二百四十四話 順調と宣言
十六階層の中層域を探索し始めてから一週間経った。
ようやく、六匹一組の場所を探索するのに慣れてきて、通路の一本を奥まで探索することに成功した。
戦い慣れるまで少し時間がかかったのは、大蠍の尾の毒を警戒していた所為。
俺は尾の針による毒注入と尾の先からの毒液噴射を食らうことを忌避し、いちいち食わらないように行動していた。
その行動によって、他のモンスターを倒す決定的な瞬間を毒液の回避で不意にしたことが多々起こり、戦い慣れるのに時間がかかる要因となった。
では戦い慣れた現在はどうしているのか。
俺は、大蠍が毒液を使った攻撃をする際のパターンを把握したことで、下手に回避しなくてもよくなった。
大蠍は、他のモンスターがいる際は、基本的に援護的な行動を重視する。
だから俺が他のモンスターに止めを刺そうとすると、その行動を阻害するために、尾の先から毒液を放ってくる。
しかしそれは逆を返せば、モンスターに止めを刺そうと動けば、必ず毒液の噴射を行ってくれるということ。
そして大蠍の毒液の噴射は、間を置かないと再噴射できないという特性がある。
だから俺は、モンスターを倒すぞとフェイントを入れることで、大蠍の毒液噴射を無駄打ちさせて、再噴射までの時間に他のモンスターを倒すように戦うことにした。
もしくは、大蠍が毒液を噴射すると察知したら、戦っているモンスターを盾にして防いだりもしている。
蔓獣は植物系モンスターだからか、毒液の噴射を食らっても平気だ。
しかし動物系モンスターである、ワーウルフは毒液を食らうと急に身動きが悪くなる。
そういった事情を理解してからは、俺は大蠍の毒液をワーウルフに誤射させるよう立ち回ることも増えた。
とまあ色々とやったことで、この中層域のモンスターが六匹一組で現れようと、俺は平気で戦い抜けることができるようになったってわけだ。
「おっと、二本目の通路の奥に宝箱があった」
中層域の宝箱の中身はなんじゃろなと、罠を警戒しながら開ける。
中身を見ると、見事な装飾が入った金属製の上半身鎧が入っていた。
手に取ってみると、金属製の見た目に反して、かなり軽い。それこそ、発泡スチロールで出来ているんじゃないかと思うほどの軽さだ。
しかし軽くて手で叩いてみると、コンコンと硬い音がすることから、間違いなく金属で作られた鎧とわかる。
「意識を注入してないのに軽いのは、そういう金属だからか?」
疑問に思い、鎧を次元収納に入れて、判別を働かせてみた。
名前は『軽い鎧』。効果判定は『軽く硬い金属で作られた、羽のように軽い鎧』。
「軽い金属って、俺が知っている金属にここまで軽いものはなかったけどなあ」
軽い金属の代表といえば、アルミ合金だろう。
飲料物の缶に使われる、アルミ合金は軽い。
しかし、人の上半身を覆うほどの大きさとなればそれなりに重くなるはずだ。
そもアルミ合金を手に持って、発泡スチロールかと思う、なんて感想は抱かない。
「ってことは、未知の金属ないしは合金ってことになるんだろうけど」
人の世のためには、研究材料として渡すのが一番良いだろうな。
しかし同時に、探索者たちのためを考えるのなら、この鎧は十六階層にやってこれる連中に渡すべきだという思いも抱く。
「十六階層の宝箱から出た鎧だから、この階層のモンスターを相手にしても耐えられる防御力はあるはずだろうからな」
この十六階層からは、職人が手仕事で造った日本鎧でさえ、モンスターの攻撃には耐えられないだろう。
もしくは十四階層のアタックゴーレムのレアドロップ品である、魔産エンジンを素材に作った日本鎧なら通用するかもしれないが、そんなものを造っている工房があるかどうか。
そう考えると、この軽い鎧は十六階層で通じる防具の一つなので、ダンジョン攻略を補助するために探索者に渡してしまったほうが良いかもしれない。
「そこら辺は、役所の職員に伝えて対処してもらおうかな」
俺としては、軽い鎧が探索者に渡ろうが、研究材料にされようが、金持ちに落札されようが、どうでもいいしな。
どうせ探索者たちは、今までの階層と同じように、ダンジョン攻略を優先で先へ先へと進むことを主眼にするはずだ。
だから俺のように通路の奥へ入って宝箱を探すなんて真似はしないだろうし、先の階層に出るモンスターの情報を得るために先に行かせるという手もなくはない。
研究材料になっても、新たな金属や合金が世に出回ることになれば、人の生活が楽になり、結果的に俺の生活の向上にもつながるかもしれない。
金持ちに落札された場合は、俺の資金が増える。
つまるところ、どこに転がっても、俺にとって悪いことにはならないはずだ。
「軽い鎧の処遇は任せると決めて、別の未探索通路を調べることにしますか」
俺は魔槌を構え直すと、来た道を引き返し、また別の道へと入っていった。
ダンジョン探索を終えて、俺はリアカーに十六階層浅層域のドロップ品を満載にし、その上に軽い鎧を乗せた状態で、東京ダンジョンの外へと出た。
次元収納には浅層域のドロップ品がまだまだあるので、いま探索中の中層域のドロップ品を出すより先に、これらを役所に売り払ってしまおうという魂胆である。
もうなんども同じドロップ品を売りに出しているので、最初は特別な個室で受け渡していたが、いまでは通常の窓口で売却するようになっている。
「では、お預かりします。売却代金は、指定口座への振り込みで宜しいのですよね?」
「ああ、そうしてくれや。そうそう、さっき渡した鎧についてだけどよ、念押しさせてもらうぜ」
「はい。こちらが、探索者のどなたかに譲るか、研究材料にするか、オークションに出品するかを決めればいいんですね」
「おうよ。あと、太っ腹な俺への感謝も忘れんじゃねえぞ」
「私どもは、ダンジョンの最前線を征く探索者さまたちに、常に敬意を払っておりますよ」
殊勝なことを言いつつビジネススマイルを返され、俺は思わず閉口しそうになる。
しかし、イキリ探索者はそんな態度はとらないと考え直し、俺に敬意を払えと言わんばかりの偉そうな態度をとっておくことにした。
さてドロップ品の売却も終わったことだしと役所から出ようとすると、なぜか行く道を探索者の一団に塞がれてしまった。
その一団は二十人ぐらいの大所帯で、誰も彼もの鎧が傷だらけだ。
何人か十四階層の出入口で屯していた中に見た顔なので、エクスマキナに追い返され続けた探索者の一団なんだろうと分かる。
では彼らは、なぜ俺の前に立ちはだかったのか。
理由として考えられるのは、俺が提示したエクスマキナの討伐方法――魔石鏃の矢を使った倒し方に対する苦情かな。
そう予想しながら、俺は不機嫌だと分かる口調で問いかけることにした。
「テメエら、なんの用だ。俺は自宅に帰ってノンビリしたいんだがなあ~」
実力行使するきなら相手になってやるぞと威圧しながら質問すると、一団の中から五人が進み出てきた。
たぶんだが、一団として組んだ複数パーティーのリーダーが、この五人なんだろうな。
その五人は、俺の前に立ち並ぶと、急に勢いよく頭を下げた。
腰を九十度に曲げる、最敬礼以上のお辞儀だ。
「「「エクスマキナの倒し方を伝えてくれて、ありがとうございました!」」」
五人が異口同音に同じ言葉を放ってきて、俺どころか周囲に居合わせた探索者たちが驚いた顔になる。
その五人は言葉を放ち終えると、深々としたお辞儀から上体を起こした。
五人の内三人は、別れの挨拶のように軽く頭を下げると、彼らの仲間らしき人達を連れて去っていった。
そして残った二人は、彼らの仲間を後ろに従えた状態で、俺に改めて言葉を放ってきた。
「お前がいなきゃ、エクスマキナを倒せなかった。そのことについての礼は言い終えた。だからこれから俺たちが、お前の先に行っても文句は言うなよ!」
「こちらにゃ、長年最前線で活動してきたっていう自負がある。すぐにお前を、最前線探索者の位置から引きずり降ろしてやるからな!」
公衆の面前での宣戦布告に、居合わせた探索者たちは唖然としているが、俺は逆に笑えてきた。
なぜなら、俺にとって『最前線探索者』なんて肩書は、塵芥一つの価値すらない。
そんな価値のない肩書を彼らが欲していると知ったことで、急に可笑しみを覚えてしまったのだ。
「くくっ。好きにすればいい。こんな場所で宣言したところで、現在は俺の方が先に行っているっていう事実はそのままだけどな」
イキリ探索者っぽい嫌味を返すと、宣言してきた二人は肩を怒らせる。
「そうやって威張っていられるのもあと少しだけだ!」
「お前は十六階層で立ち止まっているようだが、俺たちは十六階層をすぐに突破し、もっと先に行く!」
威勢の良いことを言い放ってから、その二人は彼らの仲間を引き連れて役所から去っていった。
役所内で宣戦布告の場面に立ち会った野次馬達は、ざわざわと仲間内で噂話を裂かせ始めている。
一方で俺はというと、ラノベの悪役令嬢追放シーンみたいだったなと、彼らの意気込みに対してまったく心が響かなかった感想を抱きつつ、役所を出て帰路へとつくことにした。