつつ、俺は他のモンスターを倒すべく内訳を確認する。
アロマロカリス三匹に、巨大花が一匹に、トロルが一匹の、五匹か。
そう確認して、疑問が頭に湧いた。
「ん? 歯車ロボットたちには、トロルを一匹ずつ相手にさせているはずだよな」
顔を向けると、確かに歯車ロボットたちは、一匹ずつトロルと戦っていた。
二匹の歯車ロボットが戦っているのだから、トロルは二匹いる。
そして、アロマロカリスは三匹で、巨大花は一匹で、トロルが更に一匹いる。
「七匹!?」
まさかまさかの、七匹組のモンスターたちに、俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
いやまあ、モンスターの数が増えそうと思ってはいたけど、こんなに素早くフラグ回収してくれなくてもいいのに。
「だが、歯車ロボットたちのお陰で、五匹一組のモンスターと戦うのと大差ない相手だ。やってやれないことはない!」
俺は確立している戦い方に沿って、アロマロカリスをコンパクトな魔槌の振り方で叩いて潰し、巨大花は大振りかつ全力の一撃で毒を吐く前に粉砕し、格闘トロルは急所の頭を爆砕させて倒した。
速攻を心掛けて素早く五匹のモンスターを倒したので、残るは歯車ロボットたちが相手している格闘トロルたちの止めだ。
「ふいい~。急に七匹きて、焦ったー」
俺は首元に浮いた汗を袖で拭ってから、歯車ロボットたちの様子を確認する。
ここまでかなり使い通してきたので、どこかにガタが着ていないかを調べる。
すると、身体を覆っている鎧自体には損傷はないものの、鎧の内側の素体と言える部分に疲労がたまっていることが分かった。
恐らく殴られたり蹴られたりした際の衝撃が、鎧を貫通して素体にまで達していたんだろうな。
損傷具合は今すぐにどうこうという感じじゃないけど、丸二日使い倒したら壊れそうな感じがある。
「魔石には道具を修復する力があったはずだから、無生物系のモンスターにも適応されるか?」
生来の貧乏性から、思わず直して使おうという意識が生まれたが、それは思い違いだと考え直す。
歯車ロボットは、十六階層から十七階層に上がるまでの道程で補充できるんだ。
下手に修復して使うよりも、補充し直して使ったほうが経済的だ。
「それに、魔石を使って直したり、もしくは進化させる気でいるのなら、最弱モンスターから育てるべきだしな」
多くの育て系のゲームでは、最弱モンスターを手塩にかけて育てることで最強のモンスターに至れることが多い。
どうせ無生物系のモンスターを配下にして固定するのなら、その習いを踏襲したいよな。
「それに魔石は、この金ぴかジャケットを進化させることに使いたいしな」
ここから先、七匹一組でモンスターが現れるのなら、六匹一組の場所以上にレアドロップ品が出やすくなっているはずだ。
ってことは、魔石も手に入りやすいだろうから、ジャケットの進化も早く済ませられるはずだ。
「ジャケットが終わったら、次は兜かな。頭骨兜の上にエクスマキナの兜をつけているんだけど、一緒に進化して入れるのか否か」
新たな疑問に考えを巡らせつつ、俺は七匹一組でモンスターが現れる場所を進んでいくことにした。




