二百四十一話 十六階層中層域へ
インタビューを終えた時間は、昼過ぎ。
家に帰ってもいいが、どうせ東京駅まで来たのだからと、東京ダンジョンの十六階層中層域に行ってみることにした。
長々と時間はとれないので、どんなモンスターがいるかの確認と、十六階層浅層域のドロップ品を役所に売るだけに、今日の予定は止めることにした。
ダンジョンの出入り口に入り、十六階層へ。
一呼吸すると、人が誰も入っていない空間特有の真っ新な臭いを感じた。
「俺以外の誰かが入ってきたような様子は、ないみたいだな」
魔石鏃の矢を集めるのに苦労しているのか、それとも魔石鏃の矢を使ってもエクスマキナを倒せていないのか。
どちらにせよ、まだ少しだけ俺の優位は保たれるみたいだな。
俺は次元収納から魔槌を取り出すと、十六階層の通路へと足を踏み入れた。
十六階層浅層域の通路については、もう何度も通ったので、地図を見なくても把握できる。
その通路の二匹一組でモンスターが現れる場所を選んで進み、中層域を目指す。
しばらく歩いていると、今までとは違うモンスターたちと出くわした。
「二匹一組ってことは、これから先はずっとそうってことなんだろうな」
感想を呟きつつ、俺は出くわしたモンスターたちを観察する。
一匹目は、小型車ぐらいの大きさを誇る、大蠍。赤茶けた甲殻を持ち、尾の先にある針からはポタポタと毒液が垂れている。
二匹目は、俺の身長を一回り大きくしたぐらいの、人型で二足歩行している犬。このふさふさの毛で全身が覆われている人型モンスターの見た目は、まんまワーウルフって感じだ。
「大蠍とワーウルフか。パワータイプっぽいモンスターだな」
大蠍の戦い方は、恐らくではあるけど、大きな爪で対象を掴んでからの尾の針で刺してくることが主体になっているはずだ。
ワーウルフの方は、恐らくは噛みつき。確実に噛むためには、あの両手で対象を掴むことぐらいはしてくるだろう。
つまり両方のモンスターとも、こちらを最初に拘束して来ることが予想された。
「てことは――魔力弾」
近づかれて組みつかれたら大変なので、俺は魔力弾による遠距離攻撃で先制を取ることにした。
しかし、ワーウルフは素早く左右に避けながら近づいてくるし、大蠍は爪を盾にして防ぎながら近づいてくるので、あまり魔力弾の使用は意味がなかった。
「チッ。仕方ない!」
俺は魔力弾を使うのを止めると、逆に二匹のモンスターが近寄ってくるのを待つことにした。
二匹のモンスターは連係しながら近づいてきて、ワーウルフは俺の上半身を、大蠍は俺の下半身を狙って組みつこうとしてきた。
「魔力盾! そして、食らえ!」
俺は空中に展開した魔力盾でワーウルフの掴みかかりを遮りつつ、魔槌に爆発力を発揮させた状態で大蠍の頭部へと振り下ろした。
ワーウルフは掴むのに失敗したと分かるや、すぐに後方に退避した。
そして大蠍は、魔槌の爆発を食らって、大きく頭が陥没した。
これで倒した――とは安心しない。なぜなら大蠍は、まだ薄黒い煙に変わっていないからだ。
俺は振り下ろした魔槌を引き戻しながら、大きく跳び退る。
その直後、俺が居た場所に大蠍の尾の針が突き刺さった。
あの一撃を食らっていたら、俺の体に大蠍の毒が注入されていたことだろう。
「いや、新作の防具なら、貫通しなかったか?」
針が通じない予感はあるものの、実地で試す気にはならない。もし予感が間違っていたら、俺は針に貫かれた上で毒を注入されることになるんだしな。
大蠍は、先ほどの魔槌の一撃で視力を失ったのか、俺が居た場所目掛けて尾を何度も振っている。
あの場を動かないのなら脅威は低いと判断して、俺はワーウルフに向き直る。
ワーウルフの方も、大蠍が当てにならないと理解しているのか、俺との一対一を決意したような態度で徐々に接近してくる。
ワーウルフの立ち構えは、レスリング選手の構えのような、中腰になりながら両手を前に位置させるもの。
その構えから察するに、タックルや掴みかかりを狙っているのは間違いない。
ワーウルフといえば、ラノベの中の常識では、人間よりも圧倒的に膂力の強い生き物だ。
組み敷かれたりでもしたら、抜け出すことは難しいだろう。
そして俺は単独でダンジョンに入っているから、抜け出せないということは、即ち死を意味する。
ということは、組み敷かれないように立ち回るべき――
「――なんだろうけど、素早い解決法を探るべきでもあるよな」
今後の探索のためにも、ワーウルフを楽に倒せる方法を編み出しておくほうが建設的だ。
俺は意を決し、わざと魔槌を大上段から振り下ろす素振りをみせることにした。
ワーウルフは、俺が魔槌を大きく振り上げた瞬間に、俺の胴体へ目掛けてタックルを仕掛けてきた。
そのタックルは、まるで大砲からはなられた砲弾かのように、半端ない勢いと速さだった。
しかし俺は、その行動を予想していて、半ば決め打ちのような形で対策を講じていた。
「魔力盾!」
俺の宣言に従い、俺とワーウルフの間に半透明で弱く光る盾が出現した。
ワーウルフは、タックルの勢いを止めることができない様子で、魔力盾に頭から突っ込んだ。
ワーウルフの額が割れ、鼻が潰れて、血が噴き出した。
しかしワーウルフは怪我を負ったというのに――いや、俺が魔力盾を使って防いでくることを予想していたかのように、魔力盾の向こう側から両手をこちらへと伸ばしてきた。
ワーウルフの両手が、俺の胴体をがっちりと掴む。
その瞬間、俺の両脇腹が万力で締め付けられているような圧迫を感じた。
「ぐぴっぃ」
腹を掴まれたことで腹圧が高まって肺から空気が押し出され、俺の口から情けない音が漏れ出た。
その音を恥ずかしいと思いながら、俺は大上段に位置させていた魔槌を思いっきりワーウルフへと振り下ろした。
魔力盾に押し付けているワーウルフの頭に、魔槌が命中。直後に爆発を起こした。
その爆発によってワーウルフは頭部を大きく損傷し、そしてすぐに薄黒い煙に変わって消えた。
俺は、ワーウルフの拘束がなくなったことにホッとしながら、掴まれていた脇腹を確認する。
かなりの力で掴まれた感じがしていたが、新品の全身ジャケットの腹部には、全く傷どころか皺すら入ってなかった。
「前の防具だったら、ワーウルフの爪が突き刺さっていたり、引き破られていたりしても変じゃないと感じたんだけど」
しかし現実は、全くの無傷。
どうやら俺の予想以上に、新品で金ぴかな全身ジャケットは防御力があるようだ。
「さてさて、あとは大蠍に止めをさすだけか」
俺は魔槌を構え直して接近しようとして、大蠍の尾の動きが先ほどまでと違っていることに気付いた。
俺が居た場所を念入りに突き刺そうと尾が動いていたはずなのに、今はまるで俺の位置を探るように尾の先をゆらゆらと移動させている。
嫌な予感がして、次元収納からなんでも良いからと物品を取り出し、俺の位置とは関係のない場所へと放り投げた。
適当に投げた物体は空になったペットボトルだったようで、そのペットボトルはダンジョンの床に落ちて『ペコン』と音を立てた。
その瞬間、ペットボトルが落ちた場所に目掛けて、大蠍の尾の針から紫色の液体が噴射され、ぴちゃっと音がしてペットボトルが紫色に塗れた。
まさか尾の先から毒液を噴射するとは思わなかった。
でも、この毒液の噴射は大蠍にとって切り札的な存在なのだと、すぐに理解する。
なぜなら、大蠍の尾の針から常に滴っていた液体が、噴射の後からは一切垂れてこない。
多分だけど、一度噴射してしまうと、毒液が尾の先からなくなってしまう。もしくは毒液が充填されるのに時間がかかるという感じだろう。
「毒液の恐ろしさがなくなったのなら」
仮に尾に刺されても毒に侵される心配は要らないだろうと予想して、俺は素早く半死半生な大蠍へと近づいた。
追撃で魔槌を当てたところ、大蠍は動きを止めると薄黒い煙に変わって消えた。
「ふう。さて、ドロップ品の回収をしよう」
いま倒したばかりの大蠍がいた場所を見ると、大蠍の爪が左右一対で落ちていた。
拾い上げてみると、甲殻の中にたっぷりと肉が詰まっていることがわかる、重たい手応え。
爪の断面の方を見てみると、カニの身にそっくりな身肉がミッチリと詰まっている様子が見えた。
「これは食肉用ってことだろうな」
大蠍の爪を次元収納に入れ、次はワーウルフを倒した場所へ移動する。
その場所にあったのは、ワーウルフの毛革を剥いで作ったかのような、前開き式のフード付きの毛革パーカー。
着こんでフードを被れば、先ほどのワーウルフの見た目にグッと近づくこと間違いない服だ。
「ここにきて服か。冬場に使うのなら温かそうだけど」
現在は、新年はかなり前に過ぎて、春の足音が少し先で聞こえてきそうな時期だ。
今から着るにしても、活躍できる時期は限られる。
「この金ぴかな見た目を隠すには、いい服ではあるけど……」
やっぱり使う必要はないなと判断を下し、俺は次元収納に毛革パーカーを入れた。




